第27話 進化したゴブリン集団

 場所は洞窟の中。ヴォーパルラットに遭遇した辺りだ。

 ナイトサイト暗視の魔道具を団員の一人から借りたので視界は良好。バッチリ見える。

 それにしてもいるわいるわ。確か転移直後に牛頭の手下みたく襲い掛かってきたモンスターの中にゴブリンがいたよな。

 俺の腹のあたりまでの身長で、二本の牙が特徴的な薄緑の体色を持つ。小鬼とも言われるそうだけど、俺の想像する鬼とは少し違うな。

 スキンヘッドの頭はツルツルで尖った耳はあるものの、角がない。

 鬼と言えば角だろってのが頭の中にあるから、どうも小鬼と表現されると首を捻る。

 

「攻めないの?」


 矢をつがえた状態で顔をあげるパルヴィに渋い顔になる俺。

 表情とは裏腹に六本の投げナイフが宙に浮く。


「構わないんだけど、どうしてこうなったんだ」

「ゾエさんとあたしが元気一杯だから?」

「そうだな。うん。他の人は全員洞窟でゴブリンと死闘を繰り広げていたよな」

「うんうん」


 サードのようにブンブンと首を縦に振るパルヴィの胸もゆさゆさ揺れている。

 そうだよな。俺とパルヴィは後から駆け付けたから……。

 

「そうじゃねえだろおお!」


 叫びつつ、投げナイフを念動力の糸で投擲する。

 前方のゴブリン三体から「ぐぎゃあ」と悲鳴が上がった。

 俺の動きに合わせ、パルヴィも矢を放つ。

 うまく頭を撃ち抜いたゴブリンもいたようで、二体が絶命し地に倒れ伏した。

 

「ナイフもいっぱいもらったもんね!」

「……そうだな。ジャラジャラとあるぞ」


 再び六本の投げナイフを今度は狙いをつけて放つ。

 「ぎゃああ」と絶叫が響き、六体のゴブリンが額を撃ち抜かれ後ろ向きに倒れ込んだ。


「すごいね。ゾエさん。あたしも!」


 パルヴィの矢が正確にゴブリンの頭を貫く。

 っと。

 ゴブリンの後列から火の玉が飛んできたぞ!

 しかし、ファイアリザードのブレスに比べれば赤子の手をひねるがごとしだ。

 念動力の糸で軽々と火の玉を横に逸らす。

 仲間を10体以上倒されたゴブリン達はこの火の玉を狼煙に一斉にこちらに向かってくる。

 

「来たぞ」

「脱出だー」


 何でこうもパルヴィは嬉しそうなんだ……理解に苦しむよ。

 元気だからといってたった二人であれよあれよという間に洞窟内に送り込まれたってのに。

 外までゴブリンどもをトレイン誘導してくれなんて無茶な願いを聞く俺も俺だけど……。

 正確にはパルヴィが俺の了承を待たずにとっとと洞窟に向かってしまったことが原因である。

 さすがに一人にさせておけないので、俺も続いたってわけだ。

 

 む。背後に張り巡らせた蜘蛛の糸(念動力製)に何かが触れた。

 頭上を越えるよう、「それ」を逸らす。

 天井に当たり弾けたそれは、火の玉だった。

 

「ゴブリンが魔法を使うなんて」

「まだ来る」 

 

 パルヴィが驚きの声をあげるが、直後、先ほどより「重い」何かがセンサーに引っかかる。

 氷のつららのようなものが火の玉と同じ場所に直撃し砕けてバラバラに。

 火の玉は質量が無いに等しいので少し力を加えるだけで方向転換したが、氷のつららはセンサーに引っかかってから「糸」を束ねないと厳しかった。

 転移した直後の俺だったら、逸らせずに背中にグサリといっていたと思う。

 俺の念動力の成長自体は僅かなものだ。一番は使い続けていることによる「慣れ」である。

 糸を出して張り巡らせることだけでも相当な集中が必要だったのだけど、今は「張るぞ」と最初に意識をするだけで準備完了となるほどまでになった。

 ここまで動かせるようになってきて、何が難しくて、何が簡単なのか分かるようになってきたんだ。

 念動力の糸は自分から離れれば離れるほど精度が落ちる。自分の体と繋がっていなければ、糸は数秒で崩壊し塵と化す。

 離れてしまった糸を維持することができたとしても、操作することが叶わない。維持ができるのならやりようはあるんだけど……捕らぬ狸のってやつだな。

 相変わらず、自己修復と転移は他人に能力を行使することはできていない。

 焦ってはいけない。まだ800日以上時間が残されている。

 分かっていても今のままじゃ隕石から二人を救い出すことができないから、焦燥感は募ってしまう。

 

「ぐ……」

「ゾエさん?」

「問題ない」

「ウィンドカッターまで……。ゴブリンたちが魔法を使うなんて」

「風か。質量の氷より『逸らす』のが大変だな」


 原理はまるで分らないからそう言うものだと認識しておこうか……。

 カマイタチのような魔法と念動力の糸は相性が悪い。センサーに反応したはいいが、糸が切れてしまった。逸らすは逸らせたのでよしとしよう。

 

 ゴブリン達はドタドタと逃げる俺たちを追っては来ている。

 俺たちの方が足が速いので、着かず離れずでこのまま洞窟の入り口まで向かおう。

 パルヴィ? 彼女のことは心配ない。俺より持久力があるし、足も速い。

 仕方ないことなんだけど、自分の身体能力の低さに鬱屈とした気持ちになる……。ずっと鍛えてきた彼女らと俺を比べるのは失礼ってもんだけど、それでもなあ……。

 念動力の糸で身体能力を底上げしたりできないものか。工夫次第でいけそうな気がしている。ドニに付き合ってもらって試してみようかな。

 

「もう少し距離を取ろう、ゾエさん」

「お、そうだな」


 パルヴィの意見に同意する。

 俺が逸らした炎の玉などは全部「魔法」だと彼女が言っていた。魔法なら立ち止まらないと放てないはず。

 魔法を使うには短い時間ではあるものの、超集中が必要になる。

 立ち止まって魔法を用意して放つまでの間に俺たちが魔法の射程外に出てしまえば、魔法を心配せずにすむって寸法だ。

 

 ◇◇◇

 

「助かったぜ」

「少し休ませてくれ。後から参戦する」

「おう。ゾエとパルヴィが引っ張ってくれている間に休憩ができた。行くぜ、野郎ども」

「おおおお!」


 「野郎ども」って団長よ。一応あんた、街の公務員だよな。

 国によっては「騎士団」と名乗ることもあるような部隊だろ。山賊じゃないんだから。

 なんて心の中で悪態をつきつつ、ドカリと座り込む。

 隣にポスンと座ったパルヴィがコクコクと水袋から水を飲んでいる。水袋の口が大き過ぎたのか傾き方を誤ったのか、勢いよく水が出過ぎていて彼女の口から水がこぼれていた。それが顎を伝ってポタポタと。

 

「ごめん。ゾエさんも喉が渇いているよね」

「そこまで喉が渇いていないし、ゆっくりでいいよ」

「無理して言わなくても、あたしとゾエさんの仲じゃない! じっと見てたから喉が渇いてるってわかってるよー」

「お、おう。そうだな」


 別のところ見てました。なんてことは言えるわけがない俺は、曖昧に肯定するのだった。

 水が滴ると透ける。

 ……言わせんな、恥ずかしい。

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