第39話 薄紫

『このまま真っ直ぐでいいの?』

『見たまんまでーす。それくらい自分で判断してくださいー。すみよんは暇じゃないんです』


 街を出発してから3日目。こうしてすみよんに語りかけるのも、何度目になるだろうか。

 彼女はそんな遠くないと言っていた気がするのだけど、徒歩で進むとなると遠い。俺の感覚で「遠い」のだろうけどね!

 電車や飛行機といった交通手段がある世界で暮らしていた俺にとって、徒歩で4日やら5日やら言われてもピンとこない。

 ただただ歩き続けるのに辟易してきている。


「お、今夜の肉がいるぜ」


 前を歩くドニが指を右手の繁みに向けた。

 よおっし。狩るぞおお。

 歩いているとモンスターと遭遇したり、今晩の肉を狩らなきゃならなかったりとするわけなのだけど、良い感じのイベントとかしていた。

 景色を眺めるのが楽しいってのは最初だけ。二日目の昼頃になると、歩くだけの時間は退屈で仕方がない。

 体力がついてきて、一日中歩き通しでもたいして疲れなくなったことも暇さを加速している原因であろう。

 ありがたいことなのだけどね。

 

「あたしが狩るね」


 ナイフを掴もうとしたら、既にパルヴィが弓を構えていた。


「エンチャントウェポン」

「んじゃ俺も。サイ・ウェポンを」


 パルヴィの矢にドニの魔法と俺の超能力による加護が付与される。

 結果、過剰な威力に酷いことになった。

 矢が当たった瞬間に物凄い爆音がして、熊のようなモンスターの上半身がはじけ飛んだのだ……。

 熊の下半身がご飯になるから、まあいいか。

 

『音を立てすぎでーす』

『モンスターが寄って来るなら、それはそれで良しだ』

『いやですねえ。野蛮な人はー』


 すみよんがすかさず突っ込んでくるが、適当に流す。

 決戦の地に向け街を出て以来、こうしてすみよんが「常駐」するようになった。


「あちゃあ。やりすぎちまったな。『来る』ぜ」


 ドニの言葉が終わるか終わらないかのところで、いろんな方向から獣の吠え声が聞こえてくる。

 空からもクエエエエという金切り声が……。

 

「ちょうどいい。討伐隊の代わりに掃除してやるか。は、ははは」


 このあと夕暮れまで戦いましたとさ。

 それほど高レベルのモンスターはいなかったと思う。

 ドニ曰く、剛腕クラスは数匹いたが王狼より強そうなもはいなかったんだって。

 こちらは持てるだけのポーションを持ってきたんだ。食糧は全て現地調達と割切ってな。

 なので、ポーションを飲みながら戦うことができるんだぞ。

 サイ・ウェポンも多用したし、ナイフが粉々にならないよう慎重に取り扱ったから武器の減りもない。

 いい暇つぶしになったが、距離を稼ぐことはできなかったとさ。

 決戦前のいい肩慣らしにはなった……はず。

 

 モンスターにとって大虐殺事件があったからか、翌日からモンスターに遭遇しなくなった。

 ドニセンサーによると、俺たちの動きに合わせてモンスターが距離を取っているとのこと。

 街を出てから6日目のお昼前にようやく目的地が見えてきた。

 

 渓谷というんだっけ、表現が合っているのか謎ですまん。

 草木一本ない岩肌で、円形の崖になっている。崖の下が目的地だ。

 崖といっても20メートルほどの深さだし、太陽の光も届いている。崖下も目視ではあるが、直系2キロは優にあるので特に移動が制限されるものではないかな。


「降りよう」

「俺が先に楔を打ってくる。ゾエたちはしばらく待ってろ」


 この中で一番身が軽いドニが先行を買って出てくれた。崖下を見下ろすと足がすくみ、ゴクリと生唾を飲み込む。


「あ、あたしが先に行くからね」

「気にするならスカートをやめればいいのに」

「も、もう。そんなこと言ってないもん」


 スカートを手で押さえながら言われたら、スカートのことを突っ込んで欲しいのかと思ってしまうじゃないか。

 だけど残念。俺はロープを伝って下に降りることはしない。

 冗談を言い合っているうちにドニが下に到着し、クイクイと固定したロープを引っ張る。

 

「ほら、先に」

「……見たかった?」

「ドニから見えるんじゃ?」

「ドニさんは見ないもん! ゾエさんと違ってえっちじゃないし、顔はともかく紳士なんだよーっだ」

「はいはい。行った行った」


 ぶーっと顔を膨らませたパルヴィがロープを伝って下に降り始めた。


「くあ」


 すっかり影が薄くなっていたが、サードが自己主張をするかのように鳴く。

 サードはアヒルなので、そのまま崖下へバサバサーっと行ってしまった。アヒルって飛べたんだっけ?

 特に問題なく下へ行けたから良しだ。

 そろそろパルヴィも降りたかな? 彼女が下っている途中だとまた何かと文句を垂れる。

 

 俺? 俺は簡単な作業だよ。

 さっきも言ったが、崖下が見える。見えると言うことは――。

 

 一瞬にしてドニの隣に転移する。

 たまたまだろうけど、風が吹いてもうすぐ降り立とうかとしているパルヴィのスカートがめくれ上がった。

 ふむ。薄紫か。

 

「やっぱり見てるじゃないー」

「たまたまだ。風が吹いたんだって」


 特に怒る素振りを見せないパルヴィはパンツを見せたかったのかもしれん。

 どうせ見せるなら恥ずかしがってくれた方が俺好みである。さあどうぞとパンツを見せられても、「はいそうですか」となってしまうのだ。

 萎えるわけじゃないけど、水着を見ている感覚に近いと言えばいいのか、ちょっと表現が難しい。

 

『いけぞえさーん。すみよんは戻ります』

『ん?』


 戻るとは、心の中ですみよんに語りかけても声が返ってこない状態になるんだろうか。

 なあに、彼女の本体がこの近くにあるはずだから、すぐにまた会える。

 何気なくすみよん時計を見てみたら、残り370日まで日数が減っていた。彼女はまた俺に告げることなく何らかの力を行使したんだな。

 何をしていたのかはだいたい想像がつく。

 ありがとうな、すみよん。

 

 さて、さっそく。

 お出迎えがやってきたぞ。


 岩陰に隠れているのか、まだ姿は見えないが、第六感が警笛を鳴らしている。

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