第20話 投げナイフ

 天井から漏れ出した水が下に水たまりを作り、細い水路となって奥へと流れていっている。

 100メートルと少しくらいかな、霞んで見えないくらいの距離で道が右手に折れているみたいだ。といっても、洞窟だけに天井、地面に縦穴が空いていてもおかしくない。

 水がある場所だと浸食の可能性もあるから、慎重に足場を確かめつつ進んだ方がよさそうだ。

 

 俺たちがこの距離まで近づいても逃げようとせず、ふてぶてしく水を飲んでいるジャイアントラットもいる。

 ジャイアントという名に相応しく齧歯類最大のカピパラよりも二回りほど大きい。パッと見るとイノシシと間違えそうなほどのサイズである。

 獣毛の色は聞いていた通り、黒っぽいのから茶色が混じった物まで様々で白っぽい斑点があるのから柄のないのまで、こちらも個体ごとに異なっていた。

 

 ドンカスターがしゃきんと剣を抜き放つ。反り身で片刃になっているあの剣はサーベルと呼ばれる種類だったかな。

 鍔と持ち手が金色になっていて、おもちゃのように見えるが、もちろん本物のサーベルであることは間違いない。

 彼が1メートルの距離まで寄ると、ピクリと鼻をあげたジャイアントラットがしゃああと音をたてドンカスターに踊りかかる。

 彼はひらりとこれを回避しながらサーベルを振るい、どさっとジャイアントラットが地に落ちた。

 見事に首を真っ二つにしていて、彼の腕の良さを窺い知ることができる。


「おっさんは戦士だっけ?」

「ジェントルナイトとか名乗ってたな」

「……もう少し何とかならないのか、ネーミング」

「誰かに言われて改めるような奴じゃねえよ」


 おっと、同胞を失い怒り心頭なのか危機感を覚えたのか不明だが、ジャイアントラットが奥から奥からわらわらと湧いてきたぞ。

 元々10体くらいいたので、通路がジャイアントラットで渋滞状態になっている。

 

「数で押すってか。パルヴィ。借りるぞ」

「え」


 パルヴィの背負う矢筒から矢をぐわしと握りしめ引き抜く。

 華麗にサーベルを振るうドンカスターに当てぬようにしなきゃ。

 握りしめた手を開くと、ふわりと矢が浮き上がり矢じりがジャイアントラットの方を向く。

 矢の数は7本。

 これならなんとか、操れる。

 念動力の糸を引き絞り――放つ。

 

 ヒュンヒュンヒュン。

 気気味よい風を切る音と共に矢が真っ直ぐに飛び、迫りくるジャイアントラットの頭に突き刺さった。 

 ぎゅううあと悲鳴とも取れる音を漏らしたジャイアントラットがバタバタと地面に倒れ伏す。

 

「ど、どうやったの。な、なになに。あ、あたしも」


 驚くパルヴィだったが、彼女は彼女で弦を引き絞りジャイアントラットの頭を正確に射貫く。


「それも転移と同じ力ってやつか。使い勝手が良すぎるだろ」

「数が数だ。あの群れに飛び込んだらただじゃすまないと思ってさ」

「おう。もうちょい仕留めたら引いていく。敵わないと分からせればいい」

「あいよ」

 

 再び同じように射撃し、ジャイアントラットを仕留める。

 前線で戦うドンカスターも、不気味なステップを踏み飛び掛かるジャイアントラットを回避しつつサーベルを振るっていた。

 二十匹ほど仕留めた頃だろうか、ジャイアントラットの群れが引き始める。

 

 ゾワリ――。

 背筋に悪寒が走った。

 

「まあ、こんなものだね。はっはっは。どうだい。勉強になっただろう」

「ドンカスター! 退け!」


 第六感が告げている。見えないが、何かが、迫っている。

 洞窟が崩れ落ちる……ではないな。この感触は。ジャイアントラットの群れの中、そこから何かを感じた。

 ドニは最後尾で問題ない。すっと前に一歩出る。パルヴィは俺の斜め後ろとなった。

 苛立つ気持ちを抑えつつ、再び叫ぶ。

 

「いいから、一旦退いてくれ!」

「全く……僕あね。いついかなる時も警戒を怠って……」


 ズルリ。

 言葉半ばのドンカスターの首が斜めにずれ、地に落ちた。

 

「な、何だと……」

「きゃ……」


 声にならない声をあげるドニとパルヴィ。

 その時、張り巡らせた念動力の蜘蛛の糸に何かが触れた。

 ま、まずい。

 咄嗟に右手を前に出す。

 

 ズル……ポトリと右腕の肘から先が落ちる。

 溢れ出る鮮血の一部がパルヴィの胸と顔に付着した。

 

「ゾエさん!」

「平気か?」

「う、うん」

「頼む。落ちた腕を持って俺の後ろに張りつけ」


 痛覚を遮断、傷口の修復はまだだ。

 前を見据ると、いつの間にかジャイアントラットの群れは通路の奥深くまで逃走しており一匹だけ残っていた。

 白い、純白の獣毛をしたそいつは、他のジャイアントラットに比べ一回り大きい。

 赤色の目に口から伸びる長い刃のような二本の犬歯はジャイアントラットにはない特徴だった。

 あいつがドンカスターの首を落とし、俺の腕を。


「ドニ。あいつ、あの白いのの特徴は分かるか」

「あ、ああ。恐らくだがヴォーパルラット……の歴戦か一閃じゃねえかと思う」

「あの牙で攻撃したのだろうけど、まるで見えなかったぞ」

「目に見えないカマイタチかもしれねえ」


 会話を交わしている間にもパルヴィが俺の言われた通り腕を持ち、俺の後ろにペタリと張り付いた。

 文字通りに張り付いた。

 大事なことだから二回。張り付けとは言ったけどしがみつくようにピタリと張り付かれたら動きが疎外されるだろ。

 しかし、彼女も戦闘慣れしていることは分かった。

 平然と俺の腕を掴んでトントンと俺の背中を指で叩いてきたのだから。

 

「腕をくっつけたままじっとしておいてくれ」

「う、うん」

「あいつは正確に首を狙ってくるみたいだ。顔を俺の体から出さないように気をつけろ」

「即死……なら団長を呼ばないと」


 そう、ヴォーパルラットとやらは首を狙ってきた。それも二度も。

 俺の腕が落ちたのは攻撃の経路上に俺の腕があったからに過ぎない。奴はパルヴィの首を狙っていたのだ。

 念動力の蜘蛛の糸で攻撃の方向が分かったからな。更にはあの攻撃がどれほどの威力かも。


 落ちた腕が傷口にくっつく。パルヴィの手先は震えてなどいない。よっし、いいぞ。

 シュワシュワと傷口から煙があがり、腕の傷口が修復されていく。

 手を握り、開きを繰り返し調子を確かめる。

 

「元通りだ」

「え、え。ま、魔法は……?」

「話は後だ。こんなのが洞窟から出てきて街に入ると事だ。ここで仕留める」

「で、でも。首が。あたしもドニもゾエさんも首元ががら空きだよ」

「パルヴィ。ゾエが大丈夫だというんだ。問題ねえ」


 動揺するパルヴィにドニがフォローしてくれた。

 悠長に会話をしているのもワザとだ。

 こうやってヴォーパルラットの攻撃間隔を探っていた。奴の呼吸、力の入れようはずっと観察している。

 奴の攻撃は正確無比だが、「溜め」がいるようだな。

 連続して放つことができるのは二発まで。今は次弾装填中ってところだ。


「こい」

『シャアア』


 今度は分かった。

 空気を切り裂く音の刹那の後、首元に風が触れる。

 しかし、束ねた念動力の糸によって攻撃が後ろへと流れていく。

 安心するのはまだ早い。全力集中を続けろ!

 首元に念動力の糸を束ね、奴の次撃を待ち構える。

 シュン。

 問題ない。弾いた。

 

 攻撃と攻撃の合間のこの瞬間――。

 ヴォーパルラットの真後ろに転移し、ペタリと奴の背に手を乗せる。

 鼓動を感じ取り、念動力で心臓へ繋がる血管を全て断ち切った。

 

 ヴォーパルラットは血を吹いて地へ倒れ伏し、ピクピクと足先を震わせた後動かなくなる。

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