06_洞窟遺跡は薄暗い③

 同じ遺跡のレポートを書こうとしているなら、資料館でも出くわす危険がある。

 三人は頭を抱えた。そして少し議論した結果、今日の遺跡調査はもう切り上げてしまうことにした。

 つまり予定を前倒しして今から資料館に行き、三人で手分けして大急ぎで資料にあたって、洞窟の残りは明日に回すことにしたのだ。可能なら題材そのものを変えたかったが、他の土地に移動するような時間はない。


 ともかく入ってきたのと反対側の入り口から遺跡を出る。宿のある町とは逆方向になってしまうが、まださっきの部屋を通る気にはなれなかった。

 それに山の中を歩くことなんて田舎育ちのリェーチカには大した苦労ではない。

 ただ残りふたりは都会っ子なので、ちょっとしんどそうだ。


「ジュールが三人まとめて運べたら楽なんだけどなぁ」


 バテた顔でジェニンカがボヤいている。ジュールというのは犬の名前だ。

 紋唱術では自然の力を借りるだけでなく、動物と契約することで言葉を交わしたり、何かを手伝ってもらうことができる。そういう獣を「遣獣」という。


 ちなみにリェーチカやオーヨにも遣獣はいるが、それぞれリスやコウモリといった小動物なので、山間部での移動を手助けしてもらうのは難しいだろう。


「ほら、もうあそこに屋根が見えてる。あとちょっとだよ」

「……リェーチカはすごいなあ」

「ぜんぜん。うちの地元じゃこれくらいふつうだよー」

「そうじゃなくて……さっきあんなことがあったのに、もう明るく振る舞ってるから。おれだったら丸一日ヘコむ」

「……それは……」


 言い淀むリェーチカに、ジェニンカが助け舟を出す。


「オーヨ、これは忘れようとしてるだけなんだから、思い出させるようなこと言っちゃダメ」

「あ、ご、ごめん」

「いや、うん……あはは……」


 明るく振る舞っている、ように見えるのなら、いいのかもしれないけれど。

 ジェニンカの言うとおり、忘れようとしているだけだ。あんなひどいことを言われて、悲しくて苦しくて、しかもただ泣くしかできなかった自分が情けなくて。


 いつもそうだ。だから、いつも思う。

 ジェニンカみたいにきっぱりと言い返せたらどんなにいいだろうかと。

 ちょっと言い返したくらいで態度を改めてなんてくれないだろうが、それでも言われっぱなしでこれからも学校生活をすごすのかと思うと気が滅入る。


 兄たちならこんなとき、どうしただろう。

 次兄と三兄はそれぞれ首都の学校に通ったことがある。周りにいじめられたり、からかわれたりしたのはふたりも同じはずだが、どうやって対処していたのだろうか。


 手紙に返事を書くたび、それを聞こうかいつも迷って、結局やめている。

 そもそもいじめられていることを伝えてもいない。勉強は大変だが、友人ができて毎日楽しくやっている……という、嘘ではないけど真実とも言いがたい、当たり障りのないことしか書いていないのだ。


 思えば兄たちも、彼らが学生だったころ一度もそんな泣き言は聞かなかった。

 どちらも揃って「勉強が忙しい」としか言わなかった気がする。実際覚えなくてはいけないことが山ほどあるから、それ自体は嘘ではないと思うけれど、やっぱりふたりも今のリェーチカと同じことを考えていたに違いない。


 つまり、きょうだいを心配させたくなかったのだ。




 ***




「なんか思ったより早く終わったなー」

「五人で手分けしてるんだもの、当然でしょ。むしろが入って予定より遅れてるわよ。

 ――ねえユーリィ、このあとどうする?」


 女子は明らかにユーリィとそれ以外とで態度が違う。

 今さらそれを指摘する者もいない。彼らにとってそんなこと、もはや普通で当然で常識だ。


 ユーリィことイェルレク・ワレンシュキは、白ハーシ族を統べる部族長家の長男、言ってしまえばこのハーシ連邦のすべての若者の頂点である。最高権力者の子もまた最高権力者なのだ。

 周囲の取り巻きと呼ばれる生徒たちも、それぞれ官僚の親を持つ――言うなれば親の上下関係が交友にも反映されている。

 全員がユーリィの立場を理解しており、異性ともなれば未来の族長夫人の座を夢見ても無理はない。


 つまり、彼女の態度には明らかにそういう色が着いていた。

 他の男子に対するよりワントーン高い声。顔は自分がもっとも魅力的に見える角度を意識して、言葉遣いも普段から丁寧に。


 しかし対するユーリィの態度は誰に対しても冷静クール、よく言えば平等だ。


「とくに予定は決めてない。自由行動でいいだろう」

「それなら、少し二人で散歩しない? こういう自然がたくさんあるところってカルティワの周りにはないし……」

「――あーッ! ねぇねぇマーニャ、ちょっといーい!?」


 さっそくユーリィとふたりきりになろうと画策するロングヘアの少女――マーニャに、ボブヘアの友人が牽制とばかりに声をかける。

 彼の前であからさまに対立するわけにはいかないので、表情は努めて笑顔。でも眼が笑っていない。


 ユーリィに声が聞こえないところまで離れてから、女子ふたりは小声で言い争いを始めた。


「抜け駆けすんなし」

「あなたも誘えばいいでしょ。あ、もちろん断られてもあたしに当たらないでよ?」

「それはこっちの科白だっつのー。ったくもー、ジェニンカがいなくなってくれてせーせーしてたのに油断なんないなー」

「あの女の話はよしてよ」


 マーニャは不愉快そうに柳眉をひそめる。


「わかるー。幼馴染みだかなんだか知んないけど、調子乗ってんじゃない? あれ」

「ユーリィも無視すればいいのに、どうしていちいち相手してあげるのかしら。そのくせあたしたちにはちょっと冷たいっていうか」

「あーね、……でもそれがイイとこでもあんだよね〜。『氷の王子』だもん」

「そうそう。それが悩ましいのよねぇ……!」


 途中からはただの世間話だった。なんだかんだで仲のいい女子たちがキャッキャとはしゃいでいるのを、残された男子たちはつまらなさそうに眺める。

 一方ユーリィは、山肌を見上げた。



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