第41話 サイ・ブレード

「す、すまん……に、にげ」

「ゾエさん!」


 パルヴィがひしと俺を抱きしめ、すぐに体を離す。

 「ううう」と唇をぎゅっとさせ涙目になったパルヴィは、意を決したように目を瞑り自分の服に手をかける。

 服を下着ごと脱いだのでぽろんとぽよよんがぷるるんするが、サキュバスも負けじと自分の大きな胸を右腕で下からすくい上げるようにして煽情的な仕草で魅了してきた。

 

「ゾエさん! パルヴィを見て!」

 

 耳まで真っ赤にしたパルヴィが俺の手を取り、自分のぽよよんに押しあてる。

 この世のものとは思えない柔らかさに包まれた右手は硬い何かに当たった。

 

 ハッとなり、パルヴィから手を離す。


「ありがとう。パルヴィ。もう大丈夫だ。あいつめ。ドニを見てやってくれ!」

「う、うん」

 

 いそいそと服を元に戻すパルヴィがコクリと頷く。

 ところが、もう一人の男であるドニから声が飛ぶ。


「俺は平気だ。奴さん、対象は一人に絞らないといけねえみたいだぜ」


 サキュバスに魅了されぬよう今の幸せな感触を頭に浮かべながら、転移する。

 無事、サキュバスの背後に出現し指先で背中に触れた。

 認識阻害? の魔法がかけられているとすみよんに教えてもらったが、近距離ならば問題ないようだ。

 指先から伸ばした念動力の糸が確かに奴の鼓動とコアの蠢きを感じとることができている。

 二週間、力の暴走のエネルギーを吸収し、多数の最上級モンスターが生まれてしまったが、俺たちだって何もせず過ごしていたわけじゃない。

 この距離だと、俺の筋力だけでナイフを振るっても致命傷を与えることはできないかもしれん。

 ならばこそ、とくと見よ。

 これが、ネザーデーモン戦を想定した俺の技だ!

 音もなく手の平に乳白色の光が生まれる。握りしめた左右の手を引っ付け、伸ばすと光が飴細工のように棒状となった。

 カッと目を見開き、サイ・ウェポンと同じサイコキネシス念動力を込めると棒が刃に変化する。

 これぞ、サイ・ブレード。いや、ドニの名付けの「光の剣」の方が気に入っているからそっちで。

 

 不意打ちされたサキュバスが振り返り、俺に目線を向けようとするが既に俺は動き出していた。

 頭上に手を伸ばしくるりと回転させると、光の剣も手の動きに合わせて一回転する。

 抵抗もなくサキュバスの首をスラリと横薙ぎに光の剣が通り抜けた。

 真っ黒い血が噴き出し、悲鳴をあげる暇もなくサキュバスの体と首が地に伏せる。


「ゾエさん、使いこなせるようになったんだ」

「なんとかな。でも、相当な集中がいる。攻撃されても反応できなさそうだよ」

「だったらナイフの方がいいんじゃないのかな?」

「そうでもないさ」


 サキュバスの首を落とした後すぐに光の剣は消失した。集中を少しでも切らすと消えてしまうんだよな。

 サイ・ウェポンと光の剣はサイコキネシスを念動力の糸以外の力に変化させるという点では同じなのだけど、性質が異なる。

 サイ・ウェポンは魔法的な防御力を素通りさせる膜を作り、純粋な物理的な攻防へ持ち込む技だ。

 対する光の剣はサイコキネシスだけで作られた武器である。サイ・ウェポンと異なり、「斬る」ことができるんだ。

 物理的に「斬る」のではなくて、サイコキネシスの力で斬るので、相手の物理的、魔法的な防御力は無意味と化す。

 ゲーム的な表現をするなら、光の剣で斬った場合に相手の防御力はゼロとなる。

 なので、どれほど至近距離であったとしても撫でるだけで敵を切り裂くことができるという、我ながらえげつない技だと思う。

 

「使いどころって奴だろ。一振りくらいしか持たねえんだったら」

「その通りだよ」


 言いたいことを代弁してくれたドニに向け、肩を竦めおどけてみせた。

 パルヴィとゾエの二人と軽口を交わしているのは、第六感が反応していないから。

 

 しかし、ドニの顔がすっと引き締まり、眼光鋭く前方を見据えた。

 彼の態度に意識を周囲に向け集中すると、僅かに足音が聞こえてくる。

 カツーン。カツーン。

 淀みない歩調で足音がこちらに近づいてきている。

 子供? 金色のくせ毛を腰くらいまで伸ばし、耳がつんと尖った少女?

 海の青を切り取ったかのような瞳に少し大きめの口が愛らしさを増しているように思える。

 浅黄色の貫頭衣を腰で黄色の紐で縛っただけの衣服を身にまとい、靴も履いていない。場違いな印象を受けるこの少女だったが、不思議と既視感があった。

 第六感が反応していないことから、敵意はない。

 

「すみよんか?」

「いけぞえさーんにしては冴えてますね。そうでーす。すみよんです」

「まさか年端もいかない少女だったとは」

「失礼ですねー。いけぞえさーんよりは年上ですー。しかし、人間ならそう思っても仕方ないですねー」


 耳が尖っていて、(俺の感覚では)見た目通りでないとすると、あれだろ、エルフって奴だろ。

 長命種族で、幼い見た目でも俺の倍は生きてるとかそんなのだ。

 

「ゾエさん、あの子、ノームだよ」

「エルフじゃないのか」


 首を捻る俺にパルヴィが助け船を出してくれた。

 俺の疑問に対し、彼女は自分の両耳を掴み顔をしかめる。引っ張り過ぎて痛かったんだな。


「エルフはもっとこう耳が長いんだ。それに人間の見た目と実年齢が異なるって」

「エルフは違うの?」

「うん。エルフは18歳くらいまでは人間と見た目がそんなに違わないの。でも、あの子は10~12歳くらいじゃない?」


 顔を見合わせた俺とパルヴィが同時にすみよんへ目を向ける。

 対する彼女は愛らしい少女の顔からは想定できないくらいの心底詰まら無さそうに顔を歪め、アメリカンな感じで肩を竦め首を振った。

 

「すみよんがどんな種族か分かったところで、何か益があるのですかー?」

「いや、すまん。今になって姿を見せたのには、これまで姿を見せることができない何かがあったんだよな」


 すると、すみよんは俺の腕時計を指さす。

 日付が急に減っていたことは、ちゃんと把握していたぞ。すみよんが何をして日数が減ったのかは彼女に聞かなきゃわからないけど。

 

「結界です。外側はもう必要なくなりました。だから、すみよんはここに来たのでーす」

「なるほどな。嬢ちゃん、ゾエから聞いていたけどとんでもねえ隠者なんだな」


 納得したようにドニが顎髭をさする。

 俺だけが分かっていないのかと不安になり、パルヴィを見て安心した。

 そうだよな、ノーヒントで分かるわけがないよな。

 

「ドニ、俺にも説明してくれないか?」

「おう」


 サキュバスと彼女の力で転移してきたモンスターは、ドニの観察によると特にこの渓谷に留まろうとする意思は見えなかったんだと。

 すみよんの結界という言葉でドニはピンときた。

 サキュバスらは外に出たくても出ることができなかったのではないかと。

 二週間と少しのロスをすみよんがモンスターを外に出さないようにしてくれていたのか。それで、残日数が減った。

 元々、力の根源を抑え込むために彼女は相当量の魔力を消費している。そんな中、時間稼ぎまでしていてくれたのだ。


「必要なくなった……ってことはもう来襲するモンスターを殲滅できた?」

「今のところは、でーす。この先はまた同じようにいろんなところで進化して、になりますー」


 すみよんが俺たちが間に合うように頑張ってくれた。

 彼女が稼いでくれた二週間は俺にとって大きな時間となったのだ。決して無駄にはしない。サキュバスも倒すことができたのだから。

 

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