第35話 間違いを?
「いけぞえさーん、まさかそのまま向かうとか言いませんよねー?」
「無鉄砲な俺でもさすがに分かり切っていることはやらん。修行をする」
「具体的な策はあるのですかー?」
「いくつか、うまく行くかは分からん」
「分かりましたー。では、おやすみでーす」
え、ええ。唐突過ぎて意味が分からない。
座ったままふわりと浮き上がったすみよんが、仰向けに寝転びその上から毛布がふわりと覆いかぶさる。
毛布が頭の上まで覆っているので彼女の表情は不明だけど、起きたのなら教会に帰ってもらわないと困ったことにならないだろうか?
主に俺が。
「パルヴィ、つかぬことを訪ねるが」
「レティシアさんがこのままゾエさんのベッドで朝までいたら、教会が……」
念のためパルヴィに確認してみたが予想通りだ。聖女とかシスターってのは外泊にうるさいに違いない。
冒険の場合は例外だけどね。
男の家で一夜を明かしたなんて知れてみろ。俺が磔になったりしないだろうな。
こめかみをひくひくさせながら、パルヴィに向け右手をあげる。
「その先は言わなくていい。せめてパルヴィの部屋に運んだ方が……違うだろ! こら、起きろ。すみよん」
「すやすやー」
絶対に起きているだろ。
くわっと毛布をはぎ取ると、怯えた目ですみよんに見つめられた。
両手をぎゅっと胸の前で握りしめたその姿は庇護欲を誘う。
「わ、私。え、え、えと。ゾエさんと間違いを?」
「レティシア」
「は、はい。す、すいません。私、何も覚えておらず。そ、その」
「何も起こってない。気絶して俺の自室へ運び込まれただけだ。魔力を使い果たして寝ていたんだよ」
「不束者ですが……え、えっと。外で気絶したところをゾエさんが運んでくださったんですか」
「パルヴィもな。ほら、彼女も一緒だし、そこで寝ていただけって分かってくれたか」
神妙な顔で頷くレティシアにすみよんの面影はない。
あいつめ。逃げやがったな。
戻ってきたら問い詰めてやる……いや、あいつのことだ。一番やって欲しくないところでしれっとレティシアと入れ替わるに違いない。
悔しいが、突くと墓穴を掘りそうだから、何もしないでおこうか。もやっとしまくるけど仕方あるまい。
「怪我はないか?」
「はい。痛みはどこにもありません。運んでくださりありがとうございます」
パタパタと立ち上がったレティシアはペコリと礼をする。
しれっと「怪我は」なんて言葉が出てきたが、さっきからパルヴィの視線が痛い。
口裏合わせくらいしてくれてもいいのに。
◇◇◇
レティシアは教会に戻り、食べないまま放置していたサンドイッチをパルヴィと食べようかというところで、髭もじゃから呼び出しをくらう。
団員二人から聞いたことの確認をされただけで、今日はゆっくり休めと労われた。
団長亡き後の兵団をどうしていくかとか、いろいろあるらしくしばらくの間は兵団内が落ち着かないと思う。
髭もじゃが次の団長になるのか分からないけど、街の防衛に支障が出ないことを祈るばかりだ。
間接的に俺も貢献することになるが、街に留まって兵団や守備隊に協力するつもりはない。
「あああああ。眠れない」
ゴロンゴロンとベッドの上を左右に転がる。一日の振り返りをしていたが、目が冴えてしまい眠れそうにない。
疲労感はとんでもなくある。ハード過ぎる一日だったからな。超能力はかなり使用したのだけど、高級なポーションを飲んだので頭痛はない。
ポーションを使えば、いくらでも超能力を使うことができそうだ。
MPだとそうはいかないと聞くが、MPはMPで回復する薬があるんだって。しかし、傷や頭痛を癒してくれるポーションの数倍の値段がする上に数も少ない。
回復量も大したことないときたものだ。
それでも買い求める人は多いんだって。
「ゾエさん?」
扉の外から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「ん、どうした?」
「唸り声が聞こえたから、まだ起きているのかなって」
「何だか眠れなくてな」
ガチャリと扉を開けると、俺と目が合ったパジャマ姿のパルヴィがてへへと頭に手を乗せる。
あざとい仕草かもしれないけど、彼女は素でやっていることが分かるので特に嫌な感じはしない。
彼女も疲労困憊のはず。俺以上に精神的にショックを受けている彼女が眠れないってのも分かる。
兵団に所属している者は多かれ少なかれ仲間の死には立ち会っているのだ。
剛腕討伐の時だって、何人も亡くなった。あの時は討伐隊という形だったから兵団以外の者も含まれていたけど、最も死者が多かったのは兵団の者たちだ。
昨日まで冗談を言い合っていた仲間が人も住まぬところで埋葬され帰らぬ人となった。
彼女は一ヶ月も立たないうちに何人もの団員の死に立ち会っている。
俺も同じく死には立ち会っているが、エタンを除きそこまで会話を交わした者はいなかった。
それでも、精神的な負荷に押しつぶされそうになっている。慣れで片付けることなんてできるもんじゃないと思う。
いや、慣れちゃあいけないんだ。
ちょこんとベッドに腰かけたパルヴィの横に座る。
「ん」と見上げてくるパルヴィの薄い唇と第一ボタンを開けたパジャマの隙間から見える谷間にドキリとしてしまった。
俺は一体何を考えているんだ……。団長とエタンが亡くなったというのに、女の子の色気に目を奪われているなんて情けなすぎるぞ。
こう言っても言い訳にしか聞こえないけど、俺は本気でネザーデーモンとサキュバスをこの手で仕留めようと誓っている。
俺がもう少しうまく立ち回っていれば。今井と梓については俺の力不足だったが、ドンカスターの時はそうじゃない。
やり方次第で失わずに済んだ命だった。
「怖い顔してる、よ?」
優し気な彼女の声にハッとなる。後悔するのは悪くないことだ。だが、今じゃない。
うじうじと過去を振り返っているから、失敗したんだろうが。
前を向け、俺。後悔する時間があるなら、奴らを倒すために何をすべきか考えろ。
時間は限られているのだから。
腕につけたディスプレイを握りしめ、パルヴィに精一杯の笑顔を向ける。
やっと目を合わせた彼女の瞳は真っ赤になっていた。泣きはらしていたのだな……。
「すまん。自分のことばかりで」
「あたしだってそう。団長もエタンも死んじゃったのに。泣いていたのは悲しさからだけじゃないの。怖くて。次は自分なんじゃないかって」
「無理して討伐に参加することもないんじゃないか? 俺が大本を必ず」
「ダメだよ。ゾエさん。あたし、足手まといだけど、一緒に行きたい。逃げたくなんかないんだ」
パルヴィ。俺だって怖いよ。逃げたいと思ったこともある。今井、梓……彼らを救うためだと決めたから何とか進もうとできている。
小刻みに揺れる彼女の肩に手を乗せ、そっと背中をさすった。
すると彼女は俺の胸にしがみつき、嗚咽を漏らす。
「一緒に行こう。ネザーデーモンとサキュバスは必ず」
「ありがとう。ゾエさん。邪魔になったら迷わず……」
「連れて行く限りは働いてもらうからな。倒れるなよ」
「うん!」
「よっし! 今日は泣けるだけ泣いてしまえ。明日から頑張るために」
我ながら臭いセリフを言ってしまった。そのせいで耳が熱くなってしまう。
対するパルヴィは笑うことなんてせず、何度も何度も「うん。うん」と呟いていた。
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