道連れ峠に身投げするので、地獄の底でまた会いましょう
創つむじ
第1話 道連れ峠から地獄の底へ
これで終わる。
これでようやく全てが終わる。
苦痛と後悔に耐え続ける日々も、あのドグサレ野郎の醜い生涯も。
何もかも終わりにしてやる。
そしたら今度は始めよう。
私の人生と共に幕を閉じて、地獄まで道連れになってもらう。
どうせ信じたりはしないだろうけど、最期にもう一度だけ宣言しておこう。
「もしもしシュウちゃん? 私、これから死ぬから」
「あー? うっせぇな。死ぬ死ぬ詐欺かお前は。さっさと勝手に死んでろよ」
「うん、勝手に死ぬね。地獄でまた会おうね」
通話が切られた。
そりゃそうだろう。
こんなイカれたメンヘラ発言してれば、誰だって本気にする前に距離を取りたくなる。
だけどこの場所はようやく見付けた、今の私にとって最高の復讐スポット。
通称『道連れ峠』と呼ばれるこの自殺の名所は、深い山奥にひっそりと隠れている。
底が見えないほどの奈落で、身投げする前に脚がすくんで引き返す人も多いと言う。
都心から離れて廃れきった田舎に、口伝でのみ語り継がれた道連れの方法は、相手の髪の毛と直筆の文字が書かれた紙を持って飛び降りるだけ。
場所の特定とやり方を聞き出すのに時間も掛かったが、これで私の目的は達成される。
ただ殺すだけでは、この煮えたぎる憎しみは決して晴れない。
ちゃんと、確実に地獄へと突き落とさなければ。
目の前の奈落の底に落ちた者と、道連れにされて死んだ者は、纏った悪意に引き寄せられて地獄まで一直線となるそうだ。
再会できたら、何度だって苦しみの色に染めてやる。
私が正気でいられなくなったのは、全部あなたのせいだよ。
さようなら、私の人生。
必ずまた会いましょう、腐り果てたシュウちゃん……!!!
* * *
目を覚ました私の視界にまず飛び込んできたのは、焼け焦げたレンガみたいな、赤黒い色をした地面だった。
地面というより、大きくてそこそこ平坦な岩の上に転がってるみたいな、そんな感覚。
私は確かに道連れ峠に身を投げた。
間違い無く底まで落っこちて、人生終了だったはず。
そうか、空まで血の色をしたこの場所が、私の待ち焦がれた地獄なんだ。
体は変化していない。服も死ぬ時に着ていた黒のブラウスのまま。
なんだか拍子抜けしてしまう気分だった。
おどろおどろしい雰囲気はあるけど、見渡す限りほとんど赤い岩山。
地獄と言うより、ただの未開拓地帯って感じの風景だ。
口を開けたまま辺りをキョロキョロ見回すと、突然悲鳴っぽい叫び声が聞こえてくる。
やっと地獄らしいシチュエーションが見え隠れし始めた。
浮き足立って絶望感漂う方へ駆けていくと、少し盛り上がった岩の向こう側が、絵に描いたような血の池になっていて更に舞い上がる。
覗き込んだ先は遥か低層で、溺れている人影も顔がギリギリ認識出来ないほど遠い。
だからここまで声が届いてこなかったんだ。
さっきの悲鳴の主は、常人離れした強靭な声帯をお持ちなんだろうな。
他の声は聞き耳を立ててようやく鼓膜に触れるくらいだもん。
真っ赤に広がる池をのんびり眺めていると、急にドス黒い感情が湧き出してくる。
憎しみに脳内が支配されそうになりながら、ここに来た本来の目的を思い出した頃、背後から忍び寄ってくる小さな足音に気が付いた。
勢いよく振り返った先に見えたのは、人間らしい体型だが肌が不自然に着色された様な、全身が生肉に近い色をした女の姿だった。
気持ちが悪い。
不敵に笑う顔も、胸と腰回りしか隠していない薄着の恰好も、どういうわけか殺したくて仕方がない。
そんな衝動に駆られている。
自分の頬の筋肉がピクピクと痙攣しているのが分かった。
強烈な殺意に今にも飛び出しそうになっていると、目の前の女が出し抜けに口を開く。
「なんだ。今回の新入りはずいぶんと若いお嬢ちゃんだな」
声を聞いた瞬間、私の足は動き始めていた。
正面の女が腰に下げている短剣らしき物を奪い取り、持ち主の喉笛に躊躇無くひと突き。
刃は血液に塗れながら骨まで貫通し、確実に仕留めた。
そう思い込んでいたのだが、血走った眼球がこちらを鋭く睨み付ける。
「バカかてめーは。見境なく突き刺しやがって」
「え、なんで死んでないわけ? やっぱり化け物なの?」
「はぁ? 地獄の住人がそんな簡単に死ぬわけねーだろ」
その言葉を聞いて、ようやく冷静さを取り戻した。
私が殺したい相手はコイツじゃない。
そもそも敵意もまるで感じられない。
だけどさっきの衝動は尋常ではなかった。
完全に殺意に呑み込まれていた。
首に刺さった短剣を引き抜き、謝罪を述べながら恐る恐る女に返す。
いきなり攻撃されたというのに、その女はケロッとした表情で得物を受け取った。
「すみません。自分でもなにがなんだか……」
「まぁここじゃ割とよくある。あんたもどうせ道連れ峠で自害したんだろ?」
「あ、はい。地獄でも有名な場所なんですか?」
「まぁあれはこっちの住人が作ったもんだからな」
「へー……」
興味が無い話はとことん聞き流す主義なので、それについては掘り下げなかった。
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