第3話 最初の試練(2)

 地獄に来て第一歩目の何も無かった場所は、まさに私が堕ちるに相応しい所だったらしい。


 ここに来たからといってシュウちゃんへの復讐心は薄れていないし、むしろ駆り立てる狂気に背中を押されているせいか、なんの不安や恐怖も感じない。


 私がどういう存在として扱われているのか知らないけど、その他大勢には含まれないのかな。


 目の前にある肉の塊という関門が、どんな試練なのかもわからないが、生前から焼き付く目的さえ果たせるならなんでもよかった。

 先に進まなければ自殺までした意味が無くなるし、立ち止まってる方がもどかしくなる。


 だけど歩き出した直後に、制止されてしまった。

 


「おい、待てよナナ。アタシの話を聞かずに行けば、すぐに消滅しちまうぞ?」


「それは困ります。ここで私は何をすればいいんですか?」


「基本的には越えれば良いだけだ。ただし、途中で出てくる理性の無い地獄の住人達は、あんたを喰らおうと襲い掛かってくる。完全に呑み込まれたら、その瞬間お陀仏だからな」


「そいつらを薙ぎ払いながら、進み続ければいいんですね」


「簡単に言うけど、まんま化け物みたいな連中なんだぞ。逃げてもわんさか出てくるし、力だって強い。腕や脚程度なら食われても元に戻るけど、痛みだってあるんだからな」


 

 要するに、頭みたいに大事な部分を守りながら、その化け物共を殺してしまえばいいってことだよね。

 よくあるアクション系のアニメや、ゲームみたいなイメージだろう。

 既に死に体なんだし、今になって現実として怖がる理由なんて、なんにも無い。


 ジッとこちらを見据える紅葉もみじさんに、私も目線を返すと、彼女は腰に提げた短剣を弄り始める。鞘と一体化したベルトごと武器を外すと、私の目の前に差し出した。

 


「襲われんのは、ここの住人になれていないあんただけだ。アタシは案内人だから手を貸さないし、これを使って自分の身は自分で守れ」


「ありがとうございます。だいぶ心強いです」


「ナナはブレねぇなホントに。後ろから見ててやるから、消されるなよ?」

 


 こうして武器まで手に入れた私は、気を取り直して肉の塊へと踏み込んで行く。

 異臭だけはどうにも慣れないけど、迷路のように入り組んだ道が、不思議な高揚感を抱かせた。


 入ってから体感で十分ほど経過した頃、前方の角から物音が聞こえてくる。

 


「あの奥にいるぞ。充分に用心しな」


「大丈夫です。ずっと警戒心は解いてません」

 


 忍び足で近付いて行き、曲がり角の向こう側を覗き込むと、ひと目で敵だと判断できた。


 全身の皮膚が焼けただれたようにズタズタで、片方の眼球が辛うじて神経で繋がっている。

 もう一方の眼も、瞳孔が判別不可能なほど血走っているけど、ぶら下がってる目玉にも視力は残っているのだろうか。

 とにかく生物とは認められない、動く死体みたいに思えた。


 外れている顎をガクガク揺らしながら、獲物を探し求めているらしい。

 あれを退治しなければ、きっと私自身も標的を追いかけられなくなる。


 腰にある短剣に手を掛け、敵の懐に飛び込むチャンスを伺っていると、奴の方も私に気が付いた。


 ボロ雑巾みたいな体のクセに、身体能力は半端じゃない。

 数メートルあった距離を二、三歩で一気に詰められ、言葉にならない声を発しながら襲いかかってくる。

 


「ぐるぅぎぃぁあああ!!!」


「うわキモっ」

 


 殺そうと決意を固めてからは、あっさりしていた。


 短剣の柄を強く握り、全身で飛び掛かってくる敵の首を、居合いの要領で斬り付ける。

 もちろん剣術の経験など皆無だったけど、内側から湧き上がる殺意が、そのまま力になってくれた。

 自然と踏み込みまで深くなり、振り返った足元には奴の頭部が転がり落ちている。

 


「出会い頭に首チョンパとは、えげつねーなぁ」


「殺しにくる相手に、遠慮なんて無用ですから」


「いやあんたさ、アタシにも首狙ってきたからな。襲うつもりもなかったのに」


「あの時は……なんか奇妙な衝動に突き動かされまして」


「まぁハッキリしたのは、ナナはかなり素質あるって事だわ。普通こいつら見たら少なからずビビるし、躊躇わずに急所を攻撃したり出来ない。ホントぶっ飛んでるよ」


「褒め言葉として受け取っておきます」

 


 そんなノリで、襲撃してくるゾンビ紛いな連中を次々に撃破していった。


 今のところ出現してるのは、どいつもこいつも人間くらいの大きさで、大怪我してるのに元気ハツラツといった印象。

 腹を刺したり、腕を切り落としたりする程度では止まらなかったけど、首と胴体が繋がっていなければ死ぬらしい。


 あれ? 元々死んでるんだっけ? 


 とにかく動きは速いけど目で追えるレベルだし、心許ない短剣一本でも乗り切れそうだった。

 


「凄まじいな……。ナナって現世で何やってたんだ?」


「年相応に高校生してましたけど」


「学生だったのかよ!? まぁ年齢的にはそんな感じか。まさか女子高生が道連れ峠を見つけた上に、地獄でも復讐するって暴れ回るとはな。相手も学生なのか?」


「いえ、シュウちゃんは二歳年上で、高卒で働いてました」


「どっちも若えなぁ。そのまま生きてたら現世滅しそうで怖いけど」

 

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