第22話 自動翻訳

「すみよん。その喋り方、あとここの人が使っている言葉とか文字が全部日本語なのだけど」

『自動翻訳でーす。喋り方はいけぞえさーんの妄想でーす』

「マジで……」

『半分くらいですけどねー。言葉のニュアンスを勝手に脳内で翻訳されまーす』


 へ、へえ。

 俺が思い込んでいるからすみよんはこの胡散臭い喋り方に「聞こえる」のかな。

 何かと煽ってくるように聞こえる言葉も……そうだな、幼女だと思えば心もざわつかない。

 すみよんは幼女、幼女だ。小さな子供が背伸びして皮肉を言っている……と想像……する、するのだ、しろ。

 

「まだ質問する時間はあるか?」

『時間切れでーす』

「ま、待って。次はいつ頃とか、緊急時の呼び出し方とかないの?」

『ないでーす。すみよんも何かと忙しいんです』

「ちょ」


 あ、いなくなったことが分かった。

 頭の中に降りていた錘のようなものがすっと消えていったような。そんな感じだ。

 話しかけられた時には分からなかったけど、これもすみよんが分かりやすいようにしてくれたのかもしれん。


「って、口調が変わってないじゃないかよ」

「くあ」

 

 アヒルが顔だけをこちらに向けて力なく鳴く。

 コンコン。

 ちょうどそこで扉を叩く音が響いた。

 

「どうぞー」

「ゾエさん、お待たせ?」


 団長への報告結果を共有して欲しいとパルヴィに頼んでおいたんだ。

 何やらモジモジした様子で俺から目線を逸らしているけど、何があった?

 

「どうした?」

「う、ううん。ゾエさんだって男の人なんだし、そういうこともあるよね」

「そういうことってどういうことなんだってばよ」

「い、言わせないでよお。エタンだったら殴られるよー。一回ノックしたんだけど、唸り声だけ聞こえてきて、そろそろ終わったかなってもう一回ノックしたんだ」

「……も、もういい。想像に任せる」

「そ、想像しろって。ゾエさんのえっちー」

 

 かああっと頬を赤らめて小刻みに手を振るパルヴィ。

 誰がそんな気分になるかってんだよ。

 でも、パルヴィは少なくとも表面上はいつも通りで安心した。

 目の前であんな惨劇があったんだから、しばらく塞いでいてもおかしくない。


 コホンとワザとらしく咳をしてから彼女に尋ねる。

 

「それで団長は何と?」

「洞窟の中にいるジャイアントラット殲滅作戦を実施するって。ギルドと教会にも協力を仰いで討伐隊を結成するみたいだよ」

「うーん。理想と言えば理想なんだけど、洞窟って結構広いんじゃなかったっけ?」

「うん。今回は街からすぐだし、日帰りで何度か討伐しに行くって。ついでに肉も手に入ると団長が、ね」

「そうか。補給の必要がないんだった。それなら重装備で挑んでも問題ないよな」

「団長が先頭に立つみたいだし。これ以上の犠牲者は出ない、ううん。出さないって」


 これまでジャイアントラット狩りは脈々と行われてきた。もし、ヴォーパルラットの危険性があるのなら、事前に周知されていてしかるべしだし、初心者を向かわせるなんてこともしない。

 ヴォーパルラットがいたことが騒ぎになったことからも、奴がいたことは想定外の出来事なのだ。

 元からいたわけじゃないから、ええと進化だったか、ジャイアントラットが突然変異して強くなる事象が起こった。

 ジャイアントラットからヴォーパルラットまでは三段階も経ないといけないらしいけど。

 なので、事態が悪化する前にジャイアントラットを全て仕留めてしまおうってことだ。

 街の肉の供給が心配ではあるが、背に腹は代えられない。ネズミだから、掃討戦をしてもいずれまた大量発生しそうなところに頭が痛いが。

 

「団長は信頼されてるんだな」

「ヴォーパルラットだと団長と相性がいいんだって」

「そういや、洞窟でもそんなことを言っていたな。団長のユニークスキルか何かなのか?」

「うん。ユニークスキル『即死耐性』があるから、首を落とされる心配がないの」


 どんな原理なんだよ、って突っ込むのは野暮ってものか。

 ここは魔法とスキルがある異世界。ちょいちょいと呪文を唱えたら暗闇が昼間のように見えちゃうような世界なんだ。

 どれだけ荒唐無稽なことがあっても、不思議じゃあない。


「一つ、気になったことがあるんだ」

「なあに? あたしのこと?」

「いや……すまんが違う。洞窟のことで」

「洞窟で?」

「うん。広い洞窟だったら入口が一つとは限らないんじゃないかって」

「出口はいくつかあるよ。逃げちゃったジャイアントラットは仕方ないんじゃないかな……」

「殲滅は難しいかあ」

「しばらくは討伐を続けるみたいだから」


 仕方ないか。害獣駆除は数を減らすだけで、絶滅させることは難しい。

 洞窟は危険だからと本能で察し、ジャイアントラットが入って来なくなればラッキーくらいに思っておいた方がよさそうだ。


「遅くまでありがとう。夕飯はまだだよな? 食事をとりに外へ出るか」

「うん! こういう時は苦しいーってなるまで食べるのだあ」

「おっし」

「いっぱい倒したジャイアントラットを持って帰れなかったのは残念だったねー」

「この食いしん坊め」

「そんな意味じゃないもん!」


 なんて冗談を言い合いながら、夜の街へ繰り出す俺とパルヴィであった。

 できればネズミ肉は食べたくないな……。

 

 ◇◇◇

 

 ドンカスターが亡くなってからもう一週間がたとうとしている。

 一昨日の朝にパルヴィが「もうジャイアントラットは見たくないのお」とへばっていたが、そこは組織に所属する身、「頑張れ」とだけ伝えいい笑顔で送り出してきた。

 俺はと言えば、ジャイアントラット討伐隊に参加するもしないも自由な立場であるドニと共に教会からの依頼を受注したんだ。

 依頼といっても教会から直接ではなくて、冒険者ギルドを通してのものとなる。

 ヴォーパルラット討伐という「実績」を積んだ俺は「ドニと一緒に受注する」という条件があったとはいえ、上級の依頼でも受けることができるようになった。

 討伐ならば何でもよかったわけなのだけど、教会からの依頼を受けたのには二つの理由がある。

 一つはファイアリザードとバジリスクという討伐対象だったから。ファイアリザードは火のブレスを吐くとかで、俺の超能力がどこまで通用するか試したかった。

 もう一方のバジリスクは石化の視線なるものを使う。

 石化の視線は魔法がある世界ということで懸念していた「状態異常」の一種。

 まともに喰らえば一発で石になるとドニが嫌らしく笑っていた。対策はドニに任せっきりになるが、今後のことを考えて彼と連携することを実戦で試したい。

 石化以外にも眠りとか麻痺とか様々な状態異常があるらしいが、ドニの魔法じゃ治療はできないものの、耐性を高めることができるんだってさ。

 物は試しってやつさ。

 せっかくパーティを組むのだから、俺一人じゃ対応できないモンスター相手も経験しておきたい。

 

 理由の二つ目は――。

 

「火傷でも石化でも私が癒しますから! ご安心くださいね!」

 

 危険な能力を持つモンスター相手ということで教会が協力者を出してくれるからだった。

 協力者は両こぶしを可愛らしく握りしめ、こちらに顔を向けたレティシアだったんだよ。

 フード越しで表情は見えないけど、彼女の声色からご機嫌なことは窺える。

 彼女が協力してくれるなら万が一があっても安心できると思ったから。知らぬ仲じゃなく、人間関係も問題ない。

 まさにうってつけの協力者だったのだ!

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る