第42話 いけぞえさーん。準備はいいですかー

「ゾエ。俺たちはここまでだ。この先はお前さんとそこの隠者で行け」

「ここまで来て……か」


 最後まで一緒に来るって言ってたじゃないかよ。ドニ。

 ほら、パルヴィが戸惑ったように俺とドニを交互に見て困っているじゃないか。でもちょっと仕草が大袈裟過ぎるかも。

 揺れてるし。

 揺れているのは特に関係はない。ダメだ。さっきサキュバスの魅了を回避するために必死で思い浮かべていたから、どうしても目がそっちに行ってしまう。

 シリアスこの上ない場面だってのに。


「お前さんもパルヴィも言っていただろ。それと隠者のくれた情報から俺たちは二手に分かれた方がいいってな」

「お、おう?」

「あたし分かっちゃったあ。ゾエさんはまだみたいー」


 両手をお尻の上に当てて前かがみになったパルヴィがにいいっと俺を見上げてくる。

 な、何だと。パルヴィに分かって俺に分からないだとおお。ドニやすみよんは仕方ない。しかし、おっぱいに思考力を持って行かれているパルヴィとは仲間だと思っていた。

 それが、それが……。

 すみよんはというと、無表情で瞳に色がなくなっている。呆れて何も言えないとでも示してんのか。

 分かった。分かったよ。パルヴィよ、そんなに嬉しいのか。そして、すみよんの視線が痛い。

 こんな時、何も言わず見守ってくれるのはドニだけだ。

 考えればいいんだろ。


「では、諸君。答え合わせをしようか」

「何その口調。あはは」

「パルヴィ君。君にも理解できるようにこの私が解説してやろうじゃないか」

「えー。あたし、分かったからいいよ。ドニさんとここにいる。絶対に帰って来てね」

「お、おう……」


 パルヴィは裏表の感じさせない満面の笑みを浮かべ、人差し指を立てる。

 そうこられると頷くしかできなくなるじゃないか。

 中途半端に口が開いたまま、パルヴィに手のひらを向ける。

 勝手知ったる彼女は矢筒を「はい」と俺に手渡してきた。ドニも手持ちのポーションが入った袋をほいっと投げる。

 お、おっと。落ちたら割れるだろうが。ポーションはガラス瓶に入ってんだぞ。

 矢筒に入った矢全てにサイ・ウェポンを付与し、ポーションを飲む。

 ドニのダーツやナイフにも同じく、だ。

 もう一本飲んで、同じ動作を繰り返し、仕上げにポーションを追加する。


「これで、しばらくは持つ」

「おう。なあに俺たちの心配はすんな。っても、ヤバくなったらすぐパルヴィから連絡を入れる」


 ドニの洞察力とパルヴィのテレパシーがあれば、多少のことじゃ揺らがない。

 残ったモンスターに対し、先制攻撃を仕掛けることも容易い。サイ・ウェポンとエンチャントウェポンを重ねがけすれば、見敵必殺で仕留め切れる。

 対処不能だとドニが判断すれば、パルヴィから俺にSOSを出す。

 無いとは思うけど、ね。

 

「いけぞえさーん。準備はいいですかー?」

「うん」

「では、歩きながら、いけぞえさんの考察を聞きましょうかー」

「すみよんも分かっていることじゃないか」

「いいんですー。いけぞえさんはもっと頭を使わないといけないです。あなたの戦い方はテクニカルです。もっともっともっと、もおおおおっと頭を使わないといけませーん」


 ……。強調し過ぎだろ。

 分かった。だから、その死んだ魚のような目を止めてくれ。

 ドニとパルヴィをその場に残し、すみよんと並んで歩き始める。

 

 この渓谷の中にいたモンスターは枯渇したエネルギーが復活しはじめると、進化を繰り返す。

 この地はレッサーデーモンやらドラゴンやら、街の近くに出現したら大騒ぎになるモンスターでひしめいていた。

 すみよんが俺たちが到着するまでの間、外に出ないように外側に結界を張ってくれていたから外にモンスターが出てこれなくなっていたのだ。

 ここまでは、さっきすみよんから説明を受けた通り。

 さて、俺たちが……いや、正確には俺が渓谷に入ってきたので一斉にモンスターが転移し襲い掛かってきた。

 俺をターゲットに決めていたのはサキュバス。

 話が飛ぶけど、ネザーデーモンは「即死耐性」のスキルを持っていたよな。同じくサキュバスもエタンを粉々にして彼女のスキルを吸収していた。

 断定した理由もある。

 それは、レッサーデーモンとドラゴン、サキュバスが群れをなしていたからだ。

 悪魔族と呼ばれるレッサーデーモンがサキュバスに付き従うのならまだ理解できる。しかし、ドラゴンがとなると話は別だ。

 エタンが持っていたスキルは「共感」。生来の彼女はモンスターの感情の色みたいなものを見ることができた。

 それが、同じモンスターとなると共感の力は、モンスター同士をつなぎとめるものとなったというわけだな。

 サキュバスが倒れ、共感の楔は切れた。

 あの場に転移してきたモンスターが全てならばいい。だけど、多少は残っているモンスターもいるんじゃないかな?

 俺たちが揃って力の暴走の元に行ったとしたら、はぐれモンスターたちは渓谷の外に出てしまうだろう。

 なのでドニは「残る」と言った。

 彼らがいれば、モンスターどもはまず彼らを襲いに来る。モンスターと人間は不俱戴天の敵同士だからな。近くにいるのに放置して他にいこうなんてことはしない。寄ってきたところをパルヴィの矢でズドーンという作戦だ。

 

「こんなところであってるか?」

「いけぞえさーんにしては頑張りましたね。頭を撫でてあげまーす」

「届かないだろ……」

「しゃがめばいいのですー」


 当然のことのようにのたまうので、反射的にしゃがんでしまった。

 うわあ。上から感がやべえ。

 撫で方もイラっと来る……。普通はこんな小さな女の子に頭なでなでされると、多少は微笑ましい気持ちになるものだ。

 微塵も感じねえ。

 俺の頭から手を離したすみよんの雰囲気が一変する。

 

「どうやら決まったようですねー」

「決まった? 何がだ」

「ほら、静かでしょうー?」

「うん。時折あった地響きもなくなった。遠くから聞こえてきた不気味な低音も」

「だから、ですよ。決まったんです。心して向かいましょう」

「すみよん。戦い方はどうするんだ?」

「当然です。いけぞえさーんが単独で戦うのですー。すみよんに期待しましたかー?」

「いや……すみよんは結界が解けないようにしてくれればいい」


 相変わらずの謎かけなすみよんには呆れてしまうが、俺のやることはとてもシンプルだ。

 それは、この先で待ち受ける敵を殲滅し、力の暴走とやらを破壊すること。

 元より、ドニとパルヴィの二人と別行動をしたからには俺一人でやるつもりだった。

 いざ行かん。最終決戦の地へ。

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