第28話 耳がきんきんする

「ううおおおおりゃあああ」


 丸太のような腕から繰り出されるパワーは圧倒的で、すくあげるように振り切ったハンマーに当たったゴブリンが体ごと宙に浮きひしゃげる。

 すげええ。本当に人間か? 団長って。

 彼以外にも筋骨隆々の戦士はいるが、彼に比べるとまだ常識の範囲だった。それでも俺二人分くらいの筋力はありそうなんだけどね。

 力自慢たちはそれぞれ重く長柄の武器を握りしめ、軽々とそれらを振るっている。

 洞窟の中じゃ長柄の武器だと邪魔になる。なるほどな。外にまでトレインしたのは待ち構えて打ち崩すだけじゃなく、大物武器も使いたかったからか。

 といっても、投げナイフがさくりと突き刺さるゴブリン相手には過剰な力だと思うのだけど……。

 必要最小限の力で、いや。これでいいのか。

 吹き飛んだゴブリンが後列に当たり、魔法を使うゴブリンの詠唱を邪魔している。それよりなにより、圧倒的なパワーでねじ伏せることで奴らが委縮しているじゃないか。

 俺とパルヴィに10体以上倒されても怯まなかったゴブリン達が、だ。

 こういう戦い方もあるのだと感心する。圧倒する力を見せつけることで相手の戦意を削ぎ、戦闘力を引き下げた。

 

「すげえな。団長」

「だよねー。エタンも女の子の割には力持ちなんだけど、団長はちょっと、ほら」

「エタンも大剣を軽々と振るっているな」

「うんー」


 木にもたれかかり呑気に観戦を決め込む俺とパルヴィ。

 このままいけばゴブリン達はいずれ潰走する。掃討戦になったら参戦することにしよう。

 今度は洞窟の中での戦いになるだろうけど、最初と異なり逃げ惑うゴブリンを狩るのだから容易いものだ。

 

「うりゃあああああ! うおおおおお!」

 

 ……。振るうたびに雄叫びをあげるのが団長スタイルなのか?

 

「よくみんな平気だな」

「ん? 何のこと?」

「あれ、団長の」

「あはは。耳がキンキンするよね。慣れってやつさあ、ゾエくーん」


 壺に入ったのか地面を叩き顎が外れんばかりに笑うパルヴィに、苦笑する。

 彼女は俺と同じで魔法の加護が付与されたものの、布の服だった。胸まで覆う革鎧や似たような形で鉄製のブレストプレートを装着する人が多いのだけど、彼女は動きやすさ重視で布にしているんだって。魔法の加護があるものであれば、布であっても補助魔法の効果を享受することができる。

 彼女はパーティで行動することが常なので、必要あれば防御力を高める魔法を使ってもらうのだろう。

 俺としては革鎧を進めるがね。

 

「あはは。ダメ。止まらない。変だよね。ごめんね」

「いや。笑いが止まらない時ってあるよな」


 ついじっと見ていたらしい。戦闘中や警戒中はまるで気にならないのだけど、こうして弛緩した状況だと本能に従い目線がな。

 やば、パルヴィに変な目線を送っていることがバレたか?


「大丈夫だよ。あたしの腹筋はよゆーなんだから」

「この分だとしばらく待機ぽいし、まだ笑ってていけるだろ」


 ようやく元の状態に戻ったパルヴィがゴクゴクと水を飲む。

 あれだけ笑えば喉が渇くよな。

 

『いけぞえさーん。おっぱい見すぎでーす』

『……唐突に来たな、すみよん』

『おっきいのが好きなんですかー。いやらしいでーす』

『まさか、それを言うだけに声をかけたわけじゃないよな?』

『もちろんでーす』


 すみよんがどこからか俺の様子を見ている?

 どうやって、とか考えても無駄だから監視されていることを頭の中にいれておくとするか。


『それで何を伝えに来たんだ?』

『すみよんは最初に伝えましたー。いけぞえさーん、ちゃんと分かってますか?』

『暴走を破壊するんだろ。片時たりとも忘れたことはないさ。超能力を鍛えようと奮闘している』

『そうでーす。いけぞえさん、おっぱい好きです。いなくなってもいいんですかー?』

『……意味が分からん』

『分かっているのなら余計なことでした。王狼は手始めだと言ったこと、ちゃんと覚えていればいいんでーす。それだけでーす』

『え、あ』

 

 頭の中からすみよんの気配が消えた。いつもながらの唐突さに唖然とする。

 覚えているさ。パルヴィたちからも聞いているし、俺も認識している。

 モンスターのレベルが上がり始め、ここ一ヶ月くらいで異変が続いているってことくらい。

 王狼との遭遇、そして初心者向けだと言われていた洞窟でのジャイアントラット狩り。ヴォーパルラットの出現によって、ドンカスターの命が失われた。

 今だって洞窟をゴブリンが襲撃し、激しい戦いになっている。

 

 ハッとなり、パルヴィへ問いかけた。

 

「ゴブリンって魔法を使うのだっけ?」

「ゴブリンが進化したら、ゴブリンシャーマンとかゴブリンキャプテンとかいろいろ、いるんだよー」

「剛腕とかとは別の方向性か。モンスターの格自体が上がるのだっけ」

「うん。あの集団はゴブリンキャプテン、ゴブリンシャーマン、ホブゴブリンみたい。全部、『歴戦』以上だと思うよ」

「それって相当パワーアップしているよな?」


 再び水を口に含みながら無言で頷きを返すパルヴィ。

 今までのゴブリン集団だったら、洞窟を襲撃してくるなんてこともないか。


「団長や団員、冒険者さんから聞いた話とあたしの実感なんだけど、全部が全部のモンスターが強くなっているわけじゃないの」

「特定のモンスターかな?」

「次から次から強敵が現れる感じ?」

「そうかも。倒したら次ーみたいな?」


 危機感か。

 覚悟をもって難局に挑むと決めていた。

 だが、思ったより時間が限られているのかもしれない。

 モンスターの急激なレベルアップは「力の暴走」が原因である(すみよんの言葉が正しければ)。

 しかし、何故、モンスターばかりに? 兵団をはじめとした街の人にも影響を及ぼしてもいいものなのに。

 人間はモンスターのように進化しないからか?

 

「よおっし! 野郎ども、追い打ちをかけるぞおおお!」


 ここからでも耳がキーンとする団長の声が響き渡る。

 対応できないほどモンスターのレベルがあがっているかも、という懸念などなんのその団長を中心にした兵団主力はゴブリンどもを蹴散らした。

 洞窟内では奇襲のせいか傷つく者も出たが、洞窟入口での戦闘では一方的な蹂躙となったようだ。

 誰も傷ついた者がおらず、意気揚々と勝鬨をあげる。

 

「それじゃあ、俺たちもいくか」

「うん」

「どうしよう、俺とパルヴィの二人組でいいかな」

「いいの? やったー。エタンと組みたいと言うと思ったー」

「エタンも途中で合流できれば合流しようか」


 立ち上がり、首をぐるりと回す。

 投げナイフも補充したし、準備万端だ。

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