第37話 新技

 修行を開始してから、はや6週間が経過している。

 今日もまた明るいうちはモンスターを狩るお仕事をこなしていたわけなのだが、思わぬ敵に遭遇した。


「しばらくはモンスターの進化が落ち着くんじゃなかったのか……」


 忘れもしないぞ。あの姿を。

 元がトロールだったのか、他のモンスターだったのかは不明だし、知ろうとも思わない。

 身の丈は4メートルほど。頭から一本の長い角が生えた深紅の肌を持つ。

 そう、レッサーデーモンだ。 

 ドニは初見であるが、実際に一度遭遇した俺やパルヴィよりもこいつのことに詳しかった。広範囲魔法とやらも使うそうなので、パルヴィとドニには離れたところで待機してらっている(アヒルも)。

 すみよんめ。二ヶ月ほどは進化の元となるエネルギーが枯渇しているから大丈夫とか適当なことを言いやがって。

 先のネザーデーモンを含む上位悪魔三体の誕生で、力の暴走を起因とする「進化エネルギー」は使い果たされた(すみよん談)。

 なので、ある程度エネルギーが増えるまでせいぜい修行に励んでくださーい、と自信満々だったんだけどな。

 

「ラッキーだったぜ。上位悪魔ほどじゃあないけど、討伐ランクSSSなんだろ。試金石に丁度いい」


 転移してもコアを潰すまで何度も何度も触れなきゃいけない?

 今の俺ならば、少ない回数でコアを潰せるかもな。

 だが――。

 懐からナイフを取り出し、意識をナイフの刃へ。

 その時、第六感が危険を告げる。

 体に比べ長い右腕を天に向け伸ばしたレッサーデーモンの長い爪先に雷光が走った。

 次の瞬間、雷撃が空気を切り裂き目にも止まらぬ速さで飛来するが、既に俺はその場にはいない。

 転移すりゃ、物理的な速度なんて相手にならないぜ。

 

 奴との距離は20メートルくらい。ハッキリと姿が見える。

 見えるなら届く。転移と同じこと。

 認識と試行回数が肝要なのだ。超能力は天から与えられる能力なのかもしれないが、ただ使うだけでは開花しない。

 足先から伸びた念動力の糸がレッサーデーモンに触れ、首元に張り付く。

 蜘蛛の糸のごとし頼りない細い糸に過ぎない。糸では毛ほどのダメージも奴に与えることはかなわないだろう。

 

「ほんとはナイフを使いたくなかったが、まだ成功率が低いからな……」


 ナイフの刃に向けた意識を前へ向ける。

 握りしめたナイフは渦巻く風で覆われていた。俺とドニにしか見えない風。

 エンチャントウェポンは純粋な魔力を纏って武器の威力をあげる。

 ナイフを覆った風は魔法ではない。あれから修行をしたんだけど、全く持って魔法を使う事ができていないし……うんともすんとも言わねえ。

 この風は超能力のサイコキネシス念力を応用したものだ。俺のサイコキネシスは念動力の糸として発言していたのだが、ようやく別の形にすることができた。

 サイ・ウェポンとでも名付けようか。

 この風はサイコキネシスが使えない者には見ることができない。ドニのような特殊な目を持つ者は例外ではあるが……。

 

「さあ、行くぜ。っと」


 再度転移して、レッサーデーモンの炎の鞭を回避する。

 奴の首に引っ付けた糸は、無事のようだ。転移しても解けないとは収穫だぜ。

 

 ナイフを手から離し、宙に浮かべる。

 念動力の糸で引き絞り、放つ!

 ブレなく直進するナイフがぐいんと方向を変え、レッサーデーモンの首に突き刺さる。

 首がボトリと落ち、地面に転がるがナイフは切り裂いた首元に張り付いたままだった。

 正確には糸の終点で留まっている。糸を解除すると、ナイフが首から離れる。

 続いて、頭が無くなったレッサーデーモンの体が仰向けに倒れ伏した。

 

「ふう」

「すごーい、ゾエさん。人間とは思えなーい」

「それ褒めてんのか……」

「たぶん?」


 おっぱいを揺らしながら嬉しそうに駆けてきたパルヴィが来るなり失礼なことをのたまう。

 ドニはといえば、足先でレッサーデーモンの死体を突っついて動かないことを確認してくれていた。

 抜け目ない彼にはサバイバル生活で随分助けられたし、参考になったんだ。

 こういうことを言うとパルヴィはどうなんだとか突っ込まれるかもしれない。彼女からも学ぶことは沢山あった。

 もちろん、おっぱいのことじゃなく、戦闘とか料理のやり方とかそんなやつな。

 

「これでまだ未完成ってんだから、凄まじいな」

「ナイフの威力はドニの想定通りだったよ。収穫もあった」


 レッサーデーモンの首元へチラリと目をやったドニが小さく息を吐く。


「ロックオン? だったか、もえげつないな。後ろ向いてても当たるだろあれ」

「当たると思う。敵から離れ過ぎるとナイフの威力が落ちるから、そこは注意だな」

「サイ・ウェポンだったか、サイ・エンチャントだったか、そいつで上位悪魔も仕留めることができるんじゃねえか?」

「理屈なら不可能じゃない……だろうけど、結局物理で切り裂くわけだから分からないな」


 この世界のモンスターだけじゃなく人間も魔力の恩恵を受けている。

 魔力の用途は魔法だけではない。鱗を硬くしたり、火を吹いたり、空を飛んだり……と利用方法は様々だ。

 地球にはない第三のエネルギーとしてこの世界の生きとし生ける者ほぼ全てが利用している。

 人間は魔法を使うのだけど、MPが無くとも魔力の影響を受けているのだ。筋力や敏捷性といった身体能力が分かりやすいところで、視力や聴力が優れている人もいる。これらは全て魔力エネルギーから来るものだ。

 強いと言われるモンスターは総じて硬い。一部例外もいるけど、大概は地球の人の数倍の筋力を持つ中堅冒険者が全力で振るった鉄の剣でも攻撃が弾かれてしまうほど。

 対抗するにはエンチャントウェポンのような魔法で武器を強化するか、魔法金属と呼ばれる鉄より優れた金属を利用するかだ。

 ドニの言葉によるとレッサーデーモンくらいになると両方使用しても、ダメージを与えることは厳しいとのこと。

 念動力の糸で螺旋回転を加えたナイフは、弾丸のような速度で敵を穿つ。

 運動エネルギーが増し突破力は相当なものだけど、恐らくレッサーデーモンの皮膚は貫けない。

 だが、サイ・ウェポンで強化されたナイフとなると話は別なのだ。

 検証して分かったことだけど、超能力エネルギーは魔力的な強化を無効にする。かといって、魔法のように武器そのものの威力をあげることはできない。

 結果どうなるのかというと、魔力の影響がなくなったレッサーデーモンの皮膚とナイフが打ち合う形になる。

 俺はこれを純粋な物理攻撃と名付けていた。

 魔力の影響が無ければレッサーデーモンの皮膚も人間と変わらなかった。なので、高速回転するナイフと勝負すると首が飛んだ。

 

「二人で納得し合ってないであたしにも説明してよお」

「そうだなあ。サイ・ウェポンは相手の防御力をゼロにする、念動力の糸でマーキングしたら、ナイフはそこに必ず当たる」

「やっぱりゾエさん、人間やめちゃってるねー」

「それ、褒めてるんだよな……」

「もちろんそうだよお」


 その微妙な誉め方、違う表現にしていただきたい。 

 うんうんと頷くパルヴィをじとーっと見つめるが、彼女が俺の視線に気が付いた様子はなかった。



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