第2話 最初の試練(1)

 突然現れた肌の赤い女は、私に刺された首と口から流血しているのに、平然と会話をしている。

 やはり死後の世界というだけあって、生前の常識など通用しないのだろうか。

 


「とりあえずアタシは案内人の紅葉もみじね。あんたを矯正させるか消滅するまで、しばらく一緒に行動するから」


「なんか厳つい見た目に反して、古風で可愛らしい名前なんですね」


「いや紅葉って鬼の名前ね。アタシもう二千年くらい鬼やってっから」


「鬼ってもっと変わった名前ばかりだと思ってました。それで、矯正か消滅ってどういう意味ですか?」


「思ったより落ち着いてるんだな。矯正して輪廻転生させるのが基本だが、ゴミみたいな魂は途中で消滅するんだよ。悪意を拭い去れないままな」


「ふーん。まぁ私はシュウちゃんを苦しめられれば、その後はどうでもいいですけど」

 


 アイツを見つける前に消滅されたらどうしようと、内心焦ったりもしたが、一刻も早く発見してしまえばいい。

 紅葉さんなら、もしかしたら居場所も把握してるかもしれない。


 最初は不気味に思えた鬼の見た目も、慣れてくるとそんなに抵抗が無くなってきた。

 


「そのシュウちゃんってのが、道連れにした奴か」


「はい。ここからが本当の復讐なので」


「おっそろしい子だねぇ。鬼より鬼らしいよ。そんで、あんたの名前は?」


「………七瀬ななせ苺氷菓ストロベリーアイスです」


「すとろべりぃあいす? 日本人じゃないの?」


「私も親も日本人です。両親が頭おかしかったので……」

 


 この反吐が出る名前を、死後まで名乗る羽目になるとは思わなかったけど、復讐さえできれば他の事はどうでもいい。早くシュウちゃんを探しに行きたい。


 紅葉さんは困ったように頭を掻いているが、価値観が違い過ぎて笑いもしなかった。

 


「なんかよく分からんけど、まぁいいや。なんて呼べばいいんだ?」


「仲の良いコたちは、苗字から取ってナナちゃんって呼んでくれてました」


「んじゃナナでいいや。とりあえずアタシと一緒について来な」


「あの、復讐はやっぱり後回しになりますか?」


「道連れにされた人間は離れたとこに堕ちるんだよ。消滅せずにそこまで行けばいい」

 


 前を歩きながら振り返った紅葉さんの笑顔は、私を騙そうとしているようには見えない。

 真正面にそびえる、地面と同じ色をした岩山に向かい、彼女の背中を追って進んだ。


 

「ナナの地域じゃ、変わった名前が流行ってんのか?」


「いやぁ、私ほど奇妙な名前の知り合いはいませんでしたよ」


「その苺氷菓ってやつの由来はなんなんだ?」


「由来って……。ただ母親の好きなお菓子の名称を、娘の名前にしただけですね」


「ほぉーん。菓子から取るとは、あまり聞いたことないな」


「ホントにいい迷惑ですよ」

 


 くだらない会話をしてるうちに、山のふもとへと到着したが、どうやら登るつもりは無いらしい。

 左手側にある狭い洞窟に潜入し、山をくぐる要領で歩き続けていく。


 最初に倒れていた場所でも多少血生臭さを感じていたが、洞穴を進むにつれてどんどん濃くなっている。

 反対側に光が見え始めた頃には、腐敗臭みたいな臭いも混じっていて、手で鼻を覆わずにはいられなかった。

 一体この先には何が待ち受けているんだろう。

 


「ほれ着いた。ここはあんたが最初に越えなきゃならない関門、通称『肉の塊』だ」


「肉の塊? 不吉な予感しかしないですけど一応聞きます。なんなんですかこの場所?」


「そこら辺に血を流してるような岩肌があるだろ。あれ全部ナナみたいに地獄に堕ちた人間の肉体で、矯正出来ずに魂が消滅したから、ここに押し固められてるんだ」


 

 つまり山の一部に見えるこの周辺は、死体で作られているというわけか。


 それにしても死亡すれば血液なんて凝固するし、肉体だって腐敗していずれ土に還るのが自然の摂理なのに、ここで目に入るものは非常に生々しい。

 そもそも体は現世に残って、霊魂だけが冥土に導かれるんじゃないのかな?

 


「私も矯正されなければ、この一部になるんですか?」


「あんたみたいに、肉体くっ付けて地獄に来る奴は珍しいからねぇ」


「やっぱりそうなんですね。私がこの状態で堕ちた理由もあるんですか?」


「基本的には道連れ峠みたいな、こっちと深く繋がってる場所で死んだ人間がそうなる。何箇所かあるけど、そこで死ねば現世では行方不明扱いになって、体ごと堕ちてくるよ」

 


 理屈はよく分からないけど、なんとなくその説明は腑に落ちた。

 更に紅葉さんは楽しそうな顔をして、イキイキと解説を続ける。

 


「あとナナが倒れてたあの場所な、よっぽど憎しみが強い罪人しか落ちてこないんだよ。自身の消滅も恐れず、目的の為だけに動くような奴。だからアタシは期待してんだよね」

 

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