第10話 夜営

「でもま、悪いことばかりじゃねえ。ゴルギアスは来る者拒まずだ」

「ドニらしいな」


 松明の灯りで陰影がついたドニの顔はいつも以上にいかつい。強面というわけじゃなく、漫画や映画で出てくる典型的な瘦せ型の小悪党みたいな感じだ。

 そんな彼がたまにおどけた仕草を見せると、違和感がある。勝手な俺の思い込みで彼にそんなつもりがないことは重々理解しているのだけどね。

 人を見た目で判断するなんて最低のことだと思っている。思っているのだけど、ドニには渋くあって欲しいと想ってしまうんだよ。

 前線都市ゴルギアスや周辺の事情について、ドニが語りエタンが補足するような感じで聞かせてくれた。レティシアはフードを目深にかぶったまま両膝を両手で抱え込むように座って様子を窺っている。といってもきっちり聞き耳を立てているようで、時折、フードが上下に揺れ頷いているようだった。

 話を戻すと、この大陸には人間以外にも知的生命体がいて、ゴルギアスとその周辺は「前線都市」と呼ばれる地域になる。

 前線都市は人間と相容れない剛腕みたいな怪物――モンスターの支配領域と人間社会を隔てる最前線に位置するのだという。

 モンスターは飢えていることが多く、畑や食糧庫や「肉」を求めて人間社会へ襲撃を繰り返していた。

 そこで、周辺各国が協力して幾つかの前線都市を築き、城壁を敷いて対抗しようとしたわけだ。前線都市でモンスターを食い止めるだけじゃなく、危険性の高いモンスターに対して「討伐隊」を結成し積極的に駆除する。


「しかし、常にモンスターとの戦争状態なわけだろ。前線都市には戦うための人手も必要だから、来る者拒まずは分かるんだけど」

「前線都市は国家の枠に囚われない。全ての国に対して中立で独立性を保っている。更に、モンスターの討伐数に応じて各国から資金を得、一定量の食糧が供給される。対価として安い位だと思うがね」


 今度はエタンが俺の疑問に答えてくれた。


「なるほど。各国が協力体制を築くために敢えてそうしたんだな」

「貴殿は切れるな。概ねそのようなところだ。その分、いろいろな『派閥』もあってね。幸い、各国の思惑はともかくゴルギアスの各勢力の仲は良好だ。共に戦うわけだからな」


 多数の国が援助しているとなると、仕方のないことだよな。だけど、現場の関係性は良好ときたか。

 個人的な想いとしては仲良くやれることが望ましい。

 裏が無ければなのだけどさ。

 俺の表情を見て取ったエタンが眉間に皺を寄せ盛大に肩を竦める。

 

「仲が良いと言っちゃあ聞こえはよいよなあ。あひゃひゃ。功を争う方が余程健全だと思わねえか?」

「そ、そらまあ……お金が絡むとなると」

「お前さんが素性が分からん奴であっても、気が触れた奴でも、街の中で犯罪さえ起こさなきゃ、あとは腕っぷしだけってこった」

「含んだ言い方だな」

「皮肉ってやつだぜ」


 功を競う余裕なんてないほど深刻な事態になっているってことだよな。

 ゴルギアスの戦闘要員で協力体制を敷かなければ対処できないほどに。

 

「ドニは口が悪すぎる。しかし、ここ二年ほどで急速に緊張状態になったことは確かだ」

「今のところは平気なのか?」

「そうだな。当初は困惑したが、協力体制を敷くことができてからは街にモンスターが押し寄せる事態にはなっていない」

「対応できているってこと?」

「その理解で問題ない」


 これはきっと「力の暴走」が関わっている。

 以前に比べてモンスターのレベルがあがったことから、駆除に必要なコストがあがって対応できなくなった。

 制度を見直すことで均衡状態を保てるようになったってことだ。

 しかし、更にモンスターのレベルが上がってしまったら、今度こそ対応不可能となる。

 いや、内側から戦力を派遣すれば対応できるか。しかし、モンスターのレベルが上がり続けるのならジリ貧だ。

 実際のところ、人間側のリソースが尽きるかモンスターのレベルが頭打ちになるのかは神のみぞ知る、なのだろうけどね。

 

「細かいことは行きゃ分かる。考えるより感じろってな」

「確かに。今の話だけでも俺の頭がいっぱい、いっぱいだよ」

「お前さんの『働き方』については、明日にでもするか?」

「街に着くまでには聞いておきたいんだが」

「んじゃ、都合のいいときに聞いてくれ。俺でもエタンでもレティシアにでもな」


 街で生きていくためには就職しなきゃならない。

 売り手市場ぽいから、何かしらの職につくことができそうで安心した。

 

 ◇◇◇

 

 パチパチパチ――。

 気まずい。先に昼間ずっと動き続けていた二人が休む。うん、分かる。順番的に当然だと思う。

 疲労感が少ない方が先に見張りをする。否はない。むしろ、そうじゃなかったら異論を唱えていたところだ。

 しかし、フードを被ったままで顔を窺うこともできない女の子と二人きりになって、一体どうしろと。

 ちゃんと周囲を警戒する仕事をしたらいいだけじゃないか、と思うかもしれない。

 俺の場合は、「違う」んだ。

 目や耳で感じとるよりはやく「第六感」が危険を告げる。

 第六感の性能は「現時点」でドニの観察力と同程度だ。王狼に気が付いたタイミングが彼とほぼ同時だったからな。

 俺が彼のような観察眼を持つほどにまで鍛えることは正直言って難しい。あれは一朝一夕で身に着くものじゃあない。

 ドニの才能と努力が彼をそこまで引き上げた……のだろう。

 魔法使いだって言ってんのに、彼の危機関知能力は一級品だ。あくまで俺の感想ではあるけどね。

 危険と常に隣り合わせのここでは、討伐隊に選ばれるようなメンバーが最低限持っている能力かもしれない。

 

 カサリ。カサリ。

 葉が揺れる音がして、レティシアの肩がピクリとあがる。


「何かいます」

「問題ない」


 彼女が小声で告げるが、首を振って応じた。

 何がいるのかは分からない。だけど、命を脅かすようなものでも、こちらに襲い掛かって来るようなものでもないはず。


「そうですか、よかったです」

「信じ切るのもどうかと思うが」

「信じます。わたし、探知はからっきしなんです……」

「そういうことを初対面の信用ならない奴に言うもんじゃないぞ」


 すると彼女はフードを取って、柔らかな笑顔をこちらに向ける。

 裏のないその笑顔に何だか自分の心を見透かされているようでドキリとした。


「救ってくださいました。だから」

「俺の言い方が悪かった。俺の探知があんまりだから信用するなってことだよ」


 直球過ぎる彼女の言葉に、ついひねくれた物言いで返してしまう。

 

「あはは。そうは見えませんけど。わたしも頑張ります! モンスターを一緒に探しましょう」

「いやいや。出てこないに越したことはないって。それを言うなら、危険なモンスターが来ないように祈りましょう、のが好みな展開だな」


 ぐっと可愛らしく拳を握りしめ、口を三角形にする彼女に笑いかける。

 このやり取りの後は、気まずい空気を感じなくなった。俺が一方的に気まずいと思っていたことに気が付いたってのが正確なところだ。

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