フォボスによろしく 三十と一夜の短篇第64回
白川津 中々
■
火星人はシャイで中々正体を明かさない。
「君、火星の人だろ?」
知人の蛸田君に対してそう聞いたのは、僕なりに確信を持っていたからである。蛸田君とは一緒に銭湯に行くほどの間柄なのだが、その挙動において些か不可思議に思う事があった。というのも、彼はいつもタオルで前を隠し、決して自分自身を曝け出そうとしないのだ。これは何かある。何かとは何か。そう考えるとすぐにチンときた。彼はきっと、火星人である事を隠しているに違いないと直感したのだ。であれば何を憚る必要があろうか。例え蛸田が火星人であっても僕は絶対に差別しないと断言できる。故に、どうか僕に嘘だけはつかないでほしいという願いを込めてそう聞いたのだけれど、彼の答えは「NO」だった。
「隠す事ないさ。さ、本当の事を言いたまえよ」
再度問いただす。しかし返ってくる答えは等しく「NO」。ここまでくると、いくら寛大な僕でもさすがに腹立ち候。「そうかい」と述べ立ち去る振りをしながら、隙を見て蛸田君のづぼんを掴み一気に下げる。すると、眼前に聳えるは……
「……ほらやっぱり! 君は火星人だったんだ!」
彼の秘密を知った僕は喜び勇んで小躍りしたが、しかし。狼狽え涙を流す蛸田君の姿を見て、取り返しのつかない事をしてしまったと意気消沈の呼吸となる。どうしようかと悩み一言、「衛星には気をつけるんだよ」と助言しその場を去った。
彼との友情は、きっと二度と戻らないだろう。さよなら蛸田君。君が持つ輝きは、まるで新星のように、眩いものだったよ。
フォボスによろしく 三十と一夜の短篇第64回 白川津 中々 @taka1212384
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