02_遺跡に行こう!①

 ひと口に宿題といっても、リェーチカの通う学校は少し特殊だ。


 この世界には「紋唱術」という物理法則を超越した技術が存在する。リェーチカが通うのは国立紋唱学校といって、紋唱術に関わることがらを専門に学ぶ学校だ。

 名称のとおり母国ハーシ連邦でもっとも古く権威のある、都心の名門校である。


 紋唱術は神々と信仰に深く結びついているため、出された課題にもそうした内容のものが少なくない。

 夏季休暇が始まって二日目の今日、リェーチカはとある遺跡のレポートを書くために、現地に向かっていた。


 もっと単純に言えば、待ちに待った親友たちとの小旅行だ。もちろんジェニンカとは宿も同室なので今夜は楽しい夜更かしが待っている。


「ねえオーヨ、そのフョーフト洞窟遺跡って穴場なの?」


 行きの汽車内で流れゆく車窓の外を眺めていると、隣のジェニンカが明るい声を出した。

 彼女の向かいに座っている金髪の少年が、もうひとりの友オレート・ザフラネイ。彼は愛称形でオーヨと呼ばれている。


「たぶんね。ちょっと奥まったとこにあるらしいから」

「あれ、実家こっちのほうなんでしょ? 行ったことないの?」

「うん、知らないところのほうがレポートの調査も面白いかと思って。……二人を付き合わせるみたいで申し訳ないけど……」

「ぜんぜん! むしろずっと助けてもらってるから感謝しかないよ。ここのことも知らなかったし、私ひとりじゃ行く場所も決められなかったもん」

「わたしもあんまり他の州って行ったことないから新鮮よ。楽しみ」


 三人は和やかに談笑しつつクッキーを摘まんでいた。ちなみにリェーチカの手作り、それも今朝焼いたばかりの出来立てである。

 勉強は苦手だけれど、料理ならずっとやっていたから得意だ。


 実家という単語が出たが、この三人は性別だけでなく、出身地も属する部族も異なる。

 ここハーシ連邦は、六つの民族からなる多民族国家。

 元は同族だったので今も民族名にはみんな「ハーシ」とつくし、言葉もほとんど変わらないので、お互い民族衣装を着たりしなければわからないくらいの違いしかないけれど。


 歴史上の長い期間、周辺の国々にばらばらに支配されてきたハーシ族は、絶えず変化する国境によって長らく分断されていた。

 けれどそれも昔のこと、今はこうして一つの国になり、出身地や部族に関係なく仲良くなれる時代だ。


 と……思いたいのだけれど、も。


「――おいおい、女ふたり連れていいご身分じゃねーか、よぉ」


 急にコンパートメントの個室のドアが乱雑に開かれた。一緒に同じくらい粗暴で嫌味っぽい声が放り込まれて、三人はうんざりしながらそちらを見る。

 いずれも明るい銀髪の少年少女数人が、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。


「……あんたらも乗ってたの? 最悪」

「それはこっちの科白よ、裏切り者。同じ白ハーシとして恥ずかしくないの?」


 絡んできた集団にはこの前絡んできたロングヘアとボブもいた。一見すると彼女らと男子二人、合計四人のグループだ。

 でも彼らが揃っているということは、たぶん後ろに五人目がいるのだろう……と、リェーチカはすでに悲しい経験値によって察していた。

 もう知っている。彼らはただの取り巻きで、中心には必ずボスがいる。


「もちろん恥ずかしいわよ、同じ部族があんたらみたいな差別主義者なんて。

 それもこんなにたくさん金魚のフンくっつけて、むしろそっちが恥ずかしくないのか不思議なくらいよ、ユーリィ! 前に出てきなさいよ!」


 ジェニンカが挑発的にそう言うと、直前まで彼女と睨み合っていた四人が両脇に引いて、新たに一人の少年が顔を出した。


 すらりと背が高く、銀というよりは白金に近い色をした髪。瞳は薄い水色で、まるで雪の精霊か氷の彫像のような、ともすれば冷たい印象のある美少年である。

 彼が静かに開いた口からは、その外見と違わぬ冷淡な声が零れた。


「もう僕は君を白ハーシとは思っていない。少なくともそんなや赤犬とつるんでいるうちはな」


 声こそ穏やかなものであったが、内容は極めて侮辱的であった。


 ジェニンカやこのユーリィらが属する白ハーシ族は多数派で、政治的にも経済的にも強い力を持っている。

 それゆえ他の部族は何かと彼らに頭が上がらない。何をされても言われても、なかなか逆らえない。

 たとえばオーヨは赤ハーシ族なので『赤犬』というあだ名でからかわれている。


 そして『ナマズ』というのが、他ならぬリェーチカを罵倒するために白ハーシたちが考えた蔑称だ。


 リェーチカは国内でももっとも少数かつ、寂れた辺境の田舎の出身だ。国内でも有数の湖水地帯なので「水ハーシ族」と名乗っている。

 だが悲しいかな。僻地すぎて正しい情報が伝わりにくいためか、他の部族や地域からは「沼だらけの場所にんで泥にまみれて暮らしている」という、いわれなき誤解と偏見を受け続けていた。


「ナ……ナマズじゃないよ……」


 小さな声でこっそり反論してみるけれど、たぶん彼には聞こえていない。ここは列車で、車輪の回る音や車両の軋みがひっきりなしに響いているから。

 ただ隣のジェニンカにはかろうじて聞こえたようで、彼女は慰めるようにリェーチカの肩を抱いた。


「いいからあんたら全員、出て行って! 下りる駅が違うことだけ祈ってるわ!」

「それはこっちの科白だ」


 バタン、と開いたときと同じくらい乱暴にドアが閉じられる。

 同時にリェーチカの中で何かが凹んだ気がした。つい泣きそうになってしまったのを誤魔化すように、クッキーの入ったバスケットに手を突っ込む。


 オーヨも深い溜息を吐いてから、同じように手を伸ばしてきた。お互い今はやけ食いしたい気分には違いない、気持ちはとてもよくわかるので、リェーチカはバスケットを彼のほうに寄せる。

 そしてこの場の空気に自分も乗るぞという態度でジェニンカもクッキーを掴む。


 三人はほぼ同時にコイン状の小麦粉を噛んで、そこから香るバターに慰められたのだった。



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