第26話 のぞきよお

「ゾエさん!」

「ちょ」


 素っ裸に腰からタオルを被せているだけだってのに、パルヴィがサウナルームに入ってきた。


「女子の時間はまだだろ」

「くあ」


 面倒を見てくれと頼んでいたサードもちゃんと連れてきている。彼女に抱きかかえられたサードが地面へ華麗に降り立ち、一声鳴く。

 よちよちと俺の元まで歩いてきた彼は上下に首を振り、くるりと踵を返す。

 そのままサウナルームから出て行った……。


「暑かったんだな」

「可愛い過ぎる」

「って、そういうことじゃなくてだな」

「ゾエさんのえっち。サウナだからあたしに脱げというの?」

「いやいや、待て。入ってきたのはパルヴィだろうが」


 両手を振ってアピールされてもな。ゆさゆさに目が行くのは仕方ないとして、俺は一言たりとも脱げなんて言ってはいない。

 何を思ったのか、髭もじゃが「しゃあねえな」って謎の言葉を残して立ち上がり、サウナルームを出て行ってしまった。

 残される俺とパルヴィの間に気まずい空気が流れる。


「……二人きりなら、いいよ?」

「だから、俺はパルヴィの裸が見たいとか一言も言ってないだろ!」

「見たくないの?」

「……見たくないと言えば嘘になる。そういうことじゃなくて、何かあったんじゃないのか? サードは元気そうだったけど」

「そうなの!」


 ズンズンとパルヴィがにじり寄ってきて、俺の肩を掴む。

 素っ裸の時に至近距離に来られると少しばかり恥ずかしいのだけど、彼女はまるで気にした様子がない。

 いや、気にする余裕がないというのが正確なところだ。

 先ほどまでの冗談めいた空気が一変し、彼女からピンと張り詰めた緊張感が伝わって来る。

 面と向かってにじり寄られる圧に耐えられず、目線を斜め下に。

 

「サウナに踏み込んでくるほどなのだから、余程のことなんだな?」

「ゾエさんが『脱げ』とか言っちゃうから、飛んじゃったじゃない! とっても大事なことなのに」

「……いいから、続きを」

「連絡係が一度も戻ってきてないんだ! 何かあったのかも」

「分かった。すぐに出るから一緒に行こう」

「ありがとう、ゾエさん!」


 深刻なことになってなきゃいいんだけど……。

 肩に乗せられたままの彼女の手をやんわりとどけ、すっと立ち上がる。

 ハラリと落ちるタオル。


「ゾ、ゾエさんのえっち!」

「俺か、俺が悪いのかよ!」

「お、俺のを見たから、パルヴィもって、酷いよ……」

「だから何言ってんだよ! とっとと行くぞ」

「ふあい」


 パルヴィの手を引き、急ぎサウナから出る。

 ジャイアントラットを狩りはじめて何日目だ? 

 危険視していたヴォーパルラットが出たと言う話も聞かなかったから、そのうちジャイアントラットの群れを撃滅させることができると考えていた。

 

 服を着て、中二感抜群のグローブをはめつつサードを抱っこしたパルヴィに問いかける。

 

「見張りの人って洞窟の外にいるんだよな?」

「うん。中に入った人が戻ってこないとかで入っちゃったのかも」

「そう言う時って……いや何でもない」

「今日は団長が出てるから、ヴォーパルラットが出ても事故は起きないはずなんだ! どうしちゃったんだろう」

「前もエタンだったかもしれないけど、団長が先頭だったら問題ないとか言ってたよな」


 同じことを聞いたかもしれない。

 そうだった。団長は即死耐性というユニークスキルがあるから、一撃必殺攻撃が無効になるんだったか。

 

「パルヴィ、残った団員はどれくらいいるんだ?」

「四分の一くらい? かな」

「髭もじゃのおっさんに団員を集め、誰か一人教会に応援を頼むように伝えてくれるか」

「うん。いいけど。あたしが戻るまで待っててね」


 無言で頷きを返す。

 俺は俺で投げナイフを補充したいからな。自室に予備がある。

 本当は使ったナイフを手入れしたいのだけど、そうも言っていられないからね。

 

 ◇◇◇

 

 洞窟に到着した。

 事態は思った以上に深刻かもしれない。ちょうど、洞窟から肩を支え合いながら出て来た団員二人と鉢合わせになったんだ。

 どちらもボロボロに傷付いており足元もおぼつかない様子だった。

 

「何があった?」

「待ち構えていやがったんだ。ぐ……」

「しっかりしろ!」


 パルヴィに目くばせし、それぞれ傷付いた団員に肩を貸し近くの木の下へ座らせる。

 この二人、傷を癒すポーションを持っていないのか?

 聞いてみると腰のポーチに入っているとのことだったので、探ってみたが割れて中身が漏れ出してしまっていた。

 これじゃあ使い物にならないな。割れるガラス瓶に入れる必要はあるんだろうか?

 鉄製の容器とかやりようがあると思うんだよな。ポーションを作成するに複雑な調合を行うって話だから、ガラス瓶じゃないといけない理由があるのかもしれん。

 生憎俺はポーションを一つたりとも持っていないのだ。

 教会に到着するまでは持っていたのだけど、もう必要なかったのでドニに持っていた分を渡していた。

 

「パルヴィ」

「俺たちはいい。しばらく休めば何とか街までは行ける」


 パルヴィが持ってきたポーションをと思ったところ、団員の一人が拒否してくる。

 彼は俺たちのため、または中にいる仲間のことを思ってそう言ったんだろうな。

 となると……中はまだ戦闘中か。

 

「すまん。行かせてもらう」

「気をつけろ……助かる……」


 後ろ髪引かれる思いながら、パルヴィと共に洞窟の中へ向かう。

 しかし、中に入ったところでゾロゾロと団員が出て来る波に飲まれまた外に出てしまう。

 

 重傷者が数名いたが、命を落とした人はいなさそうでホッと胸を撫でおろす。

 一番最後にエタンと団長が出てきて、俺と目が合う。

 

「ゾエ。いいところに来てるじゃねえか」


 団長が男臭い笑みを浮かべ、ガハハハと笑う。

 さすがは団長か。先頭にいると聞いていたが、傷一つない。返り血はベッタリだけどね。

 

「一体何が?」

「洞窟の出入り口は一つじゃねえ。分かってはいたが、これまでになかったことだったから、情けねえことに不意を打たれたんだ」

「ジャイアントラットが外から?」

「いや、ゴブリンだ」

「ゴブリン……歴戦とかその辺ですか?」

「おうよ。真横から俺たちを分断するように来やがってな。立て直すため、一旦全員で引いたんだ」

「見張りまで洞窟の中に入ってたんですか?」

「見張りが中の様子を見に来たところでやられた。このままゴブリンどもを放置するわけにゃいかねえ。ここは街から目と鼻の先だからな」

「洞窟の中で仕留めるつもりで?」

「んだな。その方がいいだろう。追い払えればいい。ゾエ、手伝ってくれるか?」

「もちろんです」


 ヴォーパルラットの発生といい、ゴブリンの奇襲といい、モンスターが以前より強くなっている。

 俺は以前のことをあまり知らないが、団長やドニら、冒険者ギルドのお姉さんらの話を総合すると、一年前に拮抗したモンスターとのバランスが崩れてきていると思う。こいつは気合いを入れて少なくとも街周辺の安全を確保しなきゃいけない時が来ているのかもしれないな。

 守備隊と兵団、警備兵にお任せとはなるが……協力できることは協力するようにしよう。街にモンスターが入って、阿鼻叫喚の地獄絵図なんて見たくないから。

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