100%の大団円
週が明けた月曜日の夕方。
ヨーロッパへ新婚旅行に行っていた父さんと葉子さんが帰ってきた。
リビングに入ってくるなり、父さんは以前と変わらない元気な声で叫ぶ。
「いよぉおぉぉ!! 春彦ぉ! 天音ちゃん! お父さんが帰ってきたぞぉー!!」
「おかえり、父さん。新婚旅行はどうだった?」
「もちろん楽しかったぜ! おっと、これお土産な」
父さんはそう言うと、旅行カバンに手を突っ込んで紙包みに包装されたお土産を取り出した。
ヨーロッパのお土産か~。どんなものか楽しみだな。
なんだろう? 定番ならチョコとか? きっとオシャレなものに違いない。
期待で胸を膨らませて包装紙を取ると……、気持ちの悪い気妙な顔の人形だった……。
「父さん……。なにこれ……」
「ああ! よくわからんが、それを見ていたら気合が入りそうだろ! 見た瞬間にビビビッ! ってきたぜ!」
「そのビビビって、たぶん悪寒だと思う……」
「ちなみに今のやつはネタで、こっちが本命。有名店のチョコだ! がーっはっは!!」
「ったく……。でも、ありがとう。嬉しいよ」
帰ってきて早々これだよ。
でも父さんらしいといえば、そうかもしれない。
今度は荷物の整理を終えた葉子さんが話しかけてくる。
「一週間。お留守番ありがとう。おかげで二人でゆっくりできたわ」
優しい表情で微笑む葉子さん。
どうやらこの調子なら、新婚旅行を満喫できたに違いない。
「俺達に気を遣わず、二人とものびのびとしてください。新婚なんですから。なぁ、天音」
「うん。私達のことは心配しないで」
葉子さんはじっくりと俺達二人を見た後、クスクスと笑い出した。
「うふふ。なんだか二人とも、以前より距離が近くなったみたいね。同じ空気感があるわねぇ。なにかあったの?」
「「えっ!?」」
突然言われた葉子さんの一言に、俺と天音は驚いて同時に声を上げてしまった。
「いや、その……。特別なことは……」
「ないない! 本当にいつも通りだって! お母さん、何を言ってるのよー!」
「うふふ。ごめんなさい」
特別なことはない……。それは半分本当で、半分ウソだ。
俺と天音の毎日は全てが特別で、特別なことが普通になっている。
だけど夏祭りの夜、俺達の関係は大きく変わった。
大人になったとかそういうことではない。
心の奥底から彼女のために生きていきたい……。そう思えるようになった。
それは天音も一緒だったようで、はっきりと言葉でやり取りはしていないが、彼女の考えはまるでテレパシーで繋がっているように理解できた。
だがもちろん、予想外のことは起きる。
そう、予定調和かもしれない不協和音のような行動を取る人物がすぐそこにいるのだ。
父さんは顎を手で触りながらニヤァ~っといやらしい笑みを浮かべた。
「はっはぁ~ん! わかったぞぉ、春彦。もしかして天音ちゃんとやっちゃったな~!!」
「なっ! なに言ってんだよ!?」
「隠すな隠すな! 男同士じゃないか! がーっははっは!!」
ダイレクトに言われて恥ずかしい俺は必死に否定する。
天音はと言うと、下を向いてプルプル震えていた。
親にこんな話をされるのが、子供にとってどれだけ気まずいのかわからないのか……。
……なんて父親だ。
さっきまでの和やかな雰囲気は一瞬で吹き飛び、今は気まずさで俺と天音は硬直していた。
その横で父親は笑いながら、俺の肩をバンバン叩く。
お前も一人前の大人だな……と、言いたげなやり取りだが、「父さんが大人になれよ!」と心の中で俺は叫ぶ。
豪快に椅子に座った父さんは、上機嫌で話を続けた。
「そういう俺も、この一週間はすごかったんだぜ! 葉子さんとそれはもう……s――gzえあっgっぎょぶばぁぁぁがぁおおぉッ!!!!!!!!!」
ついさっきまでバカ笑いをしていた父さんは、急に悲鳴を上げる。
見てみると、葉子さんが必殺のアイアンクローで父さんの顔面を鷲掴みにしていた。
うわ……、すげぇ……。
父さんの頭蓋骨からきしみ音が聞こえてきそうだ……。
「あらあら。ヨーロッパであれだけ調教してあげたのに、まだ足りなかったかしら。うふふふ」
「ぢ、ぢがう! 葉子ざん! 今のは親子のウィットに富んだトークで!!」
「じゃあ、ご期待に応えて……。お仕置き百パーセント……いきまぁす♡」
「うぎゃああぁぁあああぁぁぁぁぁ!!!!」
アイアンクローを決めたまま、葉子さんは父さんを部屋に連れ込み、鍵を閉めた。
しばらく父さんの悲鳴が聞こえていたが、数分後には静かになる。
百パーセントのお仕置き……。一体、なにが起きているんだ……。
父さん……。無事で……とは言わない。だけど生きて帰ってくることを願ってるよ。
「二人とも、変わらないね」
呆れたように言う天音だったが、その表情は楽しそうだ。
父さんへのお仕置きタイムはすでに我が家では定番のネタだ。
こんなやり取りも、家族全員の仲がいい証拠なのだろう。
バカなことをして、楽しんで、笑いあって。
時には恥ずかしかったり、気まずかったりして。
でも振り返ると幸せで楽しい時間……。
以前はただ流れて行く日常が、今ではすごく充実感がある。
「こういうのっていいよな。ずっと変わらない何気ない幸せな時間って」
「うん」
「これからもずっと、こういう生活が続いて欲しいよ」
「うん。私もそう思う」
二人っきりになったリビングで、俺は天音の肩を抱いた。
天音も体を寄せてくる。
じんわりと、じれったくて甘い彼女への感情が沸き上がってきた。
「天音……」
続きを話そうとした時、彼女は俺の唇を人差し指で抑えた。
「ダメ。その先は私の言葉だから……」
静かに微笑んだ天音は、ゆっくりと言う。
「好きよ。春彦」
■――あとがき――■
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
諸事情で期間が空いてしまいましたが、完結まで執筆できたのは応援してくれる読者様のおかげです。
こうして作品を読んでもらえて、とても嬉しいです。
本当にありがとうございました。
甘粕冬夏
幼馴染で義妹のカノジョと甘い生活を送りたいのに、モテキが到来して修羅場に突入しました 甘粕冬夏【書籍化】通勤電車で会う女子高生 @amakasu-touka
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