第46話 帰還
「へ? 消えた?」
「はい。魅了されてしまった時はもうダメかと思いましたー」
「順を追って説明してもらえるか?」
「仕方ないですね。特別ですよ」
と前置きしたすみよんが事のあらましを教えてくれた。
力の暴走は意思を持つ。といっても、人間のような思考力があるわけじゃないそうだ。
本能的により強力な力を持つ個体に惹かれるのだと言う。力の暴走のエネルギーの虜になったここにいたモンスターたちは争い、力の暴走を求めた。
結果、ネザーデーモンが勝ち残って更なるレベルアップをしたというわけである。
個体の中に取り込まれたとしてもエネルギーの漏れ出しは止まらない。強力な個体の中にいるほうが、発生するエネルギーが増すのだって。
ネザーデーモンを倒した俺は力の暴走に「認められた」。
しかし、俺は力の暴走のエネルギーに魅力を感じていないから、力の暴走を受け入れようとなんてしない。むしろ、破壊する気満々だった。
そこで奴は狡猾なことに、俺の心を読んだのか知らんが変化したんだ。
まんまと奴の思惑に乗ってしまった俺は、ワオキツネザルを受け入れてしまった。
そのせいで、力の暴走は俺の体内に入り込んだ。
「おお、そういうことだったんだな。汚い奴め」
「ところが、いけぞえさーんは魔力を全く持ってません。ゼロにどれだけエネルギーを注ごうがゼロです」
「入る器自体がないからな……」
「そうでーす。気が付いてましたか? すみよんにとっても計算外だったんですが、いけぞえさんはこの世界の生物じゃないです」
「うん。あ。俺は魔力の恩恵を一切受けていない生命体だったってことか」
「その通りです。体のどこかしらに魔力の恩恵を受けたところというものはどの生物にでもあるのですが、いけぞえさんは魔力がないだけじゃなく肉体的にも魔力との関わりが一切なかったんです。完全無欠の非魔力生命体がいけぞえさんですー」
だから、俺は力の暴走のエネルギーにまるで反応しなかった。
そんなわけで、力の暴走は全てのエネルギーを使い果たしてしまい消滅したのだってさ。
長期に渡ってエネルギーを放出し続けた力の暴走がこんな短時間で消滅するのかとスッキリしないのだけど……。
「んー。魔力との接触が絶たれると、酸素の無いところに俺が放り出されるようなもんなのかな?」
「そんなところでいいんじゃないですかー」
いいそうだ。
釈然としないが、誰も欠けることなく力の暴走を滅することができたじゃいか。
「お、こうしちゃおれん。ドニとパルヴィは」
「心配ありませーん。二体ほど残ったモンスターがいたようですが、既に討伐されてまーす」
「よかった」
「それにしても、いけぞえさーん」
「ん?」
「魅了で化けるとしたら、あのおっぱいだと思ってましたが、いけぞえさんの趣味はアレなんですか?」
「いやいやいや。待て待て。もふもふ動物に癒されるだろ?」
「まあいいです。すみよんの役目も終わりました」
「まだ終わってないって」
「そうですねー。今すぐ行きますか?」
行くというのは「地球のあの日、あの時」に転移するってことだよな。
さすがに今すぐは無理だ。少し休ませて欲しい。
と自分の意思を示すためにその場で腰を下ろす。
最後は謎の幸運で終わったとはいえ、ネザーデーモン戦ではかなり消耗した。腕を切り落とされるわ、胴体を袈裟に斬られるわ、散々だったんだぞ。
懐からポーションを取り出し、ゴクゴクと一気飲みする。
すみよん時計の残日数は戦い前と変わらず。よかった。彼女は余計な力を使わなくて済んだんだな。
トスンとすみよんも腰を降ろし、自分の背中を俺の背中につけもたれかかってくる。
「一つ聞いておきたい」
「なんですかー? 最後におっぱいを揉みたいんです? すみよんのでよければどうぞ」
「いや……そうじゃない」
「揉めるほどない、とでも言いたいんですか?」
「違うってば。すみよんにもらった腕時計があるだろ。時計じゃないけど、日数が出ている」
「もう残日数を気にすることはないですよー。終わったんです」
「そうじゃなくて。俺を転移させても力尽きない日数が残っているよなって確認だ」
「日数がゼロでもいけぞえさーんを送り出す力は残してますよ。そういう『約束』ですからね」
「すみよんが無事でという前提で頼む」
「何を言っているんですかー。力の暴走は滅したのですよ。徐々に残日数も増えていきます。日数はすみよんの力の残量を示したものでーす」
それを聞いて安心した。
すみよんは命を燃やし尽くさずに済んだ。パルヴィとドニも無事。あとは俺が隕石を仕留めればハッピーエンドってわけだな。
コンコンと指先で自分の頭を弾く。
頭痛はない。
すみよんは俺を安心させるために、日数のことを誤魔化した線も捨てきれないよな。
だけど転移に必要な日数は365日だった。以前、俺を信じさせるためにあの時あの場所に送ってくれたからな。その時に減った日数をちゃんと記憶しておいてよかった。
ぐうううっと両手を伸ばし、すみよんに背中を押し付ける。
小柄なすみよんだけど、押すと同じくらいの力で押し返してきた。
うん、体調は問題ない。
「すみよん、転移させてもらえるか?」
「行くのですか?」
「うん。ドニとパルヴィの顔を見たら辛気臭くなりそうだしさ」
「分かりましたー」
ぐっと勢いをつけ一息に立ち上がる。
くるりと体勢を変えたら、すみよんが顎をあげ真っ直ぐ俺を見上げた。
うんと彼女に向け頷き、精一杯の笑顔を浮かべる。
一方の彼女は相も変わらずの無表情のまま、背伸びして俺の肩を両手で掴む。
「最初は憤ったこともあったけど、ありがとうな。もう一回俺にチャンスを与えてくれて」
「そんなことない。ごめんね。池添くん。巻きこんじゃって」
「ごめんは無だぜ。すみよんも俺もどっちのためになった。ウィンウィンだろ?」
「うん。池添くんのことだから乗り切っちゃうんだろうけど、勝算はあるの?」
「うーん。むぐ」
幼女に口を塞がれた。まさかこう来るとは思っておらず、完全に不意をつかれる。
しかしよく届いたな……なるほど。すみよんの体が完全に宙に浮いている。
「二人に挨拶しないなら、すみよんから挨拶、ね」
「そのことなんだが――」
◇◇◇
戻ってきた。
「きゃ」
「え、影?」
梓の悲鳴と今井の戸惑う声。何度、夢に見たことか。
隕石が太陽光を遮り、影を作る。
親友の二人にとっては連続した時間であるが、俺は違う。
この時までのどれだけの修行を重ねただろうか。多くのモンスターを仕留め、団長やエタンらの犠牲に慟哭し、ネザーデーモンや王狼には致命傷といえるダメージを受けたりもした。
過酷な経験が俺を格段に上のレベルにまで引き上げたのだ。
当時は震えることしかできなかった隕石に対しても、今なら真正面から対峙し尚、冷静さを保っていられる。
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