第4話 気まずい食事
「それでも十分すげえよ。俺なんて
「すごいじゃないか! バフ。他人に力を与えることができるなんて。俺はやりたくてもできない……」
「おいおい。やっぱおもしれえな。あんた」
「……怪物の気配はない。今のうちに死者を弔わないか?」
両手を叩いて今度は俺の背中をバンバンし始めたドニに向け、不躾に話題を変える。
ちょうど祈りを捧げることのできる聖女もいることだしな。
◇◇◇
都合17人の戦友だけではなく、怪物たちも穴を掘って埋めた。
土を掘り返すシャベルのような道具があったのとエタンの怪力もあり余力があったから。
怪物の死体でもそのままにしておくと、他の怪物や猛獣を呼び寄せるかもしれないものな。
肉が転がっているわけだから、と言われゾッとしたよ。
俺は戦いの時じゃあなく、死者を弔っている時でもなく、怪物の遺体を埋めている時に違う世界に来たんだと強く実感した。
怪物が更なる怪物を呼ぶかもしれない、「肉が転がっているわけだから」という言葉にはそんな意味合いが込められていると分かったのだ。
「できれば火葬したかったんだが、この装備じゃ無理だ」
「問題ありません。私が彼らを天に導かせて頂きますので」
首を振るドニに対し、両膝をつき両手を組んだレティシアが静かに祈りを捧げる。
すると、こんもりと盛り上がった土から燐光があがり、空へと昇っていく。
「賢者殿。ご安心めされよ。この場にはレティシアがいる。貴殿の想いは無駄にならない」
「俺はただ……」
「彼らもモンスターらもアンデッドとなることはない。聖女の祈りが死者を天に昇らせたのだから」
「天か」
単に死者をそのままにして立ち去るのがしのびなかっただけなんだが、怪物が肉を求めてくるからとか、死者が
彼らが不満を漏らさず率先して協力してくれたのは、危険性の高さからってのもありそうだ。
「エタン。帰還は明日にしようぜ」
「剛腕を討伐したとはいえ、夜は危険と?」
「んだよ。臆病で悪かったな」
「私も同意見だ。ゾエ殿にはこの場で報酬を渡せず申し訳ないが、必ずや礼はさせてもらう」
結構時間をくってしまったからな。既に日が傾き始めている。
フルフェイスの兜を装着しているエタンの表情は見えないが、丁寧に頭を下げる姿から彼の誠意を感じ取れた。
たまたま、この場に遭遇しただけで「自分のため」に敵を仕留めただけなので元より報酬なんて期待していない。
贅沢を言うなら、金銭より職を斡旋してくれないかな。大自然の中で生きていくのは自殺行為だよ。
さっきのような怪物が跋扈しているわけだしさ。
「野営するのなら、俺も参加させてもらえないんだろうか?」
「貴殿が良しとするなら、是非」
「ありがとう」
「隠者様がいらっしゃるのでしたら、心強いです」
エタンの言葉に加え、祈りを終えたレティシアが顔を綻ばせる。
こうして彼らと戦いの場から少し離れた水場で夜を過ごすこととなったのだった。
◇◇◇
パチパチパチ――。
燃えた木の枝から爆ぜる火花の音と肉が焼ける音が混じり合い、食欲を誘う。
「ひっく、ひっく……」
どうしたものかな、これ。
食事をしながらお喋りをというのが常だけど、残念ながら余り会話をすることができなかった。
ほっと一息をつき、食べようかというところでようやくフードをとったレティシアがはらはらと涙し始めたからだ。
亜麻色の美しい髪に同じ色の大きな瞳を持つ彼女の目は真っ赤になり、とめどなく流れ落ちる涙がローブを濡らす。
気持ちは痛いほど分かる。一緒に討伐に出た仲間達の大半が目の前で倒れていったんだから。
俺からすると見ず知らずの人が亡くなっていたに過ぎない。痛ましさは感じるものの、酷く落ち込むことはない。
自分で言うのもなんだが、俺は冷血漢なのかもしれん。
いや。あくまで他人に対してだけだ。二人を失った時のことを思い出してみろ。
息つく暇もなく戦闘となり、こうして彼らと行動を共にしているからこそ耐えることが出来ている。もし一人で自室にいたとしたら、動くことも出来ず唯々伏せっていたこと請け合いだ。落ち込んだところで何ら前へ進むわけでもないのにな。
そういえば、死体や血が目の前にあり転移直後こそ吐き気を催すほどだったのだけど、極限状態を経て気持ち悪さを覚えることもなくなってしまった。
人はこれほど容易く死体や血になれるものなのだろうか?
そんなわけないんじゃないかと俺は思っている。何度か現場を経験することによって「慣れ」てくるもんじゃないのか。
やらなきゃ自分がやられる状況で相手が怪物だった、とか、贖罪のための代替行為として救いたい躊躇なく仕留めているし。
グダグダと言い訳がましいことを考えていたが、酷いことに彼女の涙を前にしても慰めの言葉一つかけてやれないでいる。
もっとも、エタンもドニも押し黙ったまま、淡々と肉を食べているけど。
「やれやれ、やってらんねえぜ」
「ドニ」
抗議の声をあげると、彼は口元についた油を拭い「っち」と舌打ちする。
「俺は先に寝る。ゾエも来い」
「あ、うん。いや」
戸惑う俺の耳元でゾエが囁く。
「一人にさせてやりたいところだが、見張りもあるからそうもいかねえ。なあに、エタンならレティシアと古い仲だ」
「分かった」
食事を済ませ、先にドニと共に就寝することとなった。
その日の深夜――。
こんなところで寝ることができるのかと不安に思っていたが、寝ころぶと無警戒にも熟睡してしまった。
もし一人だったらと思うとゾッとして顔が青ざめる。
ドニに起こされ、エタンとレティシア組と交代する形で彼と共に見張りにつく。
パチパチパチと木が燃える音だけが嫌に耳に入って来る。並んで座ったまま、ドニも俺も口を開かずじっと炎を眺めていた。
「すまなかったな。あいつ、こういう場が初めてなもんでな。だから、連れてくんなって言ったんだよ」
「そうだったのか」
彼は炎を見つめたまま、ボソッと語りかけてくる。
俺も彼の方へ顔を向けることなく、両膝を両腕で抱え込んだ体勢のまま口だけを動かした。
「ああ、全く。ぴーぴー囀られるのは嫌なんだよ。耳障りだろ」
「ドニ、口は悪いが、いい奴だな」
「んなわけねえだろ。ったくよお」
「はは」
ドニは手元にあった枝を掴み、炎の中へ投げ入れる。
鼻で笑う俺にぶすっとし不機嫌さを隠さぬままのドニが苦笑し、俺の不自然さについて突っ込みを入れてきた。
「お前さんよお。エタンやレティシアみたいな奴らにはいいんだが」
「ん」
「あんな嘘で他の奴らは騙せねえぞ。素性について嘘をつくにしてもちゃんと考えろ」
「やっぱお前、いい奴だな」
わざわざ口に出して警告してくれるとは。ドニの奴は他に吹聴するつもりがないって暗に言ってくれている。
そうだよな。口から出まかせで適当に誤魔化したから矛盾だらけってもんだ。
どうするか。「瞬きしたら謎の世界にいました」なんて言っても信じてくれるもんじゃないし。
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