BLACK "LOVE" HOLE!! - The Love me tender in event horizon

立談百景

BLACK "LOVE" HOLE!!

 とにかく!

 とにかく私は好きになった男の子にはデレっデレになってしまう性格みたいで、純情で一途で男の子からみたら女の子の理想みたいな恋愛性格をしているというのは、全部友だちからの私分析。じゃあ私は私をどういう風に分析するのか。実はそれが出来ないから困っているのだ。つまるところ、私自身は私自身のことをいまいち掴めていないような、そんな感じなのだ。そんな状態で私が人を好きになって好きになって好きになりまくっても、私自身は私自身をどうやって相手に魅せれば良いのかわかんないし、相手もそんな不安定な感じの私を見て魅力を感じることはないだろうと思う。十七歳、男性経験なし、おっぱいの大きさは普通だけどきれいなお椀型で売り出し中の私をよろしく。

 いやいやよろしくとか言ってる場合じゃないし。私は本当に人を好きになって恋をして愛をしたことがないからなんか切羽詰まってるって、そういう話だし。周りの子たちにはカレシが出来てみんな浮かれて無重力状態なのに私だけまだ地球の引力圏の中みたいな、そういう話だし。

 いやいや待って。そもそも本当のところはそんな話じゃない。本当の本当に根底のところは、私は私自信のことをもっと知らないといけないって、そういう話じゃん。そうとも、そういう話なのだ。私は私自身のことをもっと良く知りたい。私自身のことをきちんと知って、そして私自身というものをきちんと知った上で、恋とか愛とかそういうことをしたいのだ。恋とか愛とかがどこからやってくるのかなんて私には全然分かんないけど、私はその恋とか愛とかがいつやって来ても大丈夫なようにしておかなくちゃいけないのだ。

 なんて思ってたら、私はまた恋をしてしまう。

 私が恋をした相手はブラックホールだった。

 ホントにもう大好きで仕方がなかった。私は今までの十七年間を恋多く送ってきたわけではないけれど、これは人生で最大の恋だと思う。恋をするという感覚を皮膚でひしひしと感じている。今までにない感覚だ。そういった意味では、これは初恋だと言えるのかも知れない。ちくしょう恋の野郎め、一体どこからやって来やがったんだよ、くそー。ずりーやつだ。なんて、恋への悪口は慎むとして、それにしてもブラックホールというのはとてもシャイな性格をしている。まず姿が見えない。文字通り重力の塊みたいなもんなんだから、私たちの目ではまず絶対に見えない。そしてさらにその奥のシュヴァルツシルト面の向こう側も絶対に私たちに見せてくれない。それに結構なつっけんどんで、近づいてくるものを何でもかんでも素粒子レベルにバラバラにしてしまうらしいのだ。なんでこんなんに恋しちゃったんだろ、私。彼の中を覗いてみたくて私は彼の隣で駄々をこねるけど、しかしそもそもブラックホールは私を簡単には側に置いてくれない。なぜかと問えば「君を素粒子に分解してしまうから」だと言う。

 うるせえ。もうそんなもんはどうでも良いからさっさと私を分解しちまえと私は思う。邪魔な私を分解して原子にして素粒子にして逃れられなくしてさっさと事象の地平面の向こうを見せてくれればそれで良いと思う。そうしたら私も彼の内側を覗けるし、彼にとっても邪魔ものは消えて一生見ることもなくなるのだ。万々歳だ。しかし彼はけしてそうしようとはしない。私を消そうなんて微塵も、それこそ素粒子ほども思っちゃいない。私はきっと、彼のそういう優しさに惹かれてしまったのだ。私になびいてくれる様子もないのに優しくしてくれるなんてズルすぎ。やっぱり本当に、いっそ分解してもらった方がどんなにありがたいだろう。分解して分解して私をその大きな重力で包み込んでくれた方がどんなにありがたいだろう。包んで包んで光も逃さないその体で私も逃さないで欲しい。でもやっぱり彼はそうしてくれない。なぜならやっぱり「素粒子に分解してしまうから」。

 どうして私は素粒子なんかになるんだろうと思う。しかしどうしてもこうしてもない。体があるから、つまり私という存在が物質なのだから素粒子になるのだ。素粒子になるってのはどういうことかと言うと、つまり私はこの世で極めて小さいツブツブな物質になってしまうのだ。逆に言えば、この極めて小さいツブツブな物質の集まりが私なのだ。じゃあこのツブツブになってしまった私ってやつは本当に私なのかと言えば、それは私ではなく素粒子で、過去形では確かに私なのだけど、もしも私が素粒子になったのならばそれは進行形で素粒子なのだから私じゃない。生物は皆アミノ酸から生まれてきたけど、それはアミノ酸の集まりが生物であって、けしてアミノ酸そのものが生物だということではないのと同じだ。そもそもアミノ酸でさえ素粒子の集まりなのだ。だから素粒子分解をしたら私は私じゃなくなってしまう。存在というのは常に進行形だ。私と私じゃないものの境目なんてやつは曖昧だけど、どこかで私は私ではなくなってしまう。私はこの思考か、それとも肉体か。しかしそれはきっと、その両方なのだ。だから私が思考と肉体に分かれてブラックホールに近づいて素粒子になれば私は体も脳細胞も思考もないただの小さくてたくさんの物質になってしまってもうそれは私とは言えなくなる。ダメじゃん! そこで私はようやくブラックホールの本当の優しさに気付く。気付いちゃう。そうだ、私のことを私のままであるようにと、彼はそういう意味で私を側に置いてくれないのだ。「素粒子に分解してしまうから」! 素粒子になったら彼を好きな私は、私じゃなくなってしまうから! けれど私はあまり頭が良くないから、その優しさに気付いたことで尚のこと彼に近づきたくなる。でも近づけなくて泣きたくなる。もどかしい。もどかしくてもどかしくて色々な感情とか体がうずいてくる。でもうずいたところでどうしようもない。私は素粒子になるからだ。

 じゃあ私はなんだったら良いんだ。私が女の子で人間で物質でなければ、私はどういう形で彼に近づけるのだ。そもそも私ってなんだ。私は私とかそういうことじゃなくて、私は何県何市何区の誰子さんとかそういうことでもなくて、あーもう! 意味わかんない! 私は人間で考える人間で思う人間で恋する十七歳でモテない十七歳で女の子だけど、それを全てひっくるめて私ってなんなんだ。わかりません。そういう難しいことは別の人が考えてください。そして答えを教えてください。なんてことを考えてたらブラックホールが教えてくれる。「君は誰でもない。あるいは君ですらないかも知れない」。で、余計に意味がわかんなくなる。結局じゃあなんなの? 私は私じゃないとかそういうことを言われても困る。私は今まで私のことを私だと思って生きてきたのだ。そんなものを否定されてもどうしようもないし、私がなんなのかが分かんなくても、少なくとも私が私であることは最低限の事実だ。というようなことを言い返すとブラックホールも言い返してくる。「君は素粒子に分解される、もしくは素粒子の集まりだ」。そして私はハッとする。

 つまりそれは、私がやはり素粒子の集まりだと言うことだ。素粒子ってのはなんなのかと言うと、つまりこの宇宙で最も小さいもののうちの一つだ。それらが集まって私があって地球があって太陽系があって銀河があってそれ以外にも暗黒物質とかフォトンとか空洞とかがたくさんあって宇宙がある。

 なんだ、私って宇宙じゃん。てゆうかみんな宇宙じゃん。あぶねー、危うく自分の小ささに惑わされるところだったぜ。ブラックホールはすごい! 私のもやもやを一発で解決! と思ったけど私は最も解決したいことが解決していなくてまたハッとする。

 だから好きだっつってんだろブラックホールこの野郎。

 でもブラックホールに愛の言葉は通じない。じゃあどんな愛が通じるのか、それも分からない。私は自分がなんなのかを知ったけど結局私が素粒子になってしまう存在である以上、彼にはどんなアピールも通用しない。振り出しだ。振り出しって言うかそもそも何も進展してない。前に進もうにもサイコロもルーレットも存在してない。てゆうかもう良い。もう知らない。私は私がなんなのかが分かったから、それで良い。フン、もうブラックホールのことなんて好きじゃないもんね。さよーなら。私は別の恋をします。だから私は隣のクラスのイチオくんに恋をして撃沈して、更にその隣のクラスのオサムくんに恋をしてまた撃沈して、更に更にその隣のクラスのウブカワくんに恋をして恋をして必死にアピールしてデートしてチューしてエッチして超ラブラブだったけど二年後にウブカワくんが浮気してフラれて、それからそれを慰めてくれた男友だちのヤマちゃんとちょっとずつ良い感じになってウブカワくんにフラれてから一ヶ月後に付き合い始めたけどその二年後にヤマちゃんが浮気してまたフラれて、フラれっぱなしのまま気付いたら私も二十一歳だった。二十一歳て。もういい歳なんだからとかイトコのおばちゃんに言われちゃうような年齢じゃん。慌てるような年齢じゃないけど気付いたらもう子どもじゃない。私は素粒子になるどころか身長も体重もおっぱいもお尻も大きくなった。そりゃ大きくなるさ、宇宙だもん。で、ブラックホールもでかくなってるし。久しぶりに会ったブラックホールは私に「大きくなった」と言う。そりゃ大きくなるさ、宇宙だもん。彼も大きくはなってたけど、どうやら図体以外は全然変わっていなかったようなので私はなんとなく安心する。安心して安心して私は泣きそうになるけど泣かない。懐かしくて昔の私の好きすぎた想いを思い出して泣きたくなるけど絶対に泣かない。泣くと色々と減ってしまうのだ、水分とか塩分とか自尊心なんかが。

 実は水分とか塩分とかってのは心を守るための物質で、普段は心を分厚い膜のように覆っている。けれどそれは泣くとすり減っちゃって、やがて心が無防備になってしまうのだ。そのせいでなんでもかんでも許してしまって相手に付け入る隙を与えちゃう。心への侵入を許してしまう。

 逆に、ものすごく泣きたい時ってのは、それは心をさらけ出したいという願望がどこからかやって来ている合図だから注意しないといけない。注意しないと他人が心にずかずかと入り込んできても、それを許しちゃう。そしてずかずかと入り込まれたまま、その他人を入れたまま、再び水分と塩分が心に膜を張って閉ざしてしまう。人が弱っている時に付け入ってくるやつなんて、潜伏型のウイルスかトロイの木馬のどちらかだ。注意しないと、もっと傷つくことになる。

 心は傷がつきやすい、もろいものだ。けれど傷ついた心ってのは、水分とか塩分とかに守られたままじゃ治りが遅い。泣いて水分と塩分を出してしまえば空気に触れて治りやすくなるけど、さっきみたいに誰かに付け入られてしまう。でも泣かなければ、心は守られる。心をさらけ出さないで済む。

 傷ついた心からは自尊心が丸見えになっていて、困ったことに、この自尊心と言うやつは本当にデリケートだから、もしも丸見えのときに誰かが入ってきて傷をつけちゃうと、ずっとずっと尾を引いてしまう傷になる。だから一度でも傷がついたら大変なのだ。だから、私は極力泣かないようにしている。もしもうっかり泣いちゃったら、数日間は人と会わないようにする。とにかく自分の心は自分で守ってやるのだ。治りが遅くて自尊心が剥き出しの心でも、さらけ出さなければそれ以上傷つくことはない。きちんと自分の水分と塩分が守ってくれる。だからゆっくりゆっくり、自然に治してやれば良いのだ。だから泣いてらんない。絶対に泣いてやるもんかと思ってるとブラックホールは見透かしたように言う。「変わっていない」。さっきはでかくなったとかなんとか言ってたくせに変わってないだなんてどういうことだよ、ちぐはぐすんな! なんて思うとブラックホールはいつものように言う。「君は宇宙で、素粒子で、女の子だ。矛盾なんかじゃない。それで良いんだ」。彼はこんな私でも変わらず慰めてくれる。くそー、やっぱ良いヤツだ。

 それから、ヤマちゃんにフラれて数ヶ月、私はしばらくブラックホールとお話をした。つまんないことだ。大概は私の愚痴だ。それも失恋の。きっと彼にとっては苦痛だったに違いないけれど、でも私は自分の口を止めらんない。私は命が尽きるまで口を動かそうとする、まるでガソリンを使い切ろうと躍起になったエンジンみたい。全くとどまることを知らない私の不平不満、それを全て飲み込んでゆくブラックホール。ああ! やっぱすごい! でも私は意外にも、この私がこの世で一番好きになったであろう彼のことを、再びそういう風に見ることはなかった。つまり私は彼に恋をしていなかった。自分でも意外だが、そういうこともあるのだろうと私は気にしていなかった。彼は私を側には置かないけれど、私は彼の側に寄ろうとしない。けれど私たちはお互い、極めて近しい位置にいる。それは心地よい関係だった。

 その関係がかれこれ一年くらい続いて、私は不平不満よりも最近の楽しいことを彼に話すようになる。短大を卒業してから入った会社の仕事が最近ちょっと面白くなってきたこととか、駅前に新しく出来たケーキ屋さんのこととか、友だちがエステティシャンでちょっと得したとか、そういうつまんないことだ。大概は私の話だ。でも彼はそんなつまんない話をじっと聞いてくれる。時々相槌を打って、時々笑ってくれる。実に、実に心地よかった。これってなんだろ。すっごく心地よいけど。

 そんなある日、珍しく彼から口を開いた。「謝らないといけないことがある」。申し訳なさそうに声を曇らせる彼が謝罪を述べようとする。しかし私はそれを聞くよりも早く、彼のことを許そうと思った。どんなことを言われても許して受け入れてまた彼とおしゃべりするんだ。だからどんなことを言われても私は彼を許すに決まっているし、そして事実、私は何の躊躇もなくそれを許したのだ。

 少し長い沈黙があってから、彼は「君は素粒子に分解されない」と言った。どうやら、彼の近くで素粒子に分解されるのは、もっともっと、私なんかよりももっともっともっと大きなものなのだと言う。私みたいに小さな物質は素粒子に分解されることはないのだそうだ。でもだったら、なぜ彼は私が近づくのを拒んだのだろう。それだけはとても気になる。やっぱりあのときの私はすごく鬱陶しい女子高生だったんだろうか、だとすればすっごく恥ずかしい過去じゃんやべー、なんてことを考えていると彼は言った。「僕は僕自身が、何なのかを知らない」。

 え。ブラックホールでしょ? 何言ってんの? と思ったけど、どうやらそういうことじゃなくって、つまり彼に吸い込まれた物体がどうなるのか、彼自身が一番よく分かっていないと言うことらしかった。そんな得体も知れない自分の側に、私を近寄らせたくなかったのだと言う。なんだよ、結局優しいんじゃん。ずるい。もう!

 で、私は気付く。何に気付いたのかと言うと、この心地よさがなんなのか、それに気付いたのだ。

 ああ、これって愛じゃん。

 そうだそうだ、これは愛の距離だったのだ。これ以上しっくりくる言葉はないぞ。近づけるでも遠ざけるでもない、どちらかが一方的に近づきすぎる恋でもない、それは愛だったのだ。わー、まさか愛だったなんてねー、うふ。なんか超嬉しいんですけど。超嬉しくて私は地球から浮いて無重力! だから私も彼を存分に愛することが出来る。そして彼は昔から私を存分に愛してくれている。ああ、まさか愛だったなんてね、うふふ。

 そして私はこれから愛を貫くことにする。身も心も彼に捧げてやろうと思ったのだ。

 そして愛を貫き愛を貫き、貫きすぎたせいでぽっかりと穴ぼこの空いた私の愛は、その穴からちょっとずつ表皮が剥がれて血が滲んで肉を剥き出しにして神経とか痛覚とかを野ざらしにしたまま、それでも貫かれる。そして彼もきちんと私を愛してくれる。そして私の恋が終わる。ついに私の愛が始まる。

 愛はすごい。穴が空いちゃって塩分とか水分とかがとっくにどこかへなくなって剥き出しになってる私の心をきちんと守ってくれてる。浅瀬でちゃぷちゃぷやってるような愛なんかじゃ、人の心をこんな風には守れないだろう。深い愛があって初めて、心は包まれるのだ。そして私の愛も、ちょっときたならしいかも知れないけど、それでもきちんと彼を包んでる。私も彼も、包んで、包み込まれるようになる。私たちは通じ合って、何年も何十年も、一緒に一緒を愛してる。私は一生涯、愛を貫いてゆく。

 そして私は老いる。私は大きくなって大きくなって四十歳くらいまで大きくなってスーパーノヴァ、そこから徐々に小さくなっていって小さくなっていって、私の愛も重力に飲まれて小さくなっていって、それでも私は愛を貫き続ける。そしておばあちゃんになっても貫いた私の愛は、ついにシュヴァルツシルト半径よりも小さくなる。貫いた愛には大きな穴が一つ。そして私の愛は、その大きく貫かれた穴から、ついにブラックホールになった。ああ、なるほど。うふふ。

 恋とか愛とかはどこにあるんだろう。

 きっとそれはブラックホールの中なんだ。

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