第13話 報酬をもらう前にひと悶着
「好きな武器を取るといい」
いきなりこんなことになるとは思ってもみなかった。
さすがモンスターのいる世界……なのか?
全身鎧にフルフェイスの兜を装着したエタンが棚へ木剣を向ける。
彼女の獲物は片手剣らしい。
棚には木製の色んな武器が並んでいる。
中には両手持ち用の斧なんてものまであるのだ。こんな大きな武器を振り回すなんて中々できないぞ。
正直素手でもいんだが、いや、ここは。
果物ナイフより一回り大きいくらいのダガーを手に取る。もちろん、木製だ。
「俺はこれで」
周囲からどよめきがあがるが、エタンともう一人だけは興味深そうに俺の手元を見ている。
木製ダガーを軽く左右に振り、様子を確かめた。
うん、これなら邪魔にならないな。
「では、いざ尋常に」
「分かった。距離は?」
「この白線で対峙する。コインが地面に落ちた時、開始だ」
「了解。分かりやすくていい」
俺とエタンの距離は凡そ10メートルといったところ。
人によって戦闘レンジが違うから、ある程度の距離をとって戦いを開始するのかな。ありがたい。
いきなり切りつけることができる距離だと、初撃を回避できるか微妙だからさ。
エタン以外に唯一人俺の様子を探っていた筋骨隆々な犬頭が前に出てきて、コインを指先で弾く。
クルクルと宙に舞ったコインが、地面に落ちた――。
――二時間前。
エタンの使いに案内されてきた場所は兵舎のような場所だった。訓練場も併設されているようで、修練するにはもってこいだ。
昨日訪れた屋敷に来るのかと思っていたけど、えらく物々しいところだな。
「報酬を受け取るのだよな?」
「そうだ。すまない」
「頭の固い連中だぜ。これだから兵団の奴らって」
「お兄さんは弱っちそうに見えちゃうからねー」
入口で待っていてくれたエタンにいきなり謝罪されるわ、ドニが皮肉を言うわ。
ピンク色の髪を左右で結んだ女の子――エタンの使いの子にまで突っ込まれ……どうなってんだこれは。
お金を貰ってから冒険者ギルドに行こうと思ってたのに。
「お前さんの強さが信じられねえんだとよ。けち臭い奴らだ。付き合ってらんねえ」
「ドニ。言葉から察するにここって兵団の本拠地なんじゃ」
「お、よくわかったな。その通りだ。ゾエにも会えたし俺はもう行くぜ」
「大丈夫なのかよ……」
だるそうに右手を振って頭の後ろに手をやったドニがスタスタと街道に向かっていってしまった。
一方でピンク色の髪をした女の子は大きな胸を揺らしケラケラ笑っていて、エタンは肩を竦めため息をつく。
「心配ない。ドニにはちゃんと私から報酬を渡す」
「そっちの心配じゃないんだけどな……」
ドニは兵団の悪口を堂々と言ったわけじゃないか。
二人の様子を見る限り、問題なさそうではあるけど。
「もちろん、レティシアにもだ。彼女は教会にいる。問題ない」
「う、うん」
「手短に。貴殿と行動を共にした私やドニは貴殿の実力を知っている。貴殿はまごうことなき実力者だ」
「唐突だな」
「すまない。説明はしたのだが、剛腕はともかく王狼までとなると……」
歩きながらエタンが事情説明を続ける。
ここはやはりゴルギアスが抱える兵団の詰め所で、訓練施設だけでなく宿舎まで備えているんだってさ。
多くの犠牲者を出し討伐された「剛腕」の手伝いをしただけなら、特に問題なく俺にも報酬が支払われただろうとエタンは言う。
問題は残りの三人と俺だけで王狼を倒したこと。
残されたメンバーだけで剛腕より強い王狼を討伐した。正直なところ、エタンら三人で王狼を倒すことは絶望的であると兵団は考えていたのだそうだ。
なので、実力が不明な俺の貢献度がとても大きいとなった。
……なのだが、屋敷で俺の姿を見た兵団の者がまるで強者に見えないとかのたまったんだと。
「それで、額が額だけに支払いを渋っているのか?」
「此度の討伐隊はゴルギアス元老院と兵団の折半で報酬が支払われるのだ。それほどの実力者なら一目見たいと団長殿がな」
「見た目が弱そうだから信用ならないってか?」
「いや。少なくとも団長は見た目で実力を誤るような方ではない」
ほんとかよ。
団長とやらも俺に直接会ったら手の平を返すんじゃないの?
そこで壁に背を預けた姿勢で鋭く目を光らせている男のように。
男……というには少し幼いかな。彼は青年と少年の中間くらいってところ。
「パルヴィ。こいつが噂の?」
「そうだよー。この人が噂の隠者さまだー」
「マジかよ。てんで弱そうじゃねえか」
「エタンがとっても強いって頬を染めながら熱く語っていたよ。だから、あたしは見た目に騙されないぞ」
ふんと鼻を鳴らし、あからさまに顔をしかめる少年にイライラするのではなく微笑ましい気持ちになった。
なんだか昔の自分を見ているようで。あの頃は黒魔術だとか作ったりしたよなあ。あるある、そんな時期ってさ。
「余裕そうな顔しやがって。お前なんかな、体が出来ていない、雰囲気もない、丸腰だろ。それに、パルヴィ。こいつのMPは?」
「……無いかな……」
「エタンが嘘を言ってるとは思わねえけど、でもなあ」
コロコロと表情が変わる奴だな。この少年は。
エタンはあの性格だ。誇張もしないし、嘘も言わないって思ってるんだろうな。
だけど、俺の見た目は平均的な日本人高校生ってところ。とてもじゃないけど、達人には見えんわな。
少年も加わって四人で奥の部屋に入る。
エタン曰く団長の応接室と言うが、とても簡素な部屋で執務机と接客用のテーブルと椅子しか家具がなくて、壁には一枚の地図が掲げてあるだけだった。
ハスキー犬のような頭をした黒に近い茶色の毛皮で全身フサフサの大男が「よく来た」とばかりに右手を上にあげる。
他には彼の部下なのか大柄な男達が四人控えていた。
「兵団を預かるダレスだ。隠者ゾエ、討伐隊への協力、感謝する」
「たまたま遭遇しただけです」
ガシッとダレスと名乗った犬頭と握手を交わす。
何が愉快なのか分からないが、彼は大きな口を開けて豪快な笑い声をあげた。
「師から俗世間で実力を磨けと放り出されたと聞いている」
「そんなところです」
「是非とも兵団に。と言いたいところだが、残念なことに冒険者になるんだってな」
「秘境で師と二人で過ごしてきたもので、ソロの方が気楽なんです」
「そうか。残念だ。わざわざ来てもらってすまなかったな。直接、会いたくてよ。おい、ゾエに報酬を渡してくれ」
気風が良い人だな。少し笑い声がうるさいけど。
エタンの言葉通り、団長は俺の実力を疑っていたわけじゃなかった。むしろその逆で、直接会って俺をスカウトしたかったのが、わざわざ呼んだ理由なのだろう。
高く評価してくれて否が応でも頬が緩む。
ところが、報酬を渡すように命じられた髭もじゃの男が声をあげる。
「団長。俺にはこの男が本当に王狼を討伐したなどと信じられません。この目で実力を見させてもらってからにしてくれやせんか」
「エタンが信じられんのか?」
「あ、いや。エタンを信じてねえわけじゃないんでやす。ですが、こうも……」
言いよどむ髭もじゃの背中をパンと叩いた団長は、片耳をピクリと動かし首を捻った。
「ゾエ。いいか?」
「え。いや、まあ」
「なら、ゾエ殿と私が模擬戦をしよう」
え、ええ。やんわりと断ろうと思ってたのに、エタンと模擬戦をやることになってしまったのだった。
――現在。
土だからか、コインは跳ねずにそのまま地面へ落ちる。
エタンは下段に片手剣を構えたままこちらの出方を窺っている様子。俺もそうだが、武器を片手で持つと反対側の手ってあくよな。
この時、反対側の手はどう使うのか?
俺の場合は片手をあけることは必須だ。エタンは魔法を使わない近接戦闘系だと聞く。彼女ならあいた手に盾を持つのかもない。今は模擬戦だからか無手であるが。
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