第5話
男と少女が森を出て山道を歩いていると、突然男が少女の頭を掴んで地面に伏せさせた。無論、男も可能な限り地面に伏せている。
男が視線を向ける先に少女も男の指の間からちらりと覗けば、ボロの様な革鎧を纏った人影が見えた。
「山賊の縄張りに入っちまったか……」
男は忙しなく周囲に視線を配っている。
他に人影は見えないが、山賊と言うのは男よりも遥かに巧みに山に溶け込む。
どこに潜んでいるか分からない。
「……」
チラ、と男は少女を見る。
手持ちの武器は少ないが、男だけなら逃げ切ることは可能だろう。
しかし、少女を連れている今はそうもいかない。
不意に地面に押さえつけている少女と目があった。
しばらくの間もなく男はニヤリと笑い
「ここで待ってろよ」
そう言って目の前の山賊に駆け出した。
ガサリとした音に山賊が振り向く次の時には、既にその腹部に幅の広いナイフが刺さっている。
男がナイフを捻ると傷口に空気をぶちこまれ、山賊は声もあげずに前のめりに倒れていく。
返り血は最低限に抑えながら、即座に男は目の前の草むらから立ち上がった別の山賊の顔面に、今殺した山賊から奪ったナイフを投げ付けた。
スコン、という音と共に二人目の山賊にナイフが突き刺さるのも意に介さず、一人目の山賊の身体をかつぐ様に男がその下に潜り込んだ。
どこに潜んでいたのか突然現れた三人目の山賊の降り下ろした鉈が一人目の身体にくいこむと半ばほどで止まる。
すかさず男が一人目の山賊の首をナイフで切り裂くと、まだ動く心臓から流れて噴き出した血が三人目の視界を染め上げた。
血で目を潰された三人目がもがいている次の瞬間に、男は鉈を奪って脳天から三人目に叩き落とす。
脳漿をぶちまけて傾いでいく三人目を横の草むらに蹴りいれると、男は少女の所まで戻り
「行くぞ」
「う……んっ!」
少女の手を引き、山賊の死体を隠した草むらとは別の草むらに潜り込んだ。
身を低くして木々に紛れて移動していく。
先ほど殺した連中の死体が別の山賊に見つかる前に可能な限り離れなければならない。
この山道を越えれば街はすぐだが、山賊の縄張りを突っ切る必要性がある。
少女を連れている今、そんな無茶は出来ないが、迂回するにしても少女の体力が持たないだろう。
男は選択を迫られていた。
***
「チッ……ここにもいやがる」
大分距離を稼いだ筈だが、行く先々で別の山賊と遭遇する。
迂回のために山賊の縄張りを抜けるのも一苦労だと理解させられた。
ついさっき殺した山賊の死体を隠しながら、男はやはり周囲に目を走らせる。
そこでくいっと少女に手を引かれた。
怪訝な顔をして少女を見れば、少女は下唇を噛んだ強張った表情で
「大丈夫」
そう言った。
男は一度目を丸くすると、ニカッと笑い、懐から汚れた金属のメダルを取り出すと少女に渡す。
そして山道の切れ目から見える街を指差しながら、口を開いた。
「あの街、見えるな?」
「うん」
「あそこまで走れ。そうしたらこのメダルを見せて、孤児院に行きたいんです、とそう言うんだ」
「うん」
「分かったな?」
「分かった。おじさんは?」
「お仕事だ……よし、行け」
少女が走り出す。
男は少女と逆方向に向き直ると、よくしなる木の枝に山賊から奪った折れた短槍の穂先をくくりつける。そして山賊が少女に気付く前に、視界に入った山賊に向けて即席の投擲槍を投げつけた。
槍は山賊の肩に突き刺さり、上下左右に激しく揺れて山賊の傷口を広げて激痛を与える。
「ありゃあ落ち延びた兵隊崩れだな……ったく」
さらに懐から小さな球体を取り出し、その球体から伸びる紐の先に火をつけた。それを森の木々の間から空に向かって投げると、パン、と軽い音と共に赤い煙が広がる。
悲鳴と破裂音に気付いた他の山賊達が、生い茂る山森の草むらから走り去る男を見つけて激情の叫びをあげて追いかけてくるが、元々引き付けるのも目的だ。
「上手く気付けよ……」
少女の無事のために精一杯のことをしながら、男は祈りと共に走り出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます