第29話 トロール

 手当が済んだ怪我人だけを残し、洞窟へ突入する。

 俺とパルヴィが最後に入ったのだけど、既に人影が見えなくなるほど離れていた。

 ゴブリンの死体がそこら中に転がっているので、踏まないように注意しつつそろりそろりと進んでいたら、パルヴィに手を引かれる。


「追いつかないとー」

「そんなに急がなくてもいいんじゃないか」

「そうかなー」

「いや、そうでもないか」

「優柔不断な男の子はもてないぞ♪」

「別にモテなくていいよ」

「へー。ふーん。えへ」


 むすっとした顔からだらしなく口元が開くパルヴィの一人百面相にやれやれと小さく首を振る。

 最大の激戦は終わった。後は残党狩りだけだと厳しい状況ではないことは分かっている。

 だけど、すみよんに言われたからではないが、どうもしっくりとこないのだ。

 気のせいであって欲しい。モンスターとはいえ死体を見慣れていない俺がナーバスになっているだけ、と自分に言い聞かせる。

 しかし、死体からか洞窟の壁からか予想がつかないけど、首元にチリチリとした悪寒を感じるんだ。

 第六感のようにハッキリと感じ取れるものではない、得体の知れない何か。

 グイグイっとパルヴィに再び手を引かれハッとなる。


「いや……」

「いや……手を繋ぐのが?」

「ちょ、何してんだよ」

「これならいい?」

「手を握る方向で頼む」


 全く、からかうのもいい加減にしていただきたい。上目遣いでこちらの顔を窺うまでされると、そこまでして俺の反応を楽みたいのかと思ってしまう。

 未だに二の腕に残るふにょんとした感触に頬が緩みそうになる。

 ええい、考えていても仕方ない。行けば分かるさ。

 

 うわ。踏みつけてしまった。

 嫌な感触に顔を歪めるも、パルヴィは止まってくれない。彼女は地面を凝視しているわけでもないのに、華麗に死体を避けて進んでいる。


「パルヴィ!」

「きゃ」


 引かれた手を逆に力一杯引き寄せ、つんのめった彼女は俺の胸に顔を埋めた。

 丁度いい。彼女から手を離し、後頭部をぐいっと腕で覆う。

 そこへ、風の刃が襲い掛かり念動力の糸で右後方へと逸れていった。

 

「敵……?」

「二匹いる。天井に張り付いてる。岩肌と同化して分かり辛かった」

「只のコウモリがキラーバッドに進化してる……」

「名前は後で教えてくれ」


 キイキイとガラスを引っ搔いたような音がソニックブームへと変化する!

 さっきの風の刃ほどの威力じゃあないな。

 軽く弾き、投げナイフを構える。

 

 ガガガ。

 

「な……」


 弾丸並みの速度がある投げナイフをヒラリと躱されてしまった。

 岩肌に突き刺さった投げナイフから随分と念動力の糸による投擲も強化されたなあ、なんて呑気な感想を抱く暇もない。

 風の刃が効かないと学習したらしいコウモリが左右から急降下してくる。

 対する俺は両腕を広げコウモリに向けた。

 当然のことながらコウモリが鋭い歯で俺の腕に噛みついてくるが、狙いはそこだ!

 触れた瞬間に逃さぬよう念動力の糸で絡めとりそのまま心臓に繋がる血管を断ち切る。

 ドサドサと落ちるコウモリたちに安堵の息を漏らした。

 

「怪我してるよ。触れたらすぐに倒せるんじゃなかったの?」

「投げナイフを回避するくらいだからさ。『読み取る』前に逃げられると思ったんだ。体に振れさえしていれば拘束できる」

「でも、痛そう……」

「すぐ治るさ。破れた服はどうにもならないけどね」


 既に痛みは遮断し、自己修復に入っている。

 滴り落ちる血も止まり、ぐぐぐっと手を握りこむ頃には完全に傷が塞がっていた。

 

「しかし、こいつはヤバいな」

「あたしも……」

「コウモリに引っかかれたか? ひょっとしたら毒を持っていたとか?」

「う、ううん」


 パパっと俺から離れたパルヴィが自分の手で自分の顔を扇ぐ仕草をする。

 トレインに来てからここに戻って来るまでの時間は多く見積もっても2時間ほど。

 その時には「キラーバット」なるものはいなかった。

 この二匹は、さっきここで「進化」したのだ。

 ゴクリと喉を鳴らし、今度は逆に俺がパルヴィの手を引き駆け始める。


 ◇◇◇

 

 焦燥感に駆られながら進む。

 団長をはじめとした団員は猛者揃いだ。多少敵が力をつけたところで問題ないはず。

 大怪我を負ってしまった団員が出たのも実力うんぬんじゃなく、奇襲によって横撃されたから。

 真正面から打ち合えばそうそう敗れるような人たちじゃない。

 

 ほら、例の雄叫びが聞こえてきたぞ。

 

「うおおおらあああ」


 団長のハンマーが唸りをあげる。外で使っていたものより小ぶりではあるものの、それでも俺が構えるとよろけるくらいの重量はあると思う。

 そんな重量感抜群のハンマーがゴブリンの胸を……え、あれがゴブリン? 大柄な団長が振り下ろしたハンマーが胸に当たるくらいとなると、三メートル近くの身長になるぞ。さすがに天井に届くまでには至らないけど、ゴブリンが更に進化したのか。

 上顎から生えていたはずの牙が下顎から生え、長さも倍ほどになっていた。頭髪がなく、肌の色が薄灰色とコンクリートのように変わっている。

 団長のハンマーに打たれた灰色肌のゴブリンの胸がひしゃげ、アバラ骨がバキバキと折れる鈍い音が響いた……が、ボコリと胸が盛り上がり一瞬にして傷を修復してしまったのだ。

 さすが団長。

 これにも動揺する様子を見せず、素早くハンマーを引き反撃してきたゴブリンの棍棒をヒラリと上半身を倒して回避して見せた。

 

「トロールだ。ゴブリンがトロールになるなぞ。聞いたこともない」


 両手剣を構えたまま、俺たちが来た事に気が付いたエタンが説明してくれる。

 彼女以外の団員の姿も見えるが団長の攻撃に巻き込まれないように距離をとっているようだった。

 団長より更に奥の方でゴブリンと対峙している者もいる。

 あちらのゴブリンは洞窟前で見た時と同じ姿に見えるが……確か通常のゴブリンから進化し人間ほどのサイズになったホブゴブリンだったか。

 そいつの体がびくびくと震えたかと思うと肌の色が変色していく。

 そうはさせじと団員二人が剣を振るう。

 見事に二つの剣がゴブリンを貫いたものの、そいつは倒れぬどころか剣を体外に排出し巨大化した。

 ホブゴブリンはトロールと呼ばれたモンスターに進化したのだ。

 

「タフな奴なら任せておいてくれ。奥のトロールを俺がやる!」


 そう宣言し、両の眼でしかと二人の団員と対峙するトロールを見据える。

 

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