第12話 おのぼりさん

 街の入り口たる門を目の前にして見上げたんだ。

 立派な石造りの城壁が街を取り囲んでいて、高さが5メートルほどもある。所々に物見用なのか15メートルくらいの塔みたいになっている場所もあるんだって。

 物々しい城壁を見て、ゴクリと喉を鳴らす。これほどの城壁があってもモンスターへの警戒を怠るわけにはいかないのか。

 思った以上の本気度に背筋が寒くなる。


「お前さんの師匠はずっと人里へ出ていなかったのか?」

「あ、たまに小さな村へ行く程度でさ」

「街になるとどこも大なり小なり囲いはある。前線都市となればどこもこんなもんさ」

「そ、そうか」


 田舎者丸出しでぽかーんと口を開いていたら、察しの良いドニがフォローに入ってくれる。

 レティシアとエタンの二人は俺が世間に疎いことを分かってくれているので、変な行動をしても彼女らに怪しまれることはまずない。

 だけど、街となれば俺たちだけじゃない。門には警備兵もいるし、街中には道行く人もいるだろう。見慣れない服を着て、更に血糊べったりとなれば目立たぬはずがないのだ。

 自分が変な動きをしたら、説明しつつ違和感がないように理由までつけてせめて会話だけでも怪しまれないようにとドニが気遣ってくれている。

 自分で稼げるようになったら彼に酒の一杯や二杯、振舞いたいな。

 俺はアルコールが飲めないけどね。未成年だからって理由だけじゃない。そもそもこの街に未成年だから酒が飲めないって法があるのか分からないし、無かったとしても俺はアルコールを口にするつもりはないんだ。

 理由は、自分の能力に関わっている。

 その昔、ジュースだと思って酒を飲んでしまったことがあってさ。能力を使おうとしたら力がブレるんだ。

 いつ何時、力を使うか分からないし暴走なんてしたら事だろ。ほろ酔いに至ってもないのに影響がでるんだ。泥酔したら……と思うとゾッとする。

 

「ゾエ殿、まずは報酬と宿の手配をさせて頂く。宿の手配も行おう。今晩はゆっくりと体を休めてくれ」

「報酬? 俺は仕事を引き受けたりなんてしていないけど」

「『剛腕』には賞金がついているのだよ。貴君が討伐したことはこの私、エタンとレティシア、ドニが証言する。奴の角も持ち帰っているから安心して欲しい」

「ありがとう。もらえるとなればありがたく頂くよ」

「王狼の毛も持ち帰っている。こちらは貴君単独の討伐として報告する」

「いや、四人でということにしておいてくれないか? 報酬が出るのなら山分けにして欲しい」

「貴殿の名誉だというのに……分かった。討伐したのは貴殿だ。貴殿の良しとする案にする」


 自分のためにやったことではあったが、結果的に彼らを助けたことになった。

 一日分の宿と食事くらいは用意してくれるかなと期待していたのだけど、思わぬ収入に心の中で小躍りする。

 俺はまごうことなき無一文だ。冒険者になるつもりだとはいえ、当面の生活資金は必要だろ。

 王狼の報酬が出るなら、喉から手が出るほどに欲しい。だけど、彼らの話しから察するに王狼を一人でやったとなれば、「目立ち過ぎる」。

 この街が初めての俺にとって、悪目立ちはよろしくない。

 

 ん、フードを被ったままのレティシアがこちらに顔を向けている。

 にやついた心が顔に出ていたかな?

 

「レティシア?」

「ゾエさん、ようこそ、『前線都市』ゴルギアスへ」

「そういうことか。お邪魔するよ。しばらく厄介になる」

「ずっとでも構いませんよ」


 「前線都市」ゴルギアスか。そういや名前に一貫性がないよな。

 エタン、レティシア、ゾエにゴルギアス。出て来る名前がイギリス風とかフランス風といった統一感がまるでない。

 そらまあ、そうだよな。この大陸にイギリスやフランスという国家は存在しない。

 更には何故か日本語が通じているし。門の上にある装飾に文字が描かれているけど、アルファベットに見える。

 何なんだろうな、これ。世界の真理を解明することも楽しそうだけど、今は言葉が通じるご都合主義に感謝しておくだけにしよう。

 生活を安定させることからだな、うん。

 

 開けられたままの両開きの鉄扉をくぐるとそこはもう街の中だった。


「お、おおお」

「前線都市は窮屈だが、壁を作るのが大変だからな。がっくり来たか?」


 歓声をあげる俺の肩をドニがポンと叩く。

 さっきから俺の目は街の様子に釘付けだよ。アヒルが足元にいることを忘れるくらいに。

 アヒルは結局街の中までついて来た。人里にくるとさすがに野に帰るかもと思ったが、俺よりも堂々とした足どりだよ。

 ペタペタと歩くその姿には大物の風格まで漂っていた。


「いや、そんなことはない。馬車が普通に走っているんだな」

「ゴルギアスの出入り口はここと、真っ直ぐ道を進んだ先の二か所だけだ。街を十字に走る通路だけは馬車が交差できる広さがあるな」


 ガタンガタンと車輪の音を立てながら馬に引かれる馬車を指さす。

 なるほどなあ。他の通路は馬車に対する一方通行の規制とかありそうだ。

 

 ◇◇◇

 

「情報が多すぎてパンクしそうだ!」


 「街で討伐報酬を」とエタンが言っていたので、すぐに報酬を受け取れるのかと思いきや、手続きに少し時間がかかるそうで明日の朝に彼女の使いの者が迎えに来てくれることになった。

 ドニに宿まで案内してもらったのだけど、道順なんてまるで頭に入ってこなかったのでありがたい。

 迎えが来なかったら迷子になっている自信があるぜ。

 宿の部屋はとてもシンプルで、ベッドと一人用の机と椅子があるだけだった。窓は一つ。格子枠があるガラス窓だ。

 街の様子に興味津々過ぎて、道行く人、石畳、露店などなどと初めて見るものばかりだったので逆に情報量過多で脳内がオーバーフローしてしまった。

 

 ぼふんとベットに転がる。

 ドニから得た情報によると、俺の能力はこの世界でも希少であることは確か。それが強いってことじゃあないことは重々承知しているさ。

 地球には、ひょっとしたらこの世界にも超能力者はいるのかもしれない。

 日本にいた頃は、超能力者同士で横のつながりなんてものはなく、訓練方法を教えてくれる人がいなければ文献も一切なかった。

 だけど、使えば使うほど。練習すればするほどに能力は研ぎ澄まされて行く。王狼の戦闘では、ギリギリの実戦の中で念動力の糸を使った。

 ギリギリの極限状態で能力を使えば、長時間練習した時よりも自分の力が「伸びた」と思う。

 実戦に勝る練習はなしってことだな。自己修復能力は腕を噛みつかれた時より王狼にやられた時の方が回復が早かった……はず。

 うつ伏せになったまま右手をグッと握りしめ、目を閉じる。 

 

「転移、透視、念力……どこまでやれるか、能力の限界は……」

「くあ」

 

 アヒルが背中の上に乗っかって来て間抜けな鳴き声を出す。

 

「すみよん」

「くあ」 

 

 呼びかけても同じ声しか返さない。うーん。突然ついてきたアヒルはとても胡散臭くて、すみよんに違いないと思ったりしたのだけど、違うのかなあ。

 そうなると、このアヒルは一体何者なのだろか?

 ……。

 いろいろ整理したいことだらけだけど、いいや今日は、もう寝てしまおう。

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