08_大混乱①

 リェーチカたちがその騒ぎに気付くのに、そう時間はかからなかった。

 なぜなら山の中で多少離れたところにいてすらわかるほど派手なことになったからである。


 初めそれは、ちょっとした爆発だった。

 まず凄まじい轟音が響き、それから空を一瞬、真っ赤な炎の舌が舐め上げたのが見えた。何が起きているのかと思ったのも束の間、今度は雷鳴が天を裂いた。

 空は青く晴れ渡っており、どう考えても自然現象ではありえない。


「え、何あれ、戦ってる? どういうこと?」

「遣獣でも捕まえようとしてるのかな」

「……それにしてはすごくない?」


 三人は顔を見合わせる。

 絶対に巻き込まれたくないけれど、どうやらこのまま進むと、戦闘が起こっていると思しき地点にぶつかってしまう。

 遠回りをすれば安全に避けられるだろう。でもそれは体力的には厳しいものがありそう……とすでに疲労困憊な都会っ子組の表情を見て思う。


「どうする?」

「森の中だし、樹属性の術を使えば隠れられるかも。気付かれないようにささっと横を通りましょ」


 他に手段もない。

 リェーチカもジェニンカも得意ではないというだけで、学校ではまんべんなくいろんな属性の術を習っている。オーヨひとりに任せるのではなく、これも練習と思って全員でそれぞれ術を使うことにした。


 とはいえ、やはり得意と認識できない程度にはいろいろとおぼつかない。

 気付けば女子たちの周囲には、やたら大輪の季節外れの花やら南国感丸出しの巨大な葉がわんさか出現していた。いずれも北国の夏の森にはミスマッチも甚だしい。

 これはダメかもしれない……と顔を見合わせるリェーチカとジェニンカを、どうフォローしたものかとオーヨがおろおろしている。


 まあそんなこんなで三人は、おっかなびっくり騒ぎの最中に進んだのだった。


 ところがどっこい、近づくほど激しい戦闘の気配は弱くなっていく。なんだもう終わったんだ、助かった――そう思ったのは最初の数秒だけ。

 リェーチカたちが目の当たりにしたのは、血まみれで横たわる白ハーシグループの生徒たちの姿だった。


「え、……何これ」

「大丈夫!?」


 思わずいじめられていることも忘れて駆け寄ったリェーチカを、マーニャが苦しげな表情で睨む。隣にはポランカの姿もあった。

 それと名前も知らない男子生徒がひとり――ひとまず「直接ひどい言葉をかけたりはしてこないが、絡まれて困っているリェーチカたちをいつもニヤニヤ見ている不気味な人」という認識の人物だ。仮称を「不気味」くんとしておこう。


 あとの面子は「よくナマズちゃん呼ばわりしてくる、悪ガキっぽい雰囲気の人」とユーリィだが、彼らの姿はない。


「あんたたち何やらかしたわけ? ――“浄創じょうそうの紋”」

「……お礼なんて言わないわよ。こんなの、ちょっとしたトラブル……」

「はあ? これのどこが『ちょっと』よ。

 ポランカとセーチャも手当てはいる? あとふたりはどこ?」

「たのむー。あー、ユーリィたちはたぶんまだ上……」


 治療系の紋唱の多くは光の属性であるため、ジェニンカの得意分野だ。一部は樹属性でも対応できるのでオーヨも手伝っている。

 どちらも得意でないリェーチカはあたりを見回して残りのふたりを探した。


 周囲はひどい有様だった。地面がえぐれ、岩が砕かれ樹々が折れている。

 岩山の険しい岸壁にはさっきの雷をそのまま切り込んだような形の亀裂が走っており、そこから今もばらばらと瓦礫が崩れ続けていて危険だ。あまりここに長居しないほうがいいだろう。

 上、というのはまさかこの崖の上?


 こわごわと視線を持ち上げてみるとたしかに人影が二つある。しかも片方はぎりぎりのところでしゃがんでいて、あっ、と思った瞬間――地面が揺れた。


「うぁ……!?」


 地震、というには緩やかだった。地鳴りと言ったほうが近い。

 だからそれ自体の衝撃は大したことはないのに、相反して頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されたような感覚に陥った。リェーチカだけでなく、その場の全員が口々に呻いて、地面に倒れ伏す。


 幸いひどい眩暈はすぐに去ったが、きーんという耳鳴りが消えない。

 立て続けにがらがら……と嫌な音がして、崩れた岸壁から誰かが転げ落ちてくる。


 ユーリィではない、つまり「悪ガキ」くんだ。彼はリェーチカの目の前で地面に強かに打ちつけられ、もはやいつもの元気もないようで、小さく呻いたあとぐったりとして動かなくなった。

 その上に瓦礫が降ってきそうだったので、リェーチカはがんがん痛む頭を堪えて無理やり彼を引きずる。


 リェーチカは小柄ではないが、それでも気絶している男子を運ぶのは重労働だ。

 歯を食いしばって彼の胴を引き上げながら、思う。


 ――なんで私、がんばってるんだろ。この人たちが嫌いなはずなのに。


 なんとか悪ガキくんをジェニンカたちのところまで運んだ。幸いその間はあの眩暈は襲ってこなかった。

 あれはいったい何だったのだろう?


 ともかく怪我人を町に運ばなければ。こうした田舎に大きな病院はないだろうけど、学生レベルの治癒紋唱術は応急手当くらいでしかないから、ちゃんとしたお医者さんにも診てもらうべきだ。

 しかしリェーチカたちは三人で、怪我をした生徒は少なくとも四人いる。それに人間を運搬できるような遣獣も持っていない。


「――ユーリィ!」


 せめて最後のひとりだけでも無傷だといいのだけれど、と思った矢先にマーニャが悲鳴じみた声を上げる。

 それで全員はっとして揃って岩山の頂のほうを見上げた。


 つられてリェーチカも天を仰ぐと、事態はさらに悪化していた。



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