第6話 必殺のカウンタースタイル

 ちょうど朝日が昇り始めたようで、明るさは問題ない。木々があるが、俺と王狼を遮るものは何も無し。視界良好だ。

 目指すはここ!

 俺の体が一瞬で王狼の尻尾の先に出現する。

 このまましゃがむようにして奴の尻尾へ手を――。

 

「な……」


 瞬きするほどの時間で王狼が180度体の向きをかえ強靭な前脚で踊りかかってきた。

 ぐ、ぐうう。

 ブオンと空気を切り裂く物凄い音がして、王狼の爪が俺の体を切り裂こうとする。

 しかし、今度は王狼の爪が空を切った。

 

「な、なんという速度だ……」


 間一髪、転移が間に合いドニの傍で着地する。

 

「な、なんてえ攻防だ……お前さん、本当に人間か?」

「一応な……しかし弱ったな。あいつが王者の風格だなんかで、距離を取ると襲って来ないから命拾いした」

 

 驚くドニに対し首を振る。

 ゆっくりとこちらに向きを変え、グルルルと低い唸り声をあげる王狼は余裕たっぷりに首を回す。

 あの速度なら、俺が転移しようが出て来た瞬間に追いかけることだってできる。それをせず、あの場で待機しているなんて舐められたもんだ。

 そのおかげでまだ俺の首が繋がってんだけどな。

 

 昨日戦った狼……ダイアウルフの時のように腕を噛ませるか?

 いや、食いちぎられ、あの前脚で頭ごと潰される。

 奴に触れ、鼓動を読み取り、断ち切ることができれば、どんな怪物だろうが命はない。

 だけど、まさか完全な不意打ちに反応されるとは。

 

「ゾエ。もう一回だけ、今の攻防を見せてくれねえか?」

「何か分かったのか?」

「いや、ひょっとしたらってことがあってな。本当に存在するのか分からんが、お前さんの規格外さをこの目で見て」

「分かった」

「すまねえな。とてもじゃねえが、俺だと一瞬の足止めもできねえ」


 情報は力だ。俺が動き、ドニが分析する。

 出会ったばかりの俺たちだが、問題ない。ここでどちらかが倒れれば、共倒れになる。

 だから、協力する……と理屈で考えればこうなるのだけど、理屈だけじゃないって信じているぜ。

 

 ブンと体がブレ、次の瞬間、王狼の右後方に出現する。

 今度は手を伸ばさない。

 っつ。もう「反応している」!

 出現の時に空気が揺らいだ。それで奴の体が動き攻撃に移っているじゃないか。

 蜘蛛の巣にかかった獲物のごとく、俺が出現した瞬間に奴の体が総毛立ち体を震わせてくる。

 第六感が危険を告げた。

 ドガアアアアア!

 空気が、波となり、破壊をもたらす。

 に、逃げ。


「ぐうう、っ。はあはあ」


 転移はできた。ドニの傍らに転がった俺に衝撃が襲い来る。

 バキバキとアバラの折れる音がして、肺から空気という空気が吐き出された。


「お、おい」

「……」


 右手をあげ大丈夫だと示す。

 痛みを遮断し、自己修復を開始した。


「木々が吹っ飛んでるが、逃げきれたのか……?」

「いや、半分喰らった。だが、もうすぐダメージが抜ける」


 ペッと血を吐き出し、口元を拭う。

 早くも折れたアバラがくっつき始めている。うん、これくらいならすぐだな。

 自己修復は18年間生きてきて、一番つかった能力だ。

 体を鍛えたら筋肉がつくのと同じように、俺の力も研ぎ澄ませればより性能が増す。

 痛みを遮断する方法を覚えてからは、格段に自己修復能力があがった。致命傷を受けたとしても、意識が落ちなきゃ何とかする自信があるほどに。


「おい、その血。アバラをやってるだろ!」

「問題ない。もう、治った。それより、何か分かったか?」

「可能性だけな。お前さんはそうでもないかもしれんが、俺は王狼の圧に王者の風格を感じた。王者が弱者を見下ろすかのように悠然とくるのを待ち構えていると思ってたんだ」

「俺もだよ。あの余裕ぶった態度を叩き潰してやると」

「そうじゃねえんじゃないかってよ」

「奴は動かないんじゃなく、動けない……」

「いくらなんでも不自然だろ。そんでだ。奴の魔力の動きを見ていた。お前さんの二度目で確信したぜ」


 ドニの説明によると、王狼は自分の周囲2メートルの範囲に結界のようなものを張っているそうだ。

 結界に何かが触れたら、王狼が必殺のカウンターで仕留める。

 種は分かったが、両前脚での攻撃に加え衝撃波まであるとなると厄介だな。

 

「やっぱり、ダガーを借りていいか?」

「俺が持ってても宝の持ち腐れだからな。構わねえぞ。やはり素手じゃきついだろ?」

「そんなところだ」


 呑気に会話を交わしているが、王狼は微動だにしない。グルルルと低い唸り声をあげてこちらを窺うばかり。

 念動力は余り得意じゃないんだけど……四の五の言ってる場合じゃないからな。

 ダガーを鞘から抜き放ち、右手にダガー、左手に鞘を持つ。

 手のひらを上に向け、俺にしか見えない糸を両手に伸ばし……ダガーと鞘を絡み取った。

 手から離れると、途端に精度がなあ……。

 込めることができる限り手の平で念動力の糸を引き絞り、放つ。

 

 ヒュン。

 風切る音と共に目で追えぬほどの速度で鞘とダガーが王狼に襲い掛かる。

 しかし、王狼は軽く前脚を振るっただけで鞘とダガーを粉々にしてしまった。

 

「は、ははは……」

「初めて見たぜ。金属がバラバラに崩れ落ちるってのを」


 背筋に寒いものが流れ落ちる。

 衝撃波は生ぬるかった。木々を吹き飛ばしはしたものの、あの一撃に比べればそよ風みたいなもんだ。

 

「ドニ。つかぬことを聞くが?」

「動かねえなら。こっちからトンズラしちまおうってか?」

「やめておいた方がいい。『王狼』シルバーウルフはゾエ殿を警戒しているからこそ動かぬのだ」


 逃げて奴が動き結界が解けたところで奇襲しようとドニと頷きあったところで、待ったがかかる。

 待ったをかけたのはエタンだった。全身鎧に身を固め、後ろにはローブ姿のレティシアも一緒だ。

 

「エタン。遅かったじゃねえか。あいつはやっぱ王狼だったんだな」

「如何にも。文献の通りだ。奴の色は『警戒』。そして、口惜しいことにゾエ殿しか見ていない」

「ゾエの転移を警戒してんのか」

「王狼は強者故の警戒心を持つ。どのような相手であれ『警戒』から入る。未だ『警戒』のままなのはゾエ殿の力を脅威と見ているのだろうよ」

「それなら、新たに対峙したお前さんやレティシアもじゃねえのか?」

「歯牙にもかけていないさ。分かるだろう? 私でさえ、相手の力量を見る力はある。王狼にもあって当然だろうさ。一目見て、私とレティシアは脅威ではないと判断したようだぞ」

「ゾエも見ただけじゃ実力のほどが分からんがな」

「私はそうは思わない。ゾエ殿の真価は相手に力量を計らせない不気味さがあること。戦闘の心得のない一般領民と同じ空気しか感じさせないのだから」


 何やらエタンとドニが盛り上がっているが、けなされてるのか褒められているのか悩ましいなこれ。

 俺には強者の雰囲気はなく、無だからこそ警戒されてるってか? こんな危険地域に戦闘能力のない奴が来るはずがないから、推し測れぬ何かを持っていると。

 俺の能力を指しているのなら、間違っちゃあいないけど釈然としないな……。

 

 眉をひそめる俺の耳元にレティシアが顔を寄せる。

 

「エタンさんは『共感』というユニークスキルを持っています。魔物の感情の色が見えるんです」

「へえ。便利な能力なんだな」


 四人揃ったところで、王狼との戦いを仕切り直すとしようか。

 奴は相も変わらずグルルルと唸ったまま、待ちの姿勢だ。これを崩すのは至難のわざだぞ。

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