03_遺跡に行こう!②
「も~……ほんっと毎度毎度なんなのあいつら……」
「リェーチカ、大丈夫?」
「オーヨもでしょ……あとジェニンカ、ありがと、追っ払ってくれて」
もっと平気なふりができたらいいのだけれど。隠しきれずに声が震えてしまうリェーチカたちを見て、ジェニンカが申し訳なさそうな顔になる。
そんな表情、しなくていいのに。
国内でもっとも立場の弱い少数部族のリェーチカは、編入してすぐ彼らに眼をつけられた。
こちらが何かしたわけじゃない。単に水ハーシなんて学校全体でもリェーチカ一人しかいないので、嫌でも目立ってしまうのだ。
彼らは視界にリェーチカが入るだけでやじを飛ばし、侮蔑を込めた呼び名をつけて、ただ真面目に生活していることすら嘲笑う。
見かねて声をかけてくれたのがジェニンカだった。
彼女もあちらと同じ首都育ちの白ハーシ族なのだが、考えはまったく違って、もともと彼らに対して反発を感じていたらしい。それがリェーチカを庇うという形で表出し、今や真っ向から対立するようになった。
だから向こうの言い分は「裏切り者」というわけ。
オーヨを引き入れたのも彼女。
赤ハーシ族の学生は他に何人もいるが、彼はなまじ頭が良いものだから、入学して最初の試験で学年トップになってしまった。それで注目されて以来、やっかみと嫌がらせを受けているそうだ。
そういうわけで自分たちは、いわば「はみだし者トリオ」なのである。
(……お兄ちゃんたち、知ってたんだろうな。里の外がこんな感じだって)
やけくそ気味にクッキーを貪りながら、ぼんやりそう思った。
リェーチカには兄ばかり三人もいる。
進学を勧めてくれたのは長兄で、残りふたりはどちらもいい顔をしなかった。とはいえ、それぞれ仕事や結婚などですでに家を出ていたから、強く引き留められたわけでもない。
代わりに首都の別宅には小まめに手紙が届くようになった。どちらも妹への心配が切々と滲み出た文章で、我が兄たちながら過保護だなぁ……と入学前は呆れていたものである。
ちなみになぜ首都に別宅があるというと、リェーチカはただの水ハーシ族ではないからだ。
「同じ族長家なのに、どーしてあんなクソったれな態度なのかしら? あれが将来
「いや、ぜんぜん同じじゃないよ。うちあんなお金持ちじゃないもん」
「お金なんて関係ない。っていうか、そうあるべきだと思う。人数も歴史も関係なく、そもそもが同じハーシ族として平等であるべきなのよ。それをあのバカは……」
憤慨するジェニンカに思わず苦笑してしまったが、その言葉には賛同したい。
リェーチカの実家――スロヴィリーク家は部族長の家柄であり、今は一番上の兄がその任を務めている。首都に別宅があるのは水ハーシの代表が『民族議会』に出るためで、本来はそれも部族長の仕事だが、今はその座を退いた父が代行している。
何しろ交通の便がとてつもなく悪いため、気軽に行き来ができない。なので里と首都で仕事を分担しなければ回らないのだ。
「困ったなぁ」
車窓をぼんやりと眺めながら、まだ昼前なのに疲れた表情のオーヨが呟いた。
「……この列車、行先はそんなに多くないんだよね。また遭わなきゃいいけど……」
女子ふたりも頷く。なんなら神にも祈りたい心境だ。
そしてリェーチカはその奥底で、なんだか嫌な予感がする、と思っていたのだった。
***
列車はつつがなく目的の駅に着いた。そこから馬車に乗り換えて、果てしなく揺られることおよそ二時間。
三人は無事、目指す場所の前に立っていた。
フョーフト洞窟遺跡。その名のとおり、見た目は山の岩肌にぽっかりと空いた何の変哲もない洞窟で、その入り口に看板がなければ見落としてしまいそうな地味さだ。
持ってきた資料によれば、内部には三つの部屋があって、それを一本の細いトンネルが繋いでいる。
通路は想像していた以上に狭く、標準的な体型の三人でもひとりずつ通るのがやっとなくらいだった。
もし太っていたら入ることさえ困難だったろう。今後はクッキーのやけ食いは控えたほうがいいかも、とちょっと思う。
ちなみにここは人工洞窟らしい。たとえ紋唱術を使ったとしても岩盤を掘削するのは容易ではなかっただろうから、通路が最低限の幅しかないのも仕方ないかもしれない。
「うーん、灯りはあるけどそれでも暗いわね。――
ジェニンカが手袋をした手で、空中に模様を描きながらそう唱えた。
これが紋唱術。手袋など専用の道具で「紋章」という紋様を描き、招言詩という呪文を唱えることで、いろいろな現象を起こす。
この世のすべてのものは紋章によって成り立つとされている。紋唱術の学校では、図匠の意味や構造、術の理論、詩文の探究、神や信仰との繋がりなどを学んでいる。
ジェニンカの描いた紋章は淡い青緑色に輝いたあと、乳白色の光を放つスズラン状の花の形に変化した。光は彼女の得意属性だ。
茎はくるんと丸くなり、さながらランタンのような形に整えられる。
灯りを掲げたジェニンカに先導してもらい、あとに続いて道なりに進んでいくと、最初の部屋に着いた。
室内は中央に光源用の紋章が煌々と浮かび上がっていて、廊下よりも多少明るい。つるつるに磨き上げられた四方の壁すべてに、床から天井まで隙間なく、びっしりと紋章が刻まれていた。
なかなか壮観な眺めに、三人はほうっと息を吐く。
「思ってたよりすごいかも」
「よかった……レポートに書ける内容が少なかったらどうしようって、正直ちょっと思ってたから」
「あはは、オーヨってば心配性ね」
そんな会話で笑い合いつつ、荷物からノートを出した。
まずは壁に記された模様を記録していく。昔のものだからか、今の紋唱術で使われる紋章とはあちこち異なっているが、手袋で触れるとぼんやり光って幻想的だ。
そろって熱心にのめり込んでしまい、洞窟内はにわかに静まり返った。
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