第45話 力の暴走

 熱波が収まり、辺りは再び静寂に包まれる。

 恐る恐るネザーデーモンの死体があった場所へ近づき、覗き込む。

 意外過ぎることにネザーデーモンの死体は俺が倒した時もまま破損せず転がっていた。

 すみよんの魔法で確かに焼いたはずなのに……。その証拠に周囲の地面は溶けて固まりガラス化している。

 ガラス化と表現したが、高熱で溶け固まった跡と言いたかったのだ。

 死体から流れ出た黒い血こそ蒸発して跡形もなくなっている。だが、俺の切り落とした腕もそのままにネザーデーモンの死体はそこにあるのだ。


「これって……」


 溶けて固まった地面の感触に顔をしかめつつ、誰に向けてでもなく呟いた。

 すると、すみよんが大仰な仕草で両手を開き肩を竦める。似合わな過ぎる仕草に場違いながらもくすりと来そうになってしまった。

 

「間違いなく、すみよんの持つ最高火力の魔法『ティルトフレア』を使いました」

「言われずとも、威力のほどは分かるよ」


 地面が溶けるって核爆発とか隕石の落下くらいの破滅現象を限定的な空間ながらも再現したんだろ。

 光の剣では切り裂くことができた。死体と化しても魔法に対する絶対防御でも持っているんだろうか。

 

「ただのネザーデーモンではないということでーす」

「進化を繰り返し、蟲毒を勝ち抜いた個体だったからだよな。あ、スキルで『魔法絶対防御』とかある?」


 俺の質問に対し、すみよんは無表情のまま首を左右に振る。


「魔法に対する完全防御というスキルは存在しません。どれほど進化したネザーデーモンであってもティルトフレアで無傷にはなりません。この肉片はネザーデーモンであってネザーデーモンではないのでーす。正確にはネザーデーモンであってネザーデーモンじゃなくなりました」

「よく分からん。あ……これが『力の暴走』そのものか?」

「当たらずとも遠からず、でーす」


 すみよんはもう少し、誰にでも分かるように説明したほうがいいと思う。

 いつもなら、そんなもんかで流すところだけど今回はそうはいかんだろ。詳しく問い詰めない……え。

 生き別れになった胴と胴の切れ目が動いた気がした。

 いや、気のせいじゃない。

 ズルリと黒い血が生物のように動き、ネザーデーモンの胴の上に這い上がってきたのだ!

 みるみるうちに黒い血の量が増え、粘土細工を作るかのように四肢と頭を形成していく。

 

「本命でーす。ネザーデーモンに結構な力を注ぎ込んだようですね」

「こいつが?」

「まだ、待って。動き始めたら……お願い」

「力の暴走か」

「うん。振り回しちゃってごめんね。池添くん、あなたにすみよんの力を注げるだけ注ぐから」

「要らん。力はとっとけ」


 伸ばしてきたすみよんの手を払う。

 拗ねた子供のように頬を膨らませる彼女の頭に手を乗せ、にいいっと微笑んでやった。

 今まで散々やられたことに対する意趣返しだ。

 死んだ魚のような目で睨まれるかと思ったが、ふんと顔を逸らした彼女はパシリと頭に乗った俺の手を叩く。

 すみよんに力を使ってもらっても、そう変わらん。彼女の力がどれほどのものか、もちろん知らない。

 だけど、魔法が効かない、物理攻撃も通らない相手に彼女の力を借りたとして何ができる?

 身体能力の爆発的向上くらいだろうな。

 そんなもの必要ない。念動力のセンサーと転移があれば、対応できるし。対応できないものに対しては身体能力をあげても対応できん。

 むしろ、高くなった自分の身体能力に戸惑い、転移の位置がズレる方が問題だ。

 これまで修行をしてきた自分の感覚こそ、一番なんだって。

 それに、すみよんの奴、きっと自分の体のことは度外視している。力の暴走が滅び、俺を元の時間に送りこむまでやれれば死んでいいと考えているに違いない。

 

 だが、断る。

 もうどれだけの人を失っていると思ってんだ。すみよんの命を犠牲にしなきゃ倒せないのなら、別の道を模索する。

 事ここに至ってなんだって話だが。

 心配すんな。サキュバスだってネザーデーモンだって倒しただろう?

 ラスボスもキッチリ倒してやる。あ、ラスボスじゃなかったな。ラスボスは元の時間に戻ったところにいる「隕石」だった。

 

 とてとてと下がるすみよん。

 一方俺は黒い塊の動きが止まるのをじっと待つ。

 黒い塊は1メートルくらいの獣の影絵を形成したが、そこでボフンと煙があがる。

 

「き、斬れないかもしれん……」


 煙が晴れた跡には、一匹のつぶらなオレンジ色の目をした真っ黒の毛並みをした動物がふてぶてしく座っていたのだった。

 そいつは長いふさふさの尻尾をダランと地面につけ、真っ直ぐに俺を見つめている。

 毛色こそ違うが、俺が似たような動物に会うのはこれで二度目だ。

 そう、こいつの見た目はワオキツネザルそっくりだった。

 

「これが、力の暴走の正体……?」


 茫然と呟くも、黒いワオキツネザルは「きゅっきゅ」とふてぶてしい座り方に似つかわしくない愛らしい声で鳴く。

 き、斬れない……俺にはこいつを斬ることが。だ、だけど、このキツネザルが黒幕なんだよな。

 

『池添くん! ネザーデーモンの次はあなたに取り入ろうとしている!』

『へ……』


 すみよんから脳内に警告の声がくるも、ワオキツネザルは尻尾をペシンと振ったあと、小さな手を地面についてよっこらせっと立ち上がる。

 じーっとつぶらな瞳で俺を見つめてくるんだけど……。

 バンザーイと背伸びして止めとばかりに――。

 

「きゅっきゅ」

 

 と鳴いた。

 思わずワオキツネザルに触れてしまう。すると、ワオキツネザルは俺の腕に尻尾を絡め「抱っこしてー」とせがんでくるのだ。

 おうおう。抱っこするとも。させてもらいますとも。

 

 おおお。愛い奴めええ。

 ワオキツネザルを抱っこして頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めるんだ。尻尾もフリフリ動いているし、たまらんな。


「きゅ」

「おお。そうかそうかー」

『池添くん!』


 すみよんが俺の名を呼んだ気がするけど。特に危険なモンスターなんてここにはいないじゃないか。

 おお、そうかそうか。もっと撫でて欲しいんだな。

 わしゃわしゃとワオキツネザルの背中を撫でる。

 ……。

 ワオキツネザルの頭がドロリと崩れていく、続いて体も、尻尾も。

 崩れたところは元の黒い塊となり、俺の体の中に消えていく。

 力の暴走本体が俺の体内に……入った?

 

『すみよん、すまん。してやられた』

『さっきから呼んでるのに!』

『でも、何ともない。エネルギーとやらは俺の体から出てる?』

『ううん。何とかして池添くんを進化させようとしているけど……こんな方法があったなんて……』


 うーん。全く持って何ともない。

 黒い塊が体から出て来ることもないし……一体全体どうしたってんだ?

 釈然としないまま、腕を組み「うーん」と唸るものの、何も考えが浮かばない。

 なんてやっていると、すみよんが近くまでとてとてと戻ってきた。

 

「俺に近寄って平気なのか?」

「問題ありませーん。力の暴走は消えました」


 すみよんが可愛い口調から元の胡散臭い口調に戻っている。

 それはともかく、彼女が何を言っているのか全く理解できないぞ。

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