第6話
少女は走った。
走り続けた。
男に言われた事を、忘れない様に口の中で唱えながら、街へと向けて。
「孤児院に行きたいんです……孤児院に行きたいんです……こじ……」
このまま進み山道を抜けて街道に出ることが出来れば、安全だ。
だが、街道の手前で少女の足が止まる。
「どうしたおちびちゃん?こんなところで何してるの?」
「ちょっとこっちきな」
二人の山賊が、山道の出口を塞ぐように少女の前に現れたのだ。
元々は街道を走る獲物を見つけるための連絡役だろう。
幼い少女の体力では、この山賊を振り切るのは無理に近い。
「通して……」
「通せないんだよ、ごめんねぇ」
「こいよ」
「やだ……!」
少女が後ずさると、それと一緒に山賊も少女へと迫る。
山賊の手が少女に伸びようとした時、山賊の一人の後頭部にトスッという音と共に矢が突き刺さった。
「あ……?」
山賊の一人が前のめりに倒れる。
何が起こったか分からずに少女は呆然としていると、もう一人の山賊の胸から剣が生え、引っ張られる様にその身体が弾き飛ばされた。
そして少女の真横に、人の乗った馬が止まる。
「無事かな?」
「あ……うん」
はたして少女を助けたのは、端正な顔立ちをした青年騎士であった。
***
山賊の背後、街へと続く街道からやってきたのは馬に乗り、武骨な鎧を青で染めたマントで包む騎士である。
青年騎士の背後から来た騎士達が、馬に乗って山へと駆けていく。
山賊の命運は決していた。
「我らは救援を要請する狼煙を見てここに参った。狼煙をあげたのは君かい?」
「分かんないけど……おじさんだと、思う」
「おじさん?誰だい?」
「おじさんは、おじさんなの」
青年騎士が困った様に首を傾げていると、少女は手に持っていたメダルを騎士へと見せる。
「孤児院に、行きたいんです」
「これは……どこでこれを?」
「おじさんに、これを見せろって」
「おじさんに……おい」
「はっ」
青年騎士は、近くにいた別の騎士へと声をかけると、少女を持ち上げてその騎士の乗る馬へと乗せた。
「貴様、この少女を街のアイリアナ孤児院へと連れていけ」
「はっ」
「おじさんが、山にいるの」
少女は青年騎士へと必死な顔で声をかける。
どうしても会いたい人と別れた様な、そんな顔で。
「おじさんね、私を助けてくれたの」
「……」
「おじさんね、私のママとパパを天国に送ってくれたの」
「む、うむ……」
「おじさん……を、助けてください」
下唇を噛んだ今にも泣きそうな表情で、少女は男の助けを願った。
少女の言葉を聞いた青年騎士は強く頷き
「任せなさい」
そう言って少女の頭を撫でた。
とても優しい撫で方だった。
***
「あぐっ……」
男は腕に刺さっている矢を乱暴に抜き去る。
見れば、男の背負っている特大の背嚢には幾つもの矢が刺さっており、まるで剣山の様になっていた。
「クソが……ご丁寧に毒を塗ってやがる……」
矢が刺さっていた傷口の周りは紫色になり、血が止まらない。
男は口に布をくわえると、ナイフを傷口に突き立ててグリグリと傷口を広げる。
血を流して毒を捻り出そうとする、荒療治だ。
「……っ!……はぁっ、はぁっ……ああ、いてぇな畜生め」
男が悪態をつく間に、山賊が回り込もうと移動している。
自分の血で塗れたナイフを握って、先手を突こうと男は山道に飛び出し、山賊の一人にナイフを突く。
すぐさま転がって別の山賊に飛び掛かろうとした次の瞬間、目の前の山賊の背後から矢が幾本と飛んできた。
「うぉお、危ねぇ!?」
男は転がり、山賊から外れた矢を避ける。
何事かと動揺する山賊達は、矢の後を追う様に馬の蹄の音を轟かせて走る騎兵に次々と仕留められていく。
男が地面から起き上がり座り込むと、その横に一頭の馬が止まった。
「おせぇ!」
「これでも最速で参りましたよ」
馬の上に乗っていたのは、少女を助けた青年の騎士だ。
青年騎士は男へと疎ましげな目を向けると
「それより……騎士団を辞めて掃除屋になったと聞いた貴方が何故この様な場所に」
「人助けだよバカ。あの嬢ちゃん助けてくれたんだろうな」
「勿論です」
「そうかい。良かった」
そう言うと男の視界が徐々に暗くなる。
青年騎士が慌てて男に駆け寄る姿が見えたが、男には青年騎士の声はもう聞こえない。
糸が切れた様に、男はその場で倒れ伏した。
***
数日の後。
街道に蔓延る山賊は全て退治されたと街に通達があり、街の孤児院には一人の家族が増えることとなった。
山賊を退治した騎士達へ、領主はきらびやかな賛辞で持って報いると、街を練り歩く凱旋パレードを催した。
人々は騎士達の行いを讃え、街の子供達は強く正しい騎士へと憧れる。
パレードの先頭を行く青年騎士は街の人々へと誇らしげに胸をはっていた。
少女はそれを見詰めている。
下唇を噛んだ、今にも泣きそうな表情で。
ふと、そんな少女の頭を誰かの手が乱暴に撫でた。
「俺が1000人目になるとこだったぜ」
少女が驚いた顔で上を向けば、乱暴な手の持ち主は笑っている。
片腕を布で吊っていたし身体中に傷が残っていたが、一緒に旅をした時の姿のまま、笑っていた。
少女は乱暴な手の持ち主と自分の手を繋いで ─と言っても大きすぎるので数本の指を掴むだけだが─ パレードで賑やかな街を歩き出す。
少女の服では、古ぼけた二つのブローチと精巧な細工のメダルが並んでいる。
少女はやっぱり泣かなかった。
乾いた地で【短編】 F @kreh
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