第5話 王者の風格

「だから違えって言ってんだろうがよ。目に見える範囲しか転移できねえってのはまだいい。だがよお、見ず知らずの場所に転移してきたってのは有り得ねえんだよ」

「見ず知らずの場所なんて一言も」

「態度を見てりゃ分かる。お前さん、この辺りに来た事もねえだろ。下手したらこの大陸に来たこともねえんじゃねえか?」

「その通りだよ。気が付いたらここにいた。何が起こったのかよく分からん」


 素直に全部ぶっちゃけることに決めた。警戒心無さ過ぎだと自分でも思うけど、彼になら包み隠さず喋ってもいいかなと思えたんだ。

 眉をひそめ首を振る俺に対し、くつくつと低い声で笑うドニは悪代官のよう。

 だが、態度とは裏腹に彼の言葉は紳士なものだった。


「その服装、街でも見たことが無い。街だと『目立つ』ぞ」

「街に行かない方がいいか?」

「お前さん、街へ行く目的とかあるのか?」

「このままここにいても野垂死ぬだけだろ」

「あひゃひゃ。違いねえ」


 顔を見合わせ笑い合う。悪人顔のドニだが、屈託なく笑っている時だけは彼の本当の人となりが見える気がする。

 ありがとう。聞いてくれて。

 突然転移してきたことを彼に言えてつっかえていたものがスッキリしたからか、堰を切ったように自分の状況を淀みなく語り続ける。

 こことはまるで違う場所にいて、そこで生活をしていたこと。

 突如転移し訳も分からず命のやり取りをすることになってしまったこと。隕石のことだけはさすがの俺でも語ることを控えた。

 無駄に悲壮感を漂わせる必要もないし、彼に語り聞かせたところで困らせるだけだ。

 

「それで、俺の能力なんだが」 

 

 話が自分の異能のことについてになったところで、ドニが待ったをかける。

 

「あっさりとネタバレするんじゃねえ。お前さんのいた街は極めて平和でモンスターなどいないことは分かった。それが分かりゃあ問題ねえだろ。お前さんの戦闘力は無用の長物だったってわけだ」

「その通り。斬った張ったをすることなんてない街だったよ。まあ、そのことで悩んだこともあったけど、過去の話だ」

「まあ、モンスターがいない大陸ってのがあるなんて信じられねえが、『剛腕』を倒し切る力なんぞ持て余すだろ」

「そうだな。うん、そうだ。何で俺だけ人と違うんだって思ったこともあった。だから、普通がいいって。でも、それが……」

「くだらねえこと言うな。お前さんの力があったから、助かったんだぜ」

「ドニ……」

 

 ドニはパンとあぐらをかいた膝を叩き、ニヤアと嫌らしい笑みを浮かべる。


「よおし、じゃあ俺がお前さんの略歴を考えてやるとするか」

「とても助かるが、そこまでしてくれるのか?」

「俺は冒険者だぜ? 何事も持ちつ持たれつだ。お前さんがいなけりゃ全滅していただろうからな。だからだ」


 なんだよもう。殺伐とした世界だって思って気を引き締めていたらとんだお人好しがいたもんだ。

 胸が熱くなり、目元が緩んでくる。


「大前提として、情けない話だけどこの世界……いや、この大陸の常識ってやつが俺は全く分かってない」

 

 と前置きしてからドニと自分のプロフィールをどのようなものにするか、について議論を交わす。

 ドニの常識によると、空間魔法使いなら転移魔法を扱うことができるのだが、これまで行ったことのある場所にしか行くことができないんだって。

 転移するアイテムもあるにはあるが、効果が限定的で見える範囲に移動することがせいぜい。更に超貴重なアイテムときたものだ。

 なので、俺が聞いたこともない別大陸から来たって話は無理がある、というのがドニの談である。それで、最初からドニは転移について訝しんでいたわけなんだな。

 例外はもちろんある。隠者や賢者と言われる俗世間から離れ自己研磨のみに全てを捧げる者の中には有り得ない魔法やアイテムを開発してしまう者もいるんだってさ。

 だから、この大陸の者から見て突拍子もないことがあった場合は隠者や賢者を理由にするべしだと。

 なんてことを、あーだこーだと話していたら、どんどん時間が経っていく。

 もうそろそろ夜明けになるのかな? 東はどっちだろ? ん、そもそも自転が地球と同じとは限らないか。

 

「覚えたか? ゾエ?」

「おう。何から何までありがとうな」

「命の対価としては安すぎるがな」

「俺にとってはそうじゃない」

「ふん、暇つぶしだ。暇つぶし。それも終わりだ。もうすぐ夜が明ける」

「エタンたちを起こしに……っつ」


 ドニも気が付いたらしい。彼の纏う空気が一変した。


「ドニ……」

「この気配……『剛腕』以上……。やべえぞこいつは」


 呼びかけるも、思いっきり顔をしかめたドニが指を一本立て「静かに」と示す。

 彼は「何がいるのか」を察知できているのか。経験と修練で彼のように怪物の接近を捉えることができるようになりたいものだ。

 俺は違う。

 第六感と表現していいのか迷うところだが、「虫の知らせ」ってやつを感じとることができるんだ。

 俺の身に何か危険が迫ると背筋がゾクソクする。だけど、「何が」迫っているのかまでは分からない。

 稀に分かる時もあるんだけどね。隕石の時とかのように。

 第六感を鍛えれば、アプローチの仕方が異なるけどドニのように察知できるようになるかも。

 

「確かに……危険は危険だが……」

「っち。余裕だな、イラつくぜ」

「すまん。そんなつもりじゃあなかったんだ。つい喋ってしまってごめん」

「お前さんじゃねえ。奴がだ」

「それほどか」

「エタンとレティシアは起こしに行かなくていい。あいつらくらいなら、勝手に起きる」


 ドニの額から汗が流れ落ち顎をつたって地面に落ちる。

 敵は牛頭より強いらしい。奇襲するでもなく、悠々とこちらの出方を窺っている。

 その様子を彼は「イラつく」と言った。

 

 そいつは堂々と俺たちの前に姿を見せる。

 白銀の毛に覆われた美しささえ感じさせる大型の狼。額には三日月型の金の文様が入っていた。

 尻尾と足元も金色の毛で体長はおよそ6メートルほど。

 王者の風格を備えた魔獣とでも言えばいいか。そこに立っているだけで、見る者をひれ伏させるような威厳をも備えていた。

 

「こんな巨体のシルバーウルフは初めてみた。こいつは『魔狼』……いや『王狼』か」

「強いのか?」

「相当な。犬型の魔獣の中でも最高位であるフェンリルにも匹敵する。さっきから奴の重圧で震えが止まらねえ」

「そうか。戦いを避けることは?」

「不可能だな。通常のシルバーウルフでも馬と同じくらいの速度で走る。それが王狼となりゃあ、一瞬で追いつかれるわな」

「やらなきゃやられる。弱肉強食ってやつか」

「おい、ゾエ」


 制止するドニの声。

 グルリと首を回し、立ち上がる。

 一歩進んだところで、ドニがひょいっと何かを投げてきた。

 

「素手よりはマシだろうが」

「必要ない」

「おいおい、無茶過ぎるだろ」

「いや、『素手』の方がいい」


 彼が寄越した鞘に入ったままのダガーを投げ返す。

 あんな分厚い毛皮を素人が刃物で傷をつけるなんてことができるわけがない。

 肉体的な力、技なんて何も持っていない俺にとっては無用の長物だ。

 俺は俺だけが持つ「力」で、王狼を内側から破壊する! 

 グッと手を握りしめ、ゆっくりと開く。手には嫌というほど汗が滲んでいた。

 

 一歩、また一歩進み王狼と対峙する。

 俺と奴の距離は凡そ15メートルになった。

 すごいプレッシャーだぜ。さっきから心臓のバクバクが止まらん。

 だけどな。俺は、お前よりも凄まじい圧を第六感で受けたことがあるんだ。

 どうしようもない。絶望的だって圧をな。

 それに比べれば、王狼など俺の動きを止めるほどじゃあない!

 

『グルルルルル』


 王者ってやつか? 先手は譲ってやると?

 低い唸り声を出し、俺の出方を窺うだけの王狼に啖呵を切る。


「来ないのなら、こっちから行くぞ!」


 俺の体がブンとブレた。

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