第42話 新四国協定、締結

相賀あいが保志雄ほしおの土日休日は神聖不可侵にして、犯すべからず」、すなわち休みの日は女子と会うためには使わないという僕の提案に、国貞くにさだ淑子としこ屋敷やしき美禰子みねこのふたりはあっけに取られたような表情をした。


「ええっ、なんでよーっ?!」


屋敷が、口をとがらせて言う。


「その理由を、きちんと聞かせてほしいわ」


国貞も、挑むような鋭い視線を僕に向けて言う。


「それはな、まずは基本的人権の問題だ。


すべての人間は、個人として尊重されねばならない。その精神の自由、身体の自由は守られねばならない。


それはきみたちも知っているだろ?」


「ええ、日本の憲法でもそれはしっかりとうたわれているわ」


国貞が真剣な顔で答える。


「だろ?


だが、きみたちのこの土日の行動は、明らかにそれに抵触ていしょくしている。


本来、休日として心安らかに過ごすべき日に、それが著しく妨げられている。


平たく言えば、きみたちがめいめい勝手に僕の元にやって来ようとするせいで、気の休まるヒマがないってことだ。


これって、人権無視にもほどがあるだろ。


元はと言えば、僕たちがそういう事態をあらかじめ想定して休みの日に関する協定を交わしていなかったことから、そんなことになってしまったわけで、そこは僕にも反省すべき点がある。


だからこそ、改めて土日と祝日については、僕の自由を保障するかたちで協定を結ぶことにしたい。


それにもうひとつ…」


僕はそこでいったんタメた。


女子3人とも、僕を注視している。


ゴクリ。誰かが唾を飲み込んだ音までが聞こえた。


「淑子、そして美禰子。


きみたちふたりは勘違いしているのかもしれないが、僕はどちらのひとりも、僕の唯一の恋人だと認めたことなどないからな。


先ほど清河きよかわさんが自分自身のことをそう呼んでいたように、今はまだ、ふたりとも僕の彼女候補﹅﹅﹅﹅だということだ」


その言葉を聞いて、国貞や屋敷の顔には明らかに落胆の色が浮かんだ。


「まだ正式の彼女ではない以上、僕はその女性に対して僕のすべてを差し出すわけにはいかない。


僕の貴重な時間も、もちろんのことだ」


国貞と屋敷の表情は、さらに重くシビアになった。



実はここまでシビアに言い切ってしまうのはちょっとやり過ぎかなと、僕は思っていた。


下手すると、彼女たちが僕のことを一気に嫌いになる可能性もある。


だが、あえてキツい物言いをして、相手の出かたを見るというのも戦略のひとつとして有効アリだろう。


ちょっとキツいことを言ったぐらいで壊れる仲なら、もともと大した縁ではなかったってこと。そう考え直したのである。


国貞と屋敷はしばらく無言の状態だったが、やがて国貞がこう切り出した。


「保志雄が言いたいことは、おおよそ分かったわ。


わたし、それに屋敷さんもそうだったかもしれないけれど、あなたに心を許してもらえたと思って、ちょっと浮かれていたんだと思う。


いくつかの出来事で気を良くして、わたしがあなたの一番の女になれたと、勝手に解釈していたんだわ。


でも、世の中そんなに甘くはなかったってことね」


それに続いて、屋敷もこう言った。


「クニクニには負けたくないって思ってやったことが、すべて裏目に出てしまったんだね。


ホッシーとの距離を縮めようとして、かえって避けられるなんて。なんかバカみたい」


すると、それまで沈黙を守っていた清河が、いきなり発言した。


「そういうことよね。おふたりとも恋のチャンスをゲットしたことで舞い上がって、その後の的確な判断が出来なかったってことよ。


知ってる? 恋は追えば追うほど逃げていくものだって」


清河の口調には、明らかにふたりをあざけり笑うような含みがあった。


「「ぐぬぬぬ…」」


悔しがる国貞と屋敷。


「わたしは、保志雄に気に入られたいから、この条件、そのままのむわ」


…って、いつのまにか「くん」付けさえ取れてません、清河さん?


まぁ、隠していてもどのみち本音がバレるってことか。


「ありがとう、清河さん。いや、澄美すみ


その言葉に、清河の顔が少し赤くなった。


「さぁ、これで本議案は半数の2名が賛成となった。


残るきみたちはこの条件、のんでくれるのかな?


それとも?」


僕は清河の援軍にすっかり気を良くして、いかにも強気な口調で国貞たちに迫った。


国貞がおずおずと口を開いた。


「土日にいっさい保志雄に会えないなんて、わたしとっても辛いわ。2日も我慢しろだなんて…。


でも、他の女の子とも絶対会わないって前提なら、なんとか我慢出来るかも…。


そのこと、約束してくれる、保志雄?」


「あぁ、誓うよ。


天地神明にかけて」


「そう…。ならば、わたし、そういうことで構わないわ」


国貞は視線を下に落として、モジモジと同意を表明した。


やった! 賛成者が3名。残る1名は…。


屋敷が心なしか顔を上気させながら、僕にこう尋ねて来た。


「キヨスミ、クニクニのふたりがこうしてその条件を受け入れたのに、もしわたしだけが反対したら、わたしはホッシーの彼女候補から降りなきゃいけないってこと、だよね?」


「まぁ、そういうことになるかな。


僕の気持ちを分かってくれない子とは、もとよりお付き合いしたくないんだよなぁ」


両手を背中で組みながら僕がうそぶくと、納得したように、屋敷は言った。


「分かった。わたしもその条件でいい。土日はおとなしくしてる。


でも……ホントに今後一切、わたしたちと休みの日に会ってくれないの?」


いかにも切実感の漂う屋敷の質問に、僕は笑顔で答えた。


「もちろん、金輪際こんりんざい会わないなんてことはないさ。


今の状況のように、僕自身が必要だと思えば、きみたち3人と同時に会うってことまでは禁止じゃないよ。


僕自身の自由意志に基づく行動なんだから。そして特定のひとりと会うことにもならない」


「そう。それなら…」


僕の答えを聞いて安心したのか、顔をほころばせる屋敷だった。


ムチをふるうだけでなくしかるべき時にはアメも出す、これが交渉の基本。


要求と譲歩、このふたつの使い分けが効を奏して、国貞、屋敷という守りの堅い2城もあえなく陥落となった。


賛成多数で本議案はめでたく可決。しかし会議はそれで終了ではなかった。


実は、もう1件の重要な議案があったのだから。


「それでは、みんなにもうひとつの提案をしたいと思う。


これまでは、僕と淑子、美禰子は、週に1回ずつ一緒に帰宅する約束をしていて、実際今週それを木曜と金曜に実行したわけだが、その決まりごとをいったん白紙にしたい」


その発言により、3人の女子の表情が一気に緊張するのがよく分かった。


矢継ぎばやに、僕は話を続けた。


「もちろん、誰とも一緒に行動しないとか、そういう無体むたいな提案をしたいわけではないから、安心して聞いてくれ」


その言葉に、3人の女子の表情も緊張緩和デタントとなり、話を聞くゆとりが出てきたようだった。


「今週、僕は淑子、美禰子、ふたりのご家庭を訪問をすることになり、少し予想以上の、というよりはいささか度を越した歓待をご家族や本人から受けてしまった」


僕はそこでいったん言葉をのみ込み、国貞と屋敷の様子をうかがった。


ふたりともその時の出来事を思い出したのか、顔を赤らめてうつむいている。


「そこで強く感じたのは、まだ正式な恋人でも、ましてや婚約者でもない相手のご家庭に上がりこみ、入りびたるような真似は、時期尚早しょうそうだったということだ。


ということで、きみたちを家まで一緒に送って行くことは、今後いっさい遠慮させていただく。


その代わりに…」


「「「その代わりに?」」」


同時多発で声が上がった。僕は話を続けた。


「淑子、美禰子、そして新たに澄美も加えた3人、そのひとりひとりと週に1回ずつデートすることにしたいと思う。


場所は当然、自宅以外のところだ。高校生が入ることを許される健全な場所に限られることは言うまでもない。


毎週月曜日にきみたちから、その週の希望の曜日を提出してもらい、僕の都合と突き合わせておのおののデート日を決める。


僕自身はスピーチ部、みんなはそれぞれ部活や委員の仕事があるだろうが、このやり方でたぶん調整がつくだろう。


どうしてもその週に都合がつかないひとは、翌週に持ち越して、その場合は週に2日デートってことになる。


どうだろう、この提案?」


「要するに、週1回保志雄とデートする権利は完全に保障してくれるということね」


まずは、国貞が聞いてきた。


「あぁ。それは間違いない。公明正大なやり方でいくつもりだ」


続いて、屋敷が意見を言う。


「ライバルが増えて正直うれしくないけど、本当に公平にデートしてくれるのなら、そのやり方に従ってもいいかな。


希望を言うなら、わたしは門限が8時なので、その時間ギリギリまで付き合ってほしいんだけど」


「分かったよ。リクエストには可能な限り、応じるつもりさ」


「ありがとう、ホッシー」


最後に清河がこう言ってきた。


「わたしは保志雄のこと信じているから、その提案に賛成するよ。


3人がまったく同じ条件で、保志雄に自分のことアピれるのはいいと思う。


他の子になんか負けないぞって気持ちが湧いてくるもの」


そう言って、清河は瞳に闘志をみなぎらせた。


ほかのふたりは、その清河の勢いに若干押され気味ではあったが、新たなライバルの出現にいよいよ気が抜けなくなったようだった。


「キヨスミ、上等だよ。わたし、ホッシーを譲るつもりはないから」


「屋敷さん、その言い方もどうかと思うわ。


保志雄はあなたのものになったわけじゃありませんからねっ!」


その国貞の異論に、さらに清河がツッコむ。


「もちろん、国貞さんのものでもありませんよっ」


「まぁまぁ、きみたち、小競り合いはそのへんにしてよ。


せっかくうまく話がまとまったんだからさ。


基本、平和協調路線で行かなきゃ」


そう言ってなだめてみたものの、彼女たちのにらみ合いは当分やみそうになかった。


仲裁役は、実にラクじゃない。


(第一章・完)


……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ………


皆さま、いつも「僕はモテモテです。ジミ子限定ですが。」をご愛読いただき、ありがとうございます。


この第42話で3ヒロインがついに横一線に並び立ち、「僕モテ」はひとつの区切りを迎えることとなりました。


まだまだ保志雄のモテ道追求の旅は続きますが、今回をもちまして第一章は完とさせていただきます。


しばらく第二章準備のため、連載はお休みいたしますが、必ずまた新たなストーリーで皆さまの前にお目見えいたしますので、楽しみにお待ちください。


なにとぞよろしくお願いいたします。さとみ・はやお拝

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【改訂版】僕はモテモテです。ジミ子限定ですが。 さとみ・はやお @hayao_satomi

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