第9話 休息

「ゾエ殿。起きたのだな」


 全身鎧にフルフェイスの兜を被ったエタンが皮袋を手に持ち姿を現す。

 座ったままスマートウォッチの本体のようなディスプレイを弄っていたところだったが、一旦それを懐に入れる。


「ありがとう。おかげでよく休むことができたよ」

「礼を言うのはこちらの方だ。水を汲んできている。飲むか?」

 

 皮袋は水筒代わりだったようで、手に持つとズシリと重い。

 このまま口をつけて飲んでいいのか? と目で訴えるとエタンがコクリと頷きを返す。

 ゴクゴク。

 ああああ。生き返る。自己修復したとはいえ、あれだけの血を失っていたのだ。脱水症状に苛まれていてもおかしくはない。


「エタンも飲むか?」

「さっき貴殿に口移しした時に飲んだから平気だ」

「え? エタンが?」

「レティシアが良かったか? すまんな。彼女は彼女で魔力が尽きるまで貴殿にずっとヒールをかけていたから。ドニよりはマシだと我慢してくれ。事後承諾だがね」


 いや、別に構わないけど……。むしろ、ありがとうと言いたい。

 レティシアがヒールを、エタンが水分補給をしてくれていたからこそ、俺の体調がすっかり元通りなのだから。


「水袋を」

「もういいのか?」

「うん。エタンが飲ませてくれていたみたいだし。エタンたちが水を汲んできてくれたんだろ? 俺が口をつけちゃったけど、残りはみんなで」

「ははは。すぐそこに水場があるだろうに。私たちは場所を移していない」


 水袋を受け取ったエタンは、フルフェイスの兜の留め金を外す。

 水袋を一旦地面に置いた後、兜を脱ぐ。

 ふわさと長い金髪がなびき、エタンの素顔が露わになる。

 兜を取るまでエタンのことは男だと思ってたなんて口が裂けてもいえないぜ。

 真っ暗な中、彼女の顔を見はしたけどちゃんと確認することはできなかったんだ。

 明るいところで改めて見てみると、すっと目鼻立ちが整った金髪碧眼の美人だった。

 額から頬にかけて斜めに入った大きな傷だって、彼女の顔を際立たせはしさえすれ損なうものじゃあない。

 

 兜を取った彼女は、水袋に口をつけゴクリと喉を鳴らす。

 気にせず飲んでくれていいってことを言いたいのかな? 彼女なりの俺に対する気遣いだと思う。

 俺は別に遠慮して少量しか水を飲まなかったわけじゃないんだけど。彼女らにとって少量に見えただけであり……わざわざ訂正するほどじゃないか。

 

「ゾエ殿?」

「ずっと兜だったから新鮮だなって」

「私の顔は見ていて気持ちよくなるものではないからな。すまない、ゾエ殿」

「なんでだよ。綺麗な顔をしているじゃないか。傷だって勲章だろ?」


 エタンは食事の時と寝る時以外はずっと兜を被っているとかドニが言ってたような気が。

 傷のことを気にしているのかもしれん。

 彼女はと言えば、顔色一つ変えずに言葉を返してきた。


「……ゾエ殿はお上手だな。賢者とはもう少し浮世離れしたものだと思っていたのだが」

「俺は賢者でも隠者でもないんだ。師匠は隠者だったんだけど、その弟子さ」

「王狼との一戦。見事だった。貴殿の力は隠者に迫るものだ」

「師匠の技を使えるようにはなったけど、まだまだ師匠の域には全然達してない。もっと鍛えないと」

「貪欲なのだな。だからこその強さか。貴殿の転移や回復は魔法ではないのだろう。貴殿のような御仁がいれば、どれほど心強いか」


 美人に「頼りがいがある」なんて言われると勘違いしてしまいそうになるが、俺に気があるとかじゃないことは明白だ。

 一緒に戦う仲間として、って意味だよ。ははは。

 すみよんは王狼クラスの化け物がぽんぽん出て来るって言ってたし。

 あんなのが次から次へと出てきたら、街の防衛をするにも大変だよな。遠距離からひたすら弓を射るとか、魔法で攻めるとか、物量で押すのがよさそうではあるが……。

 街で討伐隊を結成して危険な魔物を駆除しに出かけているぽいので、遠距離飽和攻撃をすることは難しいんだろうか?

 こちらは彼らの事情を全く知らないから推測しても全くの的外れの可能性が高い。

 

「そのことだけど、エタン。街は近くにあるのかな?」

「ゾエ殿は人の社会をまるで知らないのだな。ずっと隠者と共に生活してきたとなれば詮無き事か」

「うん。師匠に強制転移させられて、ここがどこかも分かってないし」

「貴殿の師匠は……その、なんというか」

「鬼畜だよな。はは。まあ、いい機会だから、実戦経験を積みたいと思ってさ。ずっと師匠と能力を開発し高める日々だったんだよ」

「私としては大歓迎だ。ドニ、レティシア、そして私も『前線都市』ゴルギアスを拠点にしている。それぞれ、就いている職は違うのだけどな」

「俺も前線都市ゴルギアスまで行けば、討伐隊に加えてもらえたりする?」

「問題ないだろう。いくつか手段がある。貴殿は人里離れた秘境で暮らしていたのだから、路銀もないのだよな?」

「うん。恥ずかしながら無一文だ」

「ならば、貴殿の願いである実戦経験を積みながら、金銭を得ることのできる職に就くといい」


 そうだよ。ここでこのまま生活していくのなら、金銭なんて必要ないけど、大自然の中で俺一人になって生きていけるはずもなく。

 となれば、エタンらについて行って街で暮らしつつ、魔物討伐に出かけ力を蓄えるしかない。ドニにも街へ行きたいって言ったんだった。

 よかった。一人じゃなくて……こうしてエタンらと出会えるようにしたのも、すみよんの手引きだろうな。

 彼? 彼女? とてただ単にこの世界へ俺を転移させたわけじゃない。すみよんの目的は俺を強くして、力の暴走を破壊すること。

 彼なりの考えで最短距離を進めるようにこの場所へ転移させた。

 メガネザルの思惑通りで癪だけど、ここはエタンたちを頼るほかない。

 

「あ、起きられたのですね!」

「よお、お目ざめか」


 俺たちの会話が聞こえたのかレティシアとドニも木陰までやってくる。

 二人とも傷ついた様子が無く、俺が寝ている間は獣の襲撃もなく平和だったようだ。

 剛腕を討伐しにきたら王狼まで出て、更に……ってのはさすがに無いか。王狼が出たことだって相当珍しい事故だったはず。

 もしかしたら、王狼に関してはすみよんが呼び寄せたんじゃないかって懸念がある。

 あの野郎。いや、俺の勝手な妄想だ。彼がやったとは……やってないよな?

 

 ん。ドニが親指を立て後ろを指し示した。

 

「朝から何も食べてねえだろ。食事を用意している。食べようぜ」

「助かる。食事をしながらいろいろ聞きたいことがあるんだ」

「おう。いいぜ。俺たちも今から食事なんだ。丁度いい」

「待っててくれたのか?」

「そうでもないがな。ちょうど用意ができたから、様子を見にきたらお前さんがエタンと喋ってたってわけだ」


 パチリと片目をつぶるドニであったが、似合わないなその仕草。

 悪そうに口角をあげるとか、含み笑いをするとか、目を細めて眉間に皺を寄せる、なんて仕草だとハマるんだけど。

 勝手にとても失礼な想像をした俺のことなど露知らず、彼は踵を返し歩き始めた。

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