第3話 ほっと一息

「すっかり傷が癒えました。ありがとうございます!」

「私たちこそ隠者様の助力に感謝いたします」


 お互いに立ち上がり、感謝の言葉を述べあう。

 そこへ全身鎧も乗っかってくる。

 

「賢者殿が転移直後、槍に貫かれたように見えた時には『もはやこれまで』と肝が冷えた」

「私もです。もしあの槍で致命傷を負われていては、私の聖魔法で治療することはかないませんでした」

「そ、そうですね。間一髪で回避できたんですよ。ですが、槍の余りの威力で掠ってしまって。しばらく動けませんでした」


 あからさまに動揺してしまった俺だったが、後ろ頭をかき曖昧な笑みを返す。

 うん。腹に風穴があいていたんだけどね。力一杯否定して変に勘ぐられることは避けたい。

 少なくとも聖魔法では深すぎる傷を治療することはできないようだ。いや、熟練の聖女なら治療できるんじゃないかな?

 確かレティシアはひよっこ聖女だと言っていたし。


「も、申し訳ありません! 腕の傷にばかり目がいき、確かに服が血まみれになっています。そちらも治療いたします」

「いえ、かすり傷の割に血が結構出てまっただけです。もう傷は塞がってますし大丈夫です」


 「そら目立ちますねえ」と思いつつ苦しい言い訳をしたが、現に自分がピンピンしていることで二人も一応は頷いてくれた。

 かすり傷で血まみれになることなんてないってば。頭の傷ならともかく。

 

 そこでもう一人の生き残りであるローブを着た男がフードを後ろにやりつつ舌打ちし、目を細める。

 男は三十歳過ぎといったところで銀色の無精ひげに短く刈り込んだ髪型をしていた。ひょろりとした長身で魔法使いというよりは盗賊とかスカウトといった印象を受ける。

 

「かすり傷でこんなに血が出るわけねえだろうが。致命傷ではなかったにしろ、それなりの怪我だったはずだ」

「ですが、傷はもはやないと隠者様が」


 ローブの男に対し食い下がるレティシア。対する彼は鼻を鳴らしこう返す。

 

「高級ポーションでも持ってんじゃねえのか。レティシアもエタンも隠者やら賢者やら言ってるが、こいつはそんなのじゃないぜ」

「不躾に何を言う? ドニ」


 低い声になる全身鎧にローブの男は参った参ったと両手をあげ口角をあげる。


「本当に気が付かないのか? エタンはともかくレティシアが? こいつ、MPがまるでないぜ?」

「そのようなはずは。転移、加えて『剛腕』ミノタウロスも『歴戦』ハイゴブリンも手を触れただけで倒しておりました」

「それだよ。だから俺は高級ポーションを持ってんだろって言ったんだぜ?」

「意味が分かりません……」


 男とレティシアの言い争いにピンときた。

 なるほどな。こいつなりに「この世界」の常識に当てはめて俺の動きを予想したってわけか。

 となれば……彼らにとって俺の異能は未知の能力と見ていい。

 わざわざ自分の能力をネタバレするつもりなんてないので、このまま様子見を決め込むとしよう。

 情報を開示することで巡り巡って自分の首を締めることにもなりかねないからな。

 ほら、得意気にドニという男が説明をし始めたぞ。

 

「毒だ。転移ってのは狼の相手をしていた俺やエタンはこの目で見ていないから分からん。しかし、毒を使って一撃のもとに仕留めたんじゃねえか? こいつは調合師で、戦闘の心得もあるとか、スカウトで調合の心得があるとかそんなとこじゃねえのか? 根拠もある。店で購入できるような毒にこれほど即効性があって強力なものなんてねえからな」

「そんな。私は確かに隠者様が転移する姿をこの目で」


 涙声になるレティシアがフルフルと首を振る。

 彼女を援護したいことはやまやまだが、そこらへんにいる調合師やスカウトと思われた方が都合がいい。

 日本でそうだったように。「どこにでもいる奴」ならば、いらぬ波風を立てないから。

 しかし、いずれ俺の能力が白日の元に晒される日が来ることだろう。俺は自重しないと決めた。

 怪物が闊歩するこの世界では、自分の力を使わなければ生き抜くこともできないだろう。まして、人の命を助けるなんてことは夢物語だ。

 偉そうなことを言っているが、俺は聖者になりたいわけではない。目の前で崩れ落ちる命があれば、拾い上げたい、それだけである。

 人助けというわけじゃないんだ。救えなかった二人に対する代償行為に過ぎない。ただの偽善だよ。


「……想像に任せます。俺としては隠者だろうが調合師だろうがどっちでもいい」

「恩人に向けすまなかった。お前さんが毒持ちかもしれねえと思ったら、恩人といえども、つい、な」


 皮肉いっぱいだったドニが急にしおらしくなると、こっちも毒気を抜かれてしまう。

 こいつ、口は悪いが三人の中で一番のお人好しなのかもしれない。

 警告してきたのも、二人のためを思ってとさえ思えてくるほど。


「俺とあんたは初対面だものな。だから警戒し合って当然だ。危機に対し共闘した。危機を乗り越えた。俺はそれでいい」

「お前さん、おもしれえな。俺はドニ。よろしくな」


 屈託のない笑みを浮かべたドニが右腕を差し出してくる。

 彼の手を握り、ぎこちない笑顔を返す。


「池添だ」

「賢者ゾエ殿。私はエタン」

「レティシアです」


 俺の名乗りに全身鎧のエタンと見習い聖女レティシアが自己紹介を続ける。 

 挨拶を交わしつつも、俺の頭は高速で回転していた。

 戦いが終わったはよいが、この先どうするかと。

 彼らの状況を探ってみようか。

 

「みんなはこいつらを討伐に?」

「『剛腕』により、多数の旅人と討伐隊、狩人や冒険者が犠牲になりました。私たちも討伐に向かった一団です」

「兵団の騎士様と俺のような冒険者の混成部隊でな。冒険者としても頼りになる兵団の戦士や聖女がついてるとなれば乗らない手はねえってわけよ」


 エタンとドニが口々に説明をしてくれた。

 エタンが騎士でドニが冒険者なのだろうか。


「私たちは20名の一団だったのですが……剛腕だけでなく歴戦クラスのハイゴブリンやダイアウルフらの統率が取れており、苦しい戦いでした」

「ここで遭遇戦を?」


 フードを深く被ったままのレティシアがコクリと頷く。


「はい。三匹のダイアウルフを発見し、戦闘しているとダイアウルフを連れたハイゴブリンが現れ、剛腕まで……です」

「そこへ俺が来た……と」

「はい。我らの危急に隠者殿が転移し駆けつけてくださったのです」

「たまたまここに転移しただけだよ」


 しまった。つい、素で返してる。

 焦る俺はあれよあれよという墓穴を掘ってしまう。


「転移? 空間魔法を使うのか? MPも隠匿してんの?」

「あ、いや。そんなところだ。だけど、ショートレンジの転移しかできない。見えないところには行けない」


 そうだった。ドニは盗賊みたいな顔をしているが、魔法使いだった。俺のMPのことを指摘したのも彼だ。

 そうか、MPは他人から見えないように隠すこともできるのかあ。

 と現実逃避して、ドニの言葉をリフレインする。

 何で俺、馬鹿正直に自分の転移のことについて語ってんだよ。まあいいか、いずれネタバレするんだろうし。

 先ほど出会ったばかりだけど、何となく彼らのことは良い奴らなんだろうなと感じている自分がいる。

 だから、この先、彼らに情報を漏らしたことで不測の事態になったとしても後悔はしないさ。

 

 だってほら、ドニったら犯罪者面をしているってのにいい笑顔でパチリと指を鳴らすんだよ。

 レティシアは両手を胸の前で合わせて尻尾があったらブンブン振ってそうな感じだし、エタンはエタンで腕を組みかっくんかっくんと首を振っていた。

 何だか憎めないだろ。この人たち。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る