第30話 進化

 団長を挟んで奥にいるトロールの真後ろへ転移した。

 トロールの体に手の平をあてがう。驚愕する団員二人は剣を振り上げた姿勢のまま固まってしまっている。

 よし、捉えた。もう何度目か、この動きも。

 慣れたもので拍動に繋がる血管を全て断ち切り、手を離す。

 ぐらりと倒れるかに思えたトロールの足もとに力が籠る。


「な……」

 

 倒れない、だと……。

 奴の手から棍棒がずり落ち、地面に乾いた音を立てていた。

 倒れないようにするのが精一杯といった様子で、先ほどまで奴から溢れていた躍動感はまるでなくなっている。

 手を当てる。

 鼓動はまだ続いている……な、一部の血管が繋がっているだと!

 俺の自己修復に近いレベルの回復力だ。

 確かに俺は見ていた。団長のハンマーによってひしゃげたトロールの胸が見る間に回復していく様子を。

 それでも、二度目はない。

 

 ドサリ。

 血に伏せるトロールが完全に動きを止める。


「っち……」

「また出やがった!」


 団員の声を聞かずとも、振り返らずとも第六感が警笛を鳴らしていた。

 来る!

 念動力の糸で作ったセンサーが先にトロールの攻勢を感じとる。

 この形状……棍棒か。

 糸で逸らすことは不可能。なんていうパワーだ。あの人外の膂力を持つ団長にも引けをとらないほど。

 逸らせずとも位置は完全に把握している。

 右方向1メートル先に転移し、これを回避。

 ブンという棍棒が振られる音にビクリと肩が動く。

 

 お。おいおい!

 まだ奥にもう一体いる。まだまだ距離があると言うのに第六感が警笛を止めない。

 あれはトロールではないな。ゴブリンとも異なる。

 ゴブリンとの共通点は尖った耳くらいで、通常のゴブリンより一回り小さい。背中からコウモリのような真っ黒の翼が生え、黒い尻尾も備えていた。

 肌の色は薄紫で、顔つきがゴブリンより人間に近くなっている。

 そいつがフワリと宙に浮き、右腕を振り上げた。

 

 一方でトロールも瞬時に移動した俺に戸惑っていたようだったが、こちらに体を向ける。


『アイスランス』

「フレイムスピア!」


 宙に浮いた小柄なモンスターとパルヴィの声が重なった。

 そうか、追って来てくれたんだな。団員二人の前に出た彼女の手から矢印状になった炎が飛ぶ。

 炎は俺の直前まで迫っていた氷柱とぶつかり合い相殺された。

 氷柱を出したのはあの小柄なモンスターだ。

 

「ありがとう、パルヴィ!」


 例だけを述べ、迫るトロールの後ろへ転移する。

 これならトロールが邪魔になってあいつもそうそう魔法を打つことはできない……くはなかった。

  

 小柄なモンスターが呪文を唱え終わると、風が渦巻きはじめ氷の嵐となる。

 舌打ちしつつ、トロールに触れようとした手を戻し再度転移し、パルヴィの隣に立つ。

 トロールはといえば、氷の嵐に巻き込まれ体がズタズタに切り裂かれるがその瞬間から傷が塞ぎ始めていた。


「厄介だな」

「あれはインプ……ううん、グレムリンにまで進化しているかな」

「何でもありだな、何にでも進化してしまうものなのかよ。それじゃ、進化じゃなくて変化じゃないのか。そのうち竜になったりしてな」

「有り得なくはないよ。ゴブリンからトロールは二回くらい異常進化でもしたら……ひょっとしたらなんて思うけど、悪魔族になるなんて想像もできないよお」


 パルヴィの言っていることが半分も分からん。

 だけど、無茶苦茶なことが起こっていることは確かだ。冗談で竜とか言ってしまったけど、有り得なくもないんだよな。

 となれば、とっとと仕留るに限る。

 

「ゾエ殿。私と団員二人でトロールを受け持つ。貴殿はパルヴィとグレムリンに当たってくれ」

「エタン。団長は?」

 

 渡りに船とはこのこと。

 エタンが団員二人と協力してトロールの足止めをしてくれば、遠距離から邪魔してくるグレムリンを先にやれる。

 俺の質問に対しエタンは顎だけを横に向けふうと息を漏らす。


「団長はトロールと交戦中だ。一撃で頭を潰さぬ限りトロールは倒れぬ。あの図体だ。いかな団長でも時間がかかる」

「心臓でもいけるが、団長はハンマーだったか」

「心臓を狙うなど、貴殿くらいのものだ。心臓を突いたとしても傷が塞がってしまう。体内にある心臓をトロールが倒れるまで突き続けるくらいなら頭の方が余程現実的というものだろう」


 エタンと拳を打ち付けあい、頷き合う。

 剣を抜いた三人が一斉にトロールへ切りかかるのを横目に、パルヴィへ声をかける。

 

「矢をグレムリンに。牽制になればいい」

「うん。呪文を邪魔すればいいんだね。エタンたちも危ないし」

「一発目さえ遅らせれればそれで大丈夫だ」

 

 会話しながらも矢をつがえたパルヴィがぐぐぐと弦を引き絞った。

 矢が放たれると同時にグレムリンの後ろに転移する。

 

 一瞬の隙も与えずグレムリンの腕を掴んだ俺は、そのまま奴の鼓動に繋がる血管を全て……立ちきった。

 奴の体から力が抜け、地に落ちる。

 

 倒した。

 倒したはずなんだが、背筋に悪寒が走る。

 本能に従いパルヴィの元へ転移した時、グレムリンの死体(虫の息かもしれないが……)が粘土細工のように形を変え、膨れ上がって行く。

 

 体色が深紅に変化し、体を覆うほどの漆黒の翼が形成される。

 身の丈は4メートルほど。頭から一本の長い角が生え、口は顎まで裂け、ピンと尖った長い耳に白銀色の瞳。

 悠々と浮き上がった奴はトロールに対応しているエタンらにはまるで注目せず、真っ直ぐに俺を睨みつけている。

 まるで、この場にいる敵は俺だけだと言わんばかりに。


「絶命する前に進化したってのか」

「あ、あれは。研修で聞いたのと同じ姿」

「知っているのか? パルヴィ」

「レッサーデーモン! いくらゾエさんでも……人が到達できる限界点でもまだ一人で対峙するには足りない、と教えてもらったよ」

「デーモンだろうが何だろうが、生物だったら俺にとっては同じだって。ひょっとしたら、あいつ、『歴戦』レッサーデーモンとかなのかもな」

「……ゾエさん、その冗談は笑えないよお」


 俺だけをターゲットにしているのなら好都合だ。

 パルヴィにエタンたちを魔法か弓で支援するように頼み、まだ動きを見せないレッサーデーモンへ拳を向ける。

 すると奴はにいいいっと口角をあげ、けたたましい笑い声をあげた。

 その隙が致命的だぜ?

 転移とは文字通り一瞬にして移動する。移動という表現は実のところ正確ではなくて、空間を飛び越えると言った方がより正解に近い。

 瞬きする間より尚刹那の時間で俺の位置は「入れ替わる」のだ。

 見えている範囲の空間ならば、どこにでも転移できる。それが例え空中であってもな!

 

 出現したのはレッサーデーモンの頭の上。

 奴の頭を掴み、体内の鼓動を感じとる。血流があり、心臓も人間と同じようにあることはすぐに分かった。

 しかし、別の何か。こいつの生命力の根幹になるものがもう一つあることを本能的に感知した。

 潰せるか? 血管と異なり、根幹……仮にコアとでも呼ぼうか、コアは心臓ほどの大きさがある。

 ええい、やるしかないんだ。行くぞ!

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