第11話 前線都市

 やっと街だ! 一回野宿すれば夕方には到着すると聞いていたが、更に一日野宿を追加することになってしまった。

 原因は俺の体力の無さにある。

 剛腕に加え、王狼まで出たから警戒を強め、いつもより歩く速度を落としていたのが遅くなった原因だとレティシアがフォローしてくれたけど、ドニがバッサリと切って捨ててきた。

 「お前さん、能力の研鑽に力を入れ過ぎたんじゃねえか? 基本的な体力が無さ過ぎるぜ」ってね。

 俺は体を動かすことに苦手意識はない。受験期になっても気分転換と体力の維持を兼ねて朝晩にちょっとしたらランニングをしていたほどだ。

 しかし、舗装された道ではなく不整地となると、予想以上に体力を消耗する。穴あきで血まみれの制服姿であったことで察してもらえると思うけど、靴が革靴だったことも披露に拍車をかけた。

 一応、王狼と戦闘をした日の夕方に上着だけは水で洗っている。だけど、洗剤も無しで血が全部取れるわけもなく……できれば早く着替えたい。

 ドニが予備の服を持っていたらよかったんだけど、生憎彼は最小限の荷物にするため修繕用の裁縫道具は持っていたが、予備は持ち合わせていなかった。

 

 そんな訳で、二度の野宿の後、今朝から歩き続けて昼前にようやく街道に入ったのだ。

 そして、街の城壁なるものが視界に映り、ホッと胸を撫でおろしたってわけさ。

 

「くあ」

「あひゃひゃ。随分となつかれてんな」


 力強く鳴いた白い鳥に対して涙目を浮かべながらバンバンと笑うドニには困ったものだ。

 朝食をとっていると、空から舞い降りてきたんだよ。この白い鳥が。

 純白の羽に原色黄色の嘴が派手派手しい。大きさはカラスと同じくらいかな。水かきについた足がこの場に似つかわしくない。

 どうして山の中でこんな奴が紛れ込んでいたんだろうか。空を飛べるからかな?

 人を恐れず寄ってきたかと思ったら、ずっと俺の足もとをペタペタと歩いてここまで来てしまったんだ。

 

「愛らしいじゃないですか」

「くあああ!」


 手を伸ばそうとしたレティシアを威嚇する白い鳥。

 人懐っこいのか警戒しているのかまるで分らない。触れられるのを嫌うのか、レティシアに褒められたことが嫌だったのか。

 後者はないか。鳥に人の言葉は分からんよな。


「貴君の使い魔だと思ったが、そうではないんだよな?」

「こんな鳥、ペットにした覚えもない」

 

 エタンの問いに首を振る。何度目だよこの問いかけ。

 みんなこの鳥を見たことがないって言うけど、どこからどう見てもアヒルにしか見えない。

 この大陸にはアヒルがいないのか? 日本だとメジャーな鳥なのだけど。


「あれじゃねえか? お前さんの師匠が心配だからお目付け役に転移させたんじゃねえのか。あひゃひゃ」

「ドニさん。笑い過ぎです。こんな愛らしい鳥さんだったら大歓迎じゃないですか」


 好き勝手言ってくれちゃってまあ、なんて気持ちよりドニの抜け目なさに感心する。

 いつも通りの口の悪さ、皮肉屋に見せつつもしっかりと俺と練った「プロフィール略歴」を差し込んでくれているのだ。

 既にレティシアとエタンは俺の略歴については知るところである。

 自分が珍しい能力を使えるのも、師がいて学んだから。架空の俺の師匠は隠者で、俗世間を捨て修行に明け暮れた老人である。

 更に別世界ならぬ別の大陸から来たということにして、全く知られていない能力について信憑性を持たせた。

 架空の師匠って設定だったが、俺の中で師匠ではないけど強力な力を持った知り合いはイメージできている。

 そう、すみよんだ。

 このアヒルも、ひょっとしたら中にすみよんが入っているんじゃなかってさ。なので、師匠が寄越したアヒルってのもあながち間違えじゃないかもしれない。

『おい、すみよん』

 アヒルに目を落とし、頭の中で語りかけてみるも、アヒルは首を上下に振ってのっしのっしと歩くばかりで何ら反応を返さなかった。


「……確かに、師匠がこいつを寄越したのかもな」

「貴君の使い魔として街に連れて行くか?」

「それもいいか」

「くあ」

 

 エタンの問いに踏むと頷くと、ご機嫌な様子のアヒルが気の抜けた声で鳴く。

 このまま離れそうにないし、街で捕まって丸焼きにされたりしたら寝覚めが悪い。すみよんが取りついている可能性も半々くらいあるし。

 

 街道に入ってからは俺にも余裕が出てきた。獣道を歩いていた時は喋る気力もなかったからな。

 第六感はどれだけ疲れていようが、目と耳を塞いでいようが俺の体に直接知らせてくれる。なので、索敵でみんなの足を引っ張ってはいない。

 それでも無言で息を切らせて黙々と歩いていた俺はこうして会話をすることもなかったのだ。

 

「使い魔にするなら、ギルドで登録しておいた方がいいぜ」

「ギルド……ええと、ドニの職場か」

「街に着いたら案内してやろうか?」

「是非、頼む」

「金を貰った後でな」


 下品な笑い声をあげたドニが、俺の背中をポンと叩く。


「ギルドで思い出した。もうすぐ街に着くだろ? その前にもう一度聞いておきたいんだけど」

「貴殿の職のことか?」

「うん。俺の場合は冒険者か傭兵のどちらかならいけそうでよかったかな?」

「貴殿の腕なら、兵団に入隊することもできる」


 エタンが太鼓判を押してくれる兵団だけど、余り気が進まない。

 彼女は兵団に所属しており、彼女が推薦してくれれば試験を受け兵団に入隊することができるそうだ。

 兵団は警備兵や守備隊と同じく街が雇っているお抱えのモンスター討伐の集団である。

 言わば公務員なわけで、安定した職種であると言えよう。

 

 本来ならエタンのコネで雇ってもらえるならもろ手をあげて入隊を志願するところなのだが……俺の場合は事情が事情だけに、さ。

 この世界の住人でなかった俺が街の習慣やら風紀についていけるわけがない。要らぬトラブルを招くだけだと思って二の足を踏んでいる。

 ゴルギアスはモンスター討伐と防衛の最前線の街だけに、兵団に入隊せずともモンスター討伐を生業にして金を稼いでいくことができるのだ。

 兵団以外にはドニと同じように冒険者ギルドに所属する道、レティシアのように教会に所属する道、もう一つは傭兵になる道だ。

 ギルドは自由度が高く、自分で依頼を選んで報酬を貰う。ドニにおんぶにだっこになってしまいそうだけど、俺でも何とかこなせそう。

 逆に教会は門前払いを喰らうこと確実だ。教会は回復系や補助バフ系の神聖魔法と呼ばれる一群を学ぶことはできるが、教会の教義に従う義務がある。

 いきなり来て入れてくれとなると、最低限の回復魔法は使いこなせなければならないとレティシアから聞いた。

 俺は自己修復はできるけど、魔法は一切使えない。ので、ダメだ。

 残る傭兵はどこの集団にも所属しない一匹狼で戦いの心得のある人たちのことを指す。

 今回のように討伐隊が結成される際とかに、自分の腕を売り込み雇われ、金銭を稼ぐ。

 他にも一回限りの契約で兵団や冒険者を手伝ったりなんてこともするそうだ。


「いろいろ考えたんだけど、冒険者を目指してみようと思ってる」

「そっかそっか。じゃあ、俺がひと肌脱いでやるぜ。あひゃひゃ」


 俺の肩を抱くドニが嫌らしい笑い声をあげる。

 こんな時のドニは灯りを消した小さな部屋で悪だくみをしている悪党にしか見えない。


「くあ」


 そんなわけで思わぬところでペットとなったアヒルを連れ、街に入ることとなったのだった。

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