第5話 魂の在り方(1)
殺してやる。
絶対に殺してやる。
こんな奴に邪魔されてたまるか。
こんな化け物に私の復讐を奪われてたまるか。
必ず首を落としてやる。
私の進もうとする道を塞ぎ、尚且つ食い殺そうとしてくるブタなんて、何がなんでも許さない。
今すぐ首を斬り落とす。
目の前の敵へと憎悪が溢れている私は、大怪我の痛みなど完全に忘れていた。
地面に滴り落ちる血の響きは届いているのに、その他の音がまるで耳に入ってこない。
自分だけに集中している。
死んでいるはずなのに活動を止めない鼓動や、辺りの腐敗臭を吸い込んでは吐き戻す呼吸音、そして障害を排除しろと騒ぎ立てる全身のざわめき。
自身への意識が研ぎ澄まされ、それらに関する情報だけが脳に伝達されてくる。
当然だが、相手は私を待っていてはくれない。
再度ぶん回される規格外の腕は、さっきとは正反対に左側から襲いかかってきた。
しかしその速度はあまりにも緩やかだ。
全然直撃する気がしない。
周囲を抉りながら突き進んでくる攻撃を、私は地面をひと蹴りして上手く躱した。
なんてことはない。
その拳の大きさは、せいぜい人間の子ども一人分くらいだ。
跳び越えられない高さじゃないし、ノロマ過ぎてタイミングを外す心配もない。
そう思って足に力を入れたのだけど、想像以上に私の体は高く舞い上がっている。
えっと……、私ってこんなに跳躍力あったっけ?
巨大な敵の目線と同じくらいの高さから見下ろすと、こちらに対して何やら叫んでいる様子の
岩壁の隅を指差して、私に何を伝えようとしているんだろうか。
示された場所に視線をやると、ついさっき右腕と一緒に弾かれた短剣が落ちている。
「ナナ!! とりあえず武器を拾え!!」
やっとあの鬼の声も認識できた。
着地すると同時に、短剣を回収しに走っていく。
千切られて無くなった右手の代わりに、今度は左手でその柄を握りしめた。
すぐに振り返って敵の動きを確認しつつ、攻撃後で体勢が不安定な奴に狙いを定める。
今なら確実に仕留められる。
左腕一本でも、さっきの跳躍力があれば。
向かって左側の壁を勢いよく蹴り、三角跳びの要領でデカブツの右肩に跳び乗った。
「死んじまえよクソブタがぁああっ!!!」
逆手に持った剣をブヨブヨの首に突き立て、足を掛けて思い切り踏み込む。
「ぐぼぁあああ!!」
敵は刺さった刃に苦しみ、その姿や悲鳴がなんとも爽快だった。
首の一部が切られてもまだ繋がったままの肉は、頭部を蹴り飛ばすとあっさり裂ける。
地面に転がり落ちた化け物の頭を見ると、愉悦感と同時に怒りも込み上げた。
私は機能を停止した胴体から飛び降り、床にある武器をもう一度拾う。
敵の体が地響きを立てて倒れる中、体液で汚れた短剣を、何度も醜い顔面に突き刺した。
「クソが!! 死ね!! 死ね!! 手こずらせやがって!! クソが!!」
「おいおい。そいつ元から死んでるし、首だけになったらすぐに消えるぞ」
ズタボロになった肉塊を見て、ようやく冷静さを取り戻し始める。
シュウちゃんに味わわされた苦痛はこんなものじゃない。
こいつに時間と労力を割くくらいなら、さっさと先に進もう。
でも憎しみが薄まると、右肩の痛みが強くなってきた。
「紅葉さん、失った体の一部は再生されるんですか?」
「やっと元に戻ったか。あんたは魂がしっかり残ってるから、地獄にいる限り欠損したままにはならないぞ。それにしても、人間の状態で修羅に堕ちるとはなぁ」
「修羅? なんの話ですか?」
「あぁ、まだ詳しく話してなかったな。魂の形には種類があるんだよ」
腕が戻るまでには時間が掛かるらしく、紅葉さんの説明も長くなりそうだったので、片腕で歩きながら聞くことにした。
あまり興味は無いけど、自分に関わるものみたいだし。
* * *
聞いた内容を纏めると、だいたいこんな感じだった。
人間には人間特有の魂があり、現世の人は全員『人間道』という形に分類される。
地獄に堕ちる人間道の魂は罪に汚されており、その大半は地獄で『畜生道』という形に変化し、罰を与えられながら償うのだそうだ。
血の池で溺れていた人達がまさに畜生道で、ああして輪廻の輪に乗れる時を待ち侘びているのだとか。
更に堕ちた魂や罪深い者が、さっきまで斬り刻んできた地獄の住人で、『餓鬼道』と呼ばれるらしい。
餓鬼道に成り果てた魂に理性は無く、ただ痛みと空腹にもがき続けるだけ。
それを満たす為に人間道の魂を喰らおうとするんだから、はた迷惑な話だ。
そして人間道の中でも、特別強靭な魂と根深い感情を持つ者だけが、『修羅道』になる場合があるそうだ。
修羅道とは紅葉さんと同じ鬼人と呼ばれる存在で、人間を遥かに超越している。
人間道から修羅道に堕ちるには自力ではどうにもならないのに、私は半分堕ちかけているレアケースとか、もう意味が分からない。
他にも二種類ほどあるみたいだけど、魂の話で耳にタコができそうだから、別の機会にしてもらった。
でもさっきのとんでもない身体能力は、修羅道によるものなんだろうなぁ。
「お、ナナ、腕生え始めてんじゃん」
「うわ。こんな地道に伸びていくとか、ちょっとキモいですね………」
「自分の腕だろ。ちゃんと元の長さになって、指も生えるから安心しろ」
道連れ峠に身投げするので、地獄の底でまた会いましょう 創つむじ @hazimetumuzi1027
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。道連れ峠に身投げするので、地獄の底でまた会いましょうの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます