第21話 徒歩で10日

「倒した、の?」

「終わってみれば王狼の時と同じだが、ヴォーパルラットの攻撃を凌いだんだよな?」


 ドニの問いかけに無言で頷きを返す。


「ドンカスターの犠牲とこの腕が俺に答えを導きだしてくれたんだ」

「そうだ。ドンカスターの野郎」

「ドンカスターさん……」

「くあ」


 ドニが目を開いたままのドンカスターの瞼を閉じさせる。

 昨日会ったばかりの人だったけど、どこか憎めない人だった。一度くらい食事を共にしてからでもよかったじゃないか。

 教えてくれるんじゃなかったのかよ。

 何が警戒を怠らない……ってんだ。

 あの時、誰がやられていてもおかしくなかった。ヴォーパルラットの不意打ちは初見殺し。

 対応できる装備を持って挑めば、王狼はおろか剛腕よりも御しやすいかもしれない。

 事前にヴォーパルラットがいると分かっていれば……いや、不可能なことだって分かっている。だけど、俺はまた目の前で人を……。

 ぐ。

 ヴォーパルラットの「首狩り」の見えない刃は首を狩ることに特化したものだった。

 斬撃に首を狩る以上の力は籠っていない。その分、限界までスピードを増し、俺の目では全く捉えることができなかった。

 しかし、パルヴィを狙った斬撃が俺の腕を飛ばしたことで防御可能と判断したのだ。

 ヴォーパルラットの斬撃はパルヴィには届かなかった。俺の腕を切り飛ばすまでの威力しかなかったというわけだ。

 なら、念動力の糸で防ぎきることができる。見えずとも来る場所が分かっていればあとは容易い。

 

「ドンカスターを連れて、戻ろう」

「そうだな。ヴォーパルラットがまだいるかもしれねえ」


 ジャイアントラットの肉を求めて洞窟に入った当初の目的なんて完全に飛んでいた。

 ピクニック感覚で出かけた初心者用の依頼で、熟練の冒険者が犠牲になる事態となったのだ。

 手を合わせ祈りを捧げてからドンカスターの遺体をドニと共に運び、遺品となる彼の馬車へ寝かす。

 このまま帰りたいところだったが、ヴォーパルラットの死体を持ち帰った方がよいとのことでこちらは台車に乗せる。

 体の一部を持ち帰れば討伐したとの証拠になはるのだけど、すぐに持ち帰ることができるのなら調査用に持ち帰り、後に生かしたいとのこと。

 一応、報酬も色を付けてくれるのだってさ。

 今は報酬のことなんて考えたくもないってのが正直なところだ。

 

 浴びるように酒を飲むことができるのなら、気がまぎれるのかもしれないが、生憎俺は酒が飲めない。

 月並みだがドンカスターの犠牲を自分の糧として強くなるしかないのだ。

 

 ◇◇◇

 

 冒険者の宿に戻り、ヴォーパルラットとドンカスターの犠牲を報告すると大騒ぎになった。

 ドンカスターはギルドが責任をもって教会と協力し埋葬してくれるそうだ。ドンカスターくらいの上位冒険者になると、墓代の徴収があり遺体があろうがなかろうが街の墓地に墓が作られる。

 明日死ぬかもしれない冒険者なのだから、仕方ないことなのかもしれないけど世間の世知辛さを感じため息をつく。

 しかし、ちゃんと弔われて祈りを捧げられる冒険者は幸運だとドニは言う。

 ドンカスターほどにまで登れなかった冒険者の多くは墓さえなく、どこか野生の地で土に返る。それだけで済むならまだ幸運で、最悪の場合はアンデッドとなり迷い出てくるのだそうだ。

 アンデッドとなった哀れな元冒険者には生前の意思がなく、ただただ生者を求め彷徨い歩く。同類を作るために……。

 

「ドンカスター。どうか安らかに」

「くあ」


 自室のベッドに腰かけ両手を合わせ故人の冥福を祈る。

 埋葬に付き合いたいところだったのだけど、モンスターに殺害された遺体はアンデッド化する確率が高いらしく急ぎ教会が処置をした。

 立ち合いもできなかったので、すごすごと自室に戻ってきたというわけなんだよ。

 ドニはギルドのお偉いさんと協議中、パルヴィは団長に報告へ向かっている。

 残された俺は自室にいるというわけさ。アヒルのサードもいるにはいるけどね。

 

「一人でいると気が滅入る……」

『そうなんですかー』

「すみよん!」

『すみよんでーす。いけぞえさーん、お元気ですかー?』


 呼んでも呼んでも出て来なかったすみよんから交信がきたぞ。

 どこにいるんだろ。アヒルのサードの中かな。

 サードは部屋の中央で座ったまま微動だにしない。そろりと近寄り突っつこうとしたら「くああ」と威嚇された。

 すみよんが入っていたとしたら、もう少し違う反応を見せるよな。

 

「あんま元気じゃないよ。目の前で人が死んじゃって、もう少し何とかできたと思うんだ」

『すみよんが慰めてあげまーす、と言いたいところですが、実体は動けませーん』

「サードとかいうアヒルは?」

『すみよんのペットでーす。よくよく考えてみると、いけぞえさーんには必要ありませんでしたー』

「サードって何か役に立つのか?」

『もちろんでーす。魔力供給を受けることができます。でも、いけぞえさーんはMPゼロですからー。はははー』


 何だって。このアヒル、食べて寝て「くああ」と鳴くくらいしかないと思ってたんだけど、そんな力を持ってたのかよ。

 ん、俺は使えないにしろ。

 

「他の人へ魔力供給はできるのか?」

『無理でーす。いけぞえさんかすみよん専用です。他にもサードには能力がありますが、マホウツカエマセーン』

「う、うぜえ。……時にすみよん、魔法には詳しいんだよな」

『それなりでーす。いけぞえさーん、もしかして魔法を使いたいとか思ってますかー?』

「うん。暗視の魔法とか便利だなと思ってさ」

『生活魔法はあると旅が楽になりますねー。サードからMPの供給を受け、術式だけ組めば使えますよー』

「お、おおお。いいじゃないか、いいじゃないか」

『まほおうはあまくありませーん。いけぞえさーん、自分の目的とすみよんとの約束を忘れないでください』

「分かってる。そこはブレていない」


 もちろんだ。忘れてなんていない。

 今井と梓を救い出すことが最終目標だ。しかし、そこに至るまでにすみよんの目的も果たさなきゃならない。

 生存率をあげておくに越したことはないので、使えるものは全て使いたい。

 

『おっと、忘れるところでしたー。すみよんが話しかけたのは何もいけぞえさーんを慰めるわけではありません』

「サードのことなら聞いたぞ」

『違いますー。腕のそれ、まるで気が付く様子が無かったので伝えに来たんです』

「腕。あ、ああ。これか、残日数はちゃんと見てる」


 表示されている日数はあれから4日減って、826日となっている。

 ほらちゃんと見ているだろ、どうだとばかりに文字盤をポンと指先で叩き虚空を見上げた。

 ん、あれ。

 この文字盤、スマートウオッチのようにスライドするのか。

 日数表示から矢印に変わった。

 

『すみよんのいる方向。つまり、目的地を示していまーす。いえぞえさーんは「力の暴走」へどうやって到達するつもりだったんですかー?』

「そら、すみよんに聞いて、と思ってた」

『すみよんと交信できないこととか考えてなかったんですか」

「う、それはなかったな。でも、矢印だけだと距離が分からないから今いる場所からどれくらいの日数がかかるか分からんぞ」

『いい質問ですネ。ダブルタッチです』


 言われた通り、ちょんちょんと文字盤をタッチしたら「ここから10日くらいです」とメッセージが表示された。

 10日って徒歩なのか、車なのか分からんじゃないか。

 

『徒歩でーす』

「徒歩か。分かった。待て、まだ消えるな。聞きたいことがある」

『仕方ないですねー。あと少しだけでーす』


 俺もすみよんについて気になっていたことがあるんだ。一つや二つじゃないんだけど、聞いている途中に消えられても困る。

 一つだけでもちゃんと回答を得たい。

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