第4話 最初の試練(3)

 地獄に来てようやく気付いたけど、ここには太陽らしきものが無い。

 どういう原理で光が届くのか、考えても理解しようがなくて、とりあえず日が登ったり沈んだりしてないから今頃驚いた。


 だからこの肉の塊に踏み込んで、どれだけの時間が経ったのか把握できない。

 ひたすら岩山を歩き続けて、ひたすら化け物を斬り続けて、もういい加減飽きてきた。


 せめて終わりぐらい知りたい。

 あとどれくらい進めばいいのか教えて欲しい。

 


紅葉もみじさん、出口はまだ遠いんですか?」


「アタシも現在地とか分かんないけど、こんなもんじゃなかったよ」


「入って何時間ぐらい経ちました? 少し疲れてきたんですけど」


「現世の時間で三日近くになるんじゃないか? ここじゃ調べようがないからな」


「三日!? そんなに飲まず食わずで動いてたんですか私?」


「まぁ死んでるし体力の消耗も無いから、動き続けたって問題無いさ」

 


 じゃあ今の私はどうやって歩いてるんだよ。


 これまでの常識が通用しないのはいいとして、自分の肉体構造まで理解不能になると、なんだか化け物の仲間入りした気分になる。




 * * *




 そうこうしているうちに耳に入ってきた唸り声は、さっきまでのゾンビ共とは違い、地面まで響き渡り振動させていた。


 いよいよボスキャラ登場で、試練クリアも目前かな?


 楽観的に先へ進もうとする私に反して、紅葉さんは怖いぐらい目が据わっていた。

 


「そこで待ってますか? 私は向こうにいる奴を倒しに行きますけど」


「ナナ、この関門をあまり舐めない方がいいぞ? 今度の相手はあんたの手にも余る」


「やっぱり次に出てくるのはボスキャラなんですか?」


「ぼすきゃら? 何言ってんのか分からんけど、今まで倒したバケモンとは強さの格が違うのさ。いくらあんたが強くても、油断してればすぐ喰われるからな」


 

 そのまんまボスキャラじゃん。


 相手がどんな奴であろうと、立ちはだかるなら倒す以外の選択肢は無いし、大抵の難関は最終局面に訪れる。


 体のエネルギーは減らなくたって、脳みそが仕事をしている以上、精神力は着実にすり減っていく。

 そろそろ本気で目指すゴールが見えてこないと、私の気が狂いそうだった。

 


「どれだけ敵が強くても、避けて通ったりはできませんよね?」


「中には逃げ回って上手いこと撒く奴もいるけど、途中で食われる場合がほとんどだな。やり合って生き延びた人間の方がもっと少ないけど」


「そうですか。それなら可能な限り逃げる方向でいきます」


「それが懸命だろうな。アタシはのんびり後ろからついて行くよ」

 


 他人事だと思って笑われると、余裕の無い今の状況下ではイラッとくる。

 しかし無駄な感情に使う労力がもったいない。

 私はドスの効いた声がする場所へと、歩みを進めた。



 だいぶ距離が詰まった事を実感し始めた頃、目の前の岩の壁が突如吹き飛んでいく。

 対面側から衝撃を与え、破壊されたのだろう。

 これは私を狙っての攻撃と見て間違いない。

 そう確信して、広い通路に素早く移動し、右手に短剣を構えた。


 赤い砂煙の奥に見える影は、目を見張るほど大きい。

 立ち上がったヒグマよりも身長がありそうだから、三メートルは超えてるのかな。

 横幅も風船のように膨らんでるし、腕も異様に長い。

 それに比べて脚はそんなに長くないから、ずんぐりむっくりしてる感じだ。


 

「ぐふぅぅうう……」


「なんか顔だけ人間サイズだから、やたらとデカく見えるんですけど」


「ぶふぅうう………」

 

「うるさいし臭いし最悪だこれ」



 鼻息の荒いデカブツは、煙が晴れたら頭身の不自然さが際立つ。


 今までの敵は首を斬り落として倒してきたけど、こいつの場合、立たれたままでは手が届きそうにない。

 なんとかして姿勢を下げてもらいたいけど、そんなに上手くいくのかな。


 どうやって殺そうか考えていると、奴の方から右腕を振り上げ、攻撃の態勢に入った。

 長い腕から繰り出される拳が、こちらとの距離感を狂わせる。


 間一髪のところで回避したけど、クマとブタと人間を掛け合わせたようなこいつの図体がデカ過ぎて、通路には隙間もほとんど見えない。


 これをどうやって逃げ延びろと?


 その場で右往左往しながら攻撃を避けていると、だんだんメンドクサくなってきた。

 


「もういいや。デタラメにでも痛めつけて、殺せそうならすぐ殺そう」


「ぐふぉぉおおお!!!」

 


 巨体の腹部に刃を突き立て、力任せに下向きに切り裂く。

 変な声を出して苦しんでるようにも見えるけど、脂肪が分厚すぎて表面しか傷付かない。


 背後に回り込む隙を伺いながら、何度も腹の肉を攻撃していると、不覚にもこちらが隙を突かれてしまった。

 地獄に来て初めて痛みを感じたけど、ちゃんと血も通ってるんだな。

 


「うぐっ! い、いったいなぁ。腕が取れちゃったじゃんさぁ……」

 


 横から振り回された手に私の右腕がかすり、一瞬で肩の付け根から弾き飛ばされた。

 ドロドロと流れる血の感触が気味悪いけど、このブタに首に触れられたら本当に終わるな。


 足を止めたら死ぬ。

 武器も拾いに行かなきゃならない。

 怯んでいる余裕は無い。

 


「おいナナ、一旦引け! 利き腕が生えるまで戦えないだろうが!」


「……るせぇ。今すぐコイツをぶっ殺すから、ぴぃぴぃ喚くな」


「お前………。なんか性格が変わってんぞ?」

 

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