第7話 へとへとだぜ

「私が前に立つ。その隙にゾエ殿が」

「おいおい。見ていなかったのか、ダガーが粉々になってたぜ」

「ドニのエクスプロテクションを合わせれば不可能ではないはず」

「わたしの加護も」

 

 三人が作戦を練っている。

 なんとかプロテクションってのはドニのバフ補助魔法なんだろうか。レティシアも聖女ぽい護りの魔法を持っているらしい。

 

『パーンしまーす』

「パーン?」


 三人が一斉にこちらへ顔を向ける。

 

「ゾエ? 突然どうした?」

「話しかけられたと思ったんだけど」


 悪い悪いと後ろ頭をかいたドニが大袈裟に肩を竦めエタンの作戦を簡潔に述べた。


「エタンが突っ込む。全力で防御する。その間にお前さんは魔狼にってエタンが言ってんだが」

『パーンしまーす』

「いや、あの威力だ。ひとたまりもない。あれは喰らっちゃあ駄目な攻撃だ」


 ハッキリと分かった。この声は頭の中に直接響いている。

 三人のものじゃあない。

 

『いけぞえさーん。経験のないあなたでもこれくらいは突破してもらわないと困りまーす』

 

 好き勝手言ってくれるぜ。

 どっから俺の頭の中に話かけてんだ? 一昔前の外国人の物まねみたいな喋り方しやがって。これ絶対に俺を煽っている。

 頭の中に直接話しかける能力か。残念ながら俺にはテレパシーの力はなかったんだよな。

 この声の主は魔法で語りかけているのか、俺と同じような力を使っているのか。どっちでもいいんだが、高見から語りかけるくらいなら目の前の王狼を何とかしてくれって言いたい。

 

『おい。お前は一体?』

『すみよんでーす。いけぞえさーんの力があれば、しゅんさつでーす』


 試しに心の中で語りかけてみると、通じた。

 本気でイライラしてきたぞ、こいつめ。後で見つけ出してお仕置きしてやるからな。

 

 ……不本意ながら、こいつの言う事は納得できる。

 王狼の前脚は喰らったらダメなやつだ。あれほどの威力だろ、防御力を強化したところでどうにかなるとは思えん。

 現状、カウンター必殺の構えをとっている王狼に近寄ることができるのは俺だけ。

 奴の前脚が即届かない位置に転移すれば、振り返るまでの僅かな間は前脚の攻撃を喰らうことは無い。

 だがしかし、前脚がなくともカウンターの衝撃波があるから完全なる死角に入ったとしても弾き飛ばされる。更には衝撃波でもまともに喰らえば即死するかもしれん。


「やってやれんことはないか……」

「ゾエ殿。合図を貴殿に合わせる」

「いや、俺一人で行く。王狼の前脚は凶悪に過ぎる」

「だが……いや。詮無き事。ゾエ殿一人に任せ、すまないが、ご武運を」


 エタンは剣を胸の前に掲げ、敬礼する。

 食い下がってきたらどうしようかと思ったけど、意外にあっさり引いてくれた。

 この世界なりの暗黙のルールがあるのかもしれない。強権発動的な態度になってなきゃいいけど。


「(魔法で)強化するか?」

「頼む。鎧を着ていないけど、硬くなるのかな?」

「服は余り意味がねえが、無いよりましな程度だな。俺やレティシアのような法衣やローブを纏っているなら別だが。お前さんの服は魔力的要素が全くねえからな……」

「だったら、みんなのガードを高めておいてくれ」


 ドニの申し出を断り、前を向く。

 律儀なことに王狼は焦れることもなく、低い唸り声を出し待ち構えている。

 俺の力を上手く使えば……後は覚悟の問題だけだ。

 転移、透視、念動力の糸、そして自己修復。一昔前の言葉を借りるなら超能力と呼ばれた異能が俺の力だ。

 超能力にはいろんな能力がある(Wikipedia調べ)。

 テレパシー、予知、透視、千里眼、念力、サイコメトリー、念写などなど。

 自分以外の超能力者を見たことがないから、自分が使える力以外の超能力があるのかは不明。

 自分で気が付いていないだけで、実は使える能力があるのかもしれないけど、この場で使うことができないなら新たな可能性を考慮する必要はないな。

 

 作戦はとてもシンプルだ。肉を切らせて骨を断つ。

 

『見せてやるよ。王狼を倒したら、その顔を拝ませてもらうぞ』

『倒せたら、いけぞえさーんに会いに行きまーす』


 言ったな。

 

「これで決める。さあ……振り切るぜ!」


 体がブレ、転移した先は王狼の背中の上空1メートル。

 即座に反応した奴は全身の毛を震わせ、衝撃波を放つ。

 これを、まともに、受ける!

 

「ぐ、ぐううう」


 右腕と重要器官のみを念力の糸で覆い、力を逸らすことに集中する。

 更に、体が吹き飛ばぬように念力の糸を伸ばし奴の背中の毛に絡ませた。

 逃すことのできない衝撃波が体を突き抜け、鮮血が飛び散り、口内に血が充満する。

 それでも、すぐには死なない。痛覚を切り、自己修復を開始させた。

 ドサッ。

 王狼の背中の上に落ちた俺の手が銀色の毛を握りしめる。

 感じるぞ。奴の鼓動を。


「捉えた……」


 王狼の心臓を繋ぐ血管を、断ち切る!


『グガアアアアアア!』


 鼓膜が破れるような咆哮と共に体を持ち上げる王狼から振り落とされまいと、念力の糸で奴の毛と自分の体をしかと結ぶ。

 その間にも体を貫いた傷がみるみるうちに癒え、もう半ばほどまで回復していた。

 

 ドシイイン。

 口から血を吹きだし、ついに王狼が地面に転がった。

 

「や、やったぞ……」


 動こうにも体がまだ回復しきっていないので、王狼の背中の毛に絡まったままか細い声で勝鬨をあげる。

 なんとか倒し切ったぞ。

 しかし、能力の使い過ぎだ。頭痛が酷い……。

 それでも、完全に回復しきるまでは力の行使を止めるわけにはいかないのだ。

 血を吹いて俺まで絶命してしまうからな。

 

「ゾエさんー!」

「ゾエ!」

「ゾエ殿!」


 三人が俺の元へ駆け寄ってきて、両膝を地面につけたレティシアが自分の太ももに俺の頭を乗せる。 

 

「大怪我を。わたしの力では……いえ、絶対に絶対に癒してみせます!」

「レティシア。傷は放置でいい。頭痛をなんとかできないか?」

「へ? 頭痛なら初級魔法のヒールでも。頭痛より怪我です! あ、あれ……」

「隠していて悪かった。自分の怪我なら癒すことができるんだよ」

「あ、あの怪我をですか……少なくとも4箇所は体を貫かれていました……」

「わざと貫かせたんだ。衝撃波を逃がすために」


 念動力の糸を操るのは得意じゃない。だけど、張り巡らせる場所と張り巡らせない場所を作って、力をそちらに流すだけならなんとかなる。

 貫かれても即死しない箇所を予め選び、ワザと攻撃を受けたんだ。

 肉を切らせて骨を断つ戦法だったわけだが、紙一重だったな……。もう少しで意識が飛びそうだったよ。

 力を行使するためには、念じなければならない。意識が無ければ、力を使うことができないんだ。無意識に発動できるようにならんものかな。

 特に自己修復は傷がついたら自動でやってくれると、生存率が爆上げになる。

 

「ほんと規格外な奴だ。お前さんが隠者の弟子だって忘れてしまうほどだぜ。師匠より強いんじゃねえのか」

「はは、まだまだ。俺は師匠には追いつけてないさ」

 

 ドニはこんな時でも抜け目ない。

 さりげなく彼と練った俺の架空のプロフィールを織り交ぜてくるのだから。

 きっとこの後、エタンなりレティシアなりから聞かれるものな。うん。先手を打って師匠の存在を明かすのはこの後の話が非常にやりやすい。

 疲弊している時には、考えた設定が頭から飛ぶことも考慮してのドニの発言ってわけだ。ありがたい。

 

「すまん。少し休ませてくれ」

「お休みください。ヒール」


 レティシアに膝枕されたまま目を瞑る。頭部全体がほんわかと暖かくなり、頭痛がすううっと消えていく。

 ヒールの魔法ってすげえな……安心したらふっと意識が遠くなった。

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