第12話 流れ星なんか、いらないっ

 その一連の動画はあっという間にネットの海を駆け巡り、荒波も何のそのこのビックウェーブに反応しないわけにはいかないと話題をかっさらう。

 人間が一晩で建物内の壁全面に絵を描くというパフォーマンス性もさることながら、その内容が独創的かつ幻想的でその画を、その光景をこの目で見たいと会場探しが始まった。人々が『聖地』を求めて情報交換を繰り広げるが、場所の特定には至らない。


「そりゃそうだ。だってもうその建物は取り壊されたからね」

 ネットニュースを読みながらイタルが得意げに言う。

「しかしお嬢様、本当に良かったのデスか。あれだけの大作を一日待たずして壊してしまって。動画に残っているとは言え、わざわざ壊してしまう建物に描く行為は理解できないというのが本音デス」

 アンドウの疑問にタケシが答える。

「残らないから良いんだよ。正体も謎、撮影場所も日時も謎。なんなら本当に人間が描いたかどうかすら謎。この動画一つだけでたくさんの人がいろんな想像力を働かせて議論している。わからないからこそ楽しめるんだ」

「音声も加工してありますし、顔も個人を判別できないようにしっかりと編集してあります。恐らくすぐに正体がバレることはないかと思われます。そこまでして正体を隠す必要があるのでしょうか……」

「んー、昔の作品にさ、腕から先がない人間の彫刻があるんだけど。腕は最初から無いわけじゃなくて、発掘の際に見つからなくて。不完全な状態なんだけど、人はその作品を見て元の作品がどんなだったんだろうって想像するのさ。腕がないことで各々が理想とする腕を想像で補う、これってAIにはない発想だと思うんだ。あいつらは足りなかったら補おうとするし、補完することで美しさを定義する……それがAIの仕事でもあるんだけど、それだけだと人間の想像力まで奪ってしまう感じがして、それは嫌だなって思う」

「ふむ……つまり見えないところにあるものを想像することで生まれる価値もある、と。なるほど、お化けもその類デスね」

「お前はそろそろお化けから離れろ」


 一階と二階を同時に映しながら早回しで壁の絵が描かれていく様子はどこか無機質で機械的で、はたから見るとあまり人間味を感じられない。しかし常に描き続けるでもなく画面の外で休憩したり、時に非効率的に動く様子は人間的で、その行動原理を考えてみたくなるような不思議な魅力があり、作品そのものに対する評価だけでなく、動画そのものが面白いと評価されていた。イタルがパフォーマンス集団と銘打っていたが、まさしくそのような評価を受けた。

 しかし、真に評価されているのはこの制作過程をノーカットで見せている動画ではなく、ほんの数分程度の『最後の仕上げ』動画だった。



「――あー、カメラってもう回ってないよな?」

 画面の外からタケシの声が聞こえる。

「はい、回っていませんよ」

 アンドウが答える。そんな返事をしながら、角度を変えてタケシをしっかりと映し出す。まるで己の目で見ているかのようにはっきりと見据えていた。


「いやまあ、どっちでもいいけど。これはオフレコってことで、朱雀ちゃんには秘密にしといてくれよ。せっかくこれで完成したって満足して力尽きたんだから、これ以上手を加えるのはちょっと申し訳ないからさ」

「……? これで完成ではないのデスか?」

「四人の作品としてはこれで完成だよ。だからここから先は俺の独りよがりっていうか、自己満足かな。」

 ハケを握りしめ、残っているペンキを物色し始める。目当ての白色のペンキを見つけるとハケを突っ込んでかき混ぜる。これでもかというほどハケにペンキをつけているようだ。


「朱雀ちゃんは空を見上げるのが、星を見るのが好きって言ってたけど、つまりは流れ星に願い事をしたがってたわけだ。流れ星が消えるまでに三回願い事を唱えると願いが叶うなんて昔からよく言われるおまじないだけど、俺は正直あんまり好きじゃないんだ」

 今度は上を見上げながらあちこちを旋回する。

「それはどうしてデスか?」

「だって、願い事は他人任せにして良いもんじゃなくて、自分で叶えるものだろ」

 立ち止まり、じっくりと狙いを定める。

「なるほど、一理あります。自分から行動した方が可能性は高まりますね」

「そう。そして朱雀ちゃんは自分から行動したんだ。流れ星を待つんじゃなくて、己の手で願い事を叶えた。そして、この動画はまた誰かの行動のきっかけになるかもしれない。動画そのものが願いを叶える流れ星みたいなもんさ。誰かの心に火をつけて、何かが変わる可能性となる」

「動画そのものが流れ星の役割を果たす、デスか。面白い考え方デス」

 タケシは天を見上げ、ハケを握りしめ大きく振りかぶる。

「だから俺は朱雀ちゃんにこう言ってやりたいのさ――流れ星なんて、もういらないって!」

 弧を描くように放たれた真っ白なペンキが星空を模した壁面に飛散する。力強い一撃はまるで本物の流れ星のように夜空を突き進んでいく。消えず、ただそこに残り続ける。


「おーい、そろそろ撤収するよー」

 イタルの声を最後に、動画は静かに幕を閉じる。



「――なんで!? なんであの時の映像が残ってんの!? そしてそれが投稿されてんの!? しかも俺あの時絶対本名で呼んでたはず!」

「順番にお答えします。その一・回せ、というお約束の合図かと思いまして。その二・面白そうだったので。その三・投稿するために違和感なく加工しました」

 悪びれもせずにしれっとアンドウが答える。

 もちろん、最終的なゴーサインを出した真犯人は別にいる。

「もう全部の答えが『面白そうだから』に集約してるじゃんか!」

「目論見通り素晴らしい反応が返っていますよ。『よっ、このイケメン』……どうしてイケメンと断定しているのでしょう。顔の判別は難しいと思われるのデスが、もしや編集漏れがあるのでしょうか。これはコメント投稿者に確認を取る必要がありますね」

「やーめーろー! これ以上俺の傷口を広げるな!」

 恥ずかしさのあまり大声を上げてのたうち回っているタケシに対し、ヒバリは静かに下を向いている。


「……お嬢様?」

 アンドウの問いかけにはっとして顔を上げる。

「あっ、ごめんなさい……。その、こうやってみんなが来てくれるのも私が更生するまでなんだなぁって思ったら、ちょっと寂しくなっちゃって」

「確かにこども委員や我らロボットミー株式会社による更生員派遣はその役目を果たすまでの関係性と言えます」

「うう、やっぱり」

「だーもうアンドウっ、お前はとことん空気の読めないやつだな! そんなはっきりと言わなくてもいいだろ」

「ガーン。そんな、まだアンドウは空気が読めていない……」

 両手を床について思いっきり肩を落とす。

「俺はこども委員とか関係なくヒバリちゃんに会いに行くから」

「……本当、ですか」

「本当だって。だからそんな泣きそうな顔しないで」

 おろおろと困惑するタケシ、沈んだ顔のヒバリ、ショックで固まるアンドウ。

 そんな暗い空気を吹き飛ばすようにイタルがやってくる。


「やーやー四神諸君、良い知らせと――ってなんだこの状態。さっきまで動画見てたんじゃないの?」

「姉御はこども委員としてアフターケアもばっちりだよねっ! これからもヒバリちゃんのこと、気にかけてくれるよな!」

 タケシの勢いに押され気味のイタルは「? もちろんじゃん」と当然のごとく言い放つ。

「よし、言質取った……ってまた姉御、さっき良い知らせって言ってなかった。デジャヴ?」

「ああそうそう、アタシも今日聞かされた話なんだけどさ。んー、まずはねぇ。科学館の跡地に新しい施設が建設されることが決定しました~」

「え、そうなの」

「ということは、はじめから施設が建てられること前提で科学館を取り壊す予定だったのでしょうか」

「かもねぇ」

 そして、ここからが重要だとイタルは指を立てる。


「その跡地に何が出来ると思う? なんとねぇ、美術館!」

「考える余地も与えてくれない……って、美術館!?」

 タケシは驚きの声を上げる。

「それも美術館のオーナーって誰だと思う? なんと、ヒバリちゃんのお父さんなの!」

「……え?」

 またもイタルは考える暇を与えずに発表し、今度はヒバリが驚く。

「ヒバリちゃんのお父さんの仕事ってどうやら美術商らしいのよね。もう人が生み出した作品なんてほとんどないから世界中を飛び回らないと作品が手に入らない世の中なんだけど、ヒバリちゃんの絵が評価されてからは『自分で美術館を作って娘の絵を好きなだけ飾りたい』って思ってたらしいの。それがようやく実現したってわけ」

「へー。でもなんで姉御がそんな詳しい事情まで知ってるの?」

「その美術館の塗装の仕事が親に回ってきたってわけ。最初は全然そんなこと教えてくれなかったのに、っていうかアタシがちゃんと話も聞かずに科学館が解体されるって話だけであの計画を推し進めたってのもあるんだけど」

 アンドウが今までの話を脳内で整理して結論を導き出す。

「それはつまり、お嬢様が絵を描くことをお父様は反対していなかった、と」

「んー、まぁそうなんじゃない。わざわざ美術館作るくらいだし、自分の娘の絵も好きなだけ飾るでしょ」

「……ご両親ともに否定されていない絵を描く行為を不良行為などと否定した私は最初から間違っていたのかもしれませんね」

「過ぎたことは良いじゃない。反省して成長すりゃあいいの。子どもも大人もね」

 そう言って彼女は笑った。



「おっ、大事な話を忘れてた。ヒバリちゃん、叶えたいことってある?」

「叶えたいこと、ですか?」

 戸惑いながら聞き返す。

「ター坊が頑張ってた追加の動画見たでしょ」

「姉御ーっ! 忘れてたのに思い出させないでくれよ」

 タケシの抗議は片手で簡単に払いのけられた。

「流れ星に願い事。叶えるのが誰かなんてどうでもいいけど、アタシは夢とか言葉にすることで実現するって考えるタイプだから、口に出すことで本当に叶っちゃうかも」

「ねがいごと……うーん。そう、ですね」

 少し考えた後、彼女は大きく目を開いて思いついたことを口にする。

「あの子、あの時私に絵を描くことの楽しさを教えてくれた、今どこにいるかもわからないあの子に会いたいです。そしてまた、一緒に絵を描けたらいいなって」

「ああ、花の休戦の絵を持ってた子か」

「いいねぇいいねぇ、夢はでっかく持たなくちゃ。こうやって活動していたらいつか相手の目にも留まるかもしれないからね」

「何のこと?」

 不思議そうな顔のタケシに不思議そうな顔で返す。

「は、何いってんの。アタシたち『四神』の活動でしょうが。まさかあれだけでおしまいなんて思ってるんじゃないでしょうね」

「あっ、じゃあ、またみなさんと一緒に絵を描いたり、出来るんですか」

 ヒバリの声が明るくなる。

「もっちろん。ああ、そんで次の活動内容だよ。その美術館の内装も外装も基本的に親が引き受けることになったから、その一部をアタシら四神が好きにしていいって。今度はずっと残り続ける作品だから、しっかりと気合い入れて作るよ」

「実際に絵を描くわけでもないルッテ様が一番気合が入っていますね」

「うっさい、アンタだって描いてないでしょうが」

「むむっ、これでもアンドウは手先の器用さには自信があります。トールペイント1級の実力をお見せしましょう」

「そこはハンドメイドで良かったんじゃない?」

「どうしましょう、何を作ろうか迷っちゃいます。やっぱり、お花……」

 そして彼らは次回作の構想へと取り掛かる。



 まだまだ騒がしい日々は続きそうだ。

 それがどんなに喜ばしいことで、素晴らしいことだろう。

 ほんの数日前まで少女は知らなかったのだ。

 更正とは矯正ではなく、可能性を示すこと。

 その可能性は少女自身が初めから掴んでいたことを。


 彼らの未来は、彼らにお任せあれ。

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