第11話 夜をぬりつぶせ! その3
一方科学館に残された三人は。
「よーし、休憩もそろそろ終わらせて続きに取り掛かるか。多分もう少ししたら姉御も戻ってくるだろうし」
「そうですね。これ以上休んでたら、寝ちゃいそうな気がします……ふわぁ……」
そう言って小さくあくびする。
「大丈夫デスか
「う、飲んでみたいけど、怖いような」
「だったら俺と半分こする?」
タケシが一本取って蓋を開ける。
「え、ええっ!?」
そして紙コップに注いでヒバリに手渡す。そして自分は残りを飲み干す。
「あ、そ、そうですよね」
ヒバリは顔を真っ赤にさせながら同じように一気に飲み干す。
「体温の上昇と顔の紅潮を確認しました。こんなにも早く効き目が出るとはエナジードリンクというのは素晴らしい飲み物デスね」
「ソ、ソウデスネ。サア早ク続キヲ描キマショウ」
一人だけあたふたと落ち着きない様子で駆けていくヒバリを不思議そうに見つめる二人だった。
「一人だと危な――うおっ」
室内のライトが一瞬大きく明滅する。停電は一瞬のことですぐ元に戻ったが、不気味な現象に三人ともその場で固まる。
「な、なんだ」
「電気の供給が一瞬止まったようデスね」
明かりが途絶えると当然だが暗い。ほんの一瞬の出来事だったが、恐怖心を煽るには十分すぎる。
「ままま、まあいざとなればヘッドライトがあああるし」
「
大きく頭を振ってタケシが息を吐く。
「……気のせい」
ふとヒバリの方を見ると、彼女は目を瞑り耳に手を当てていた。
「あ、あの、何か聞こえてきません……?」
同じように息を殺し、耳をそばだてる。
空気の通り抜ける音とは別に、何かきしむような、自然の音ではない異音が聞こえる。
「下から……いや、外からかな? 窓もないから全然外の様子がわかんねーし。もしかして姉御が戻ってきたのかも」
「降りてみますか?」
「うーん……」
肯定の返事はせずに視線を下げる。
「よもや『お化け』デスか!」
「うわっ!?」
急に大声を上げるアンドウに驚いてそれより大きな声を出す。
「ななな、何言ってるんだよ! そんなわけないだろ」
「しかし可能性は高いかと。玄武様に言うなと言われたので黙っていましたが、おそらく
「えっ……」
突然の発表にヒバリが声を失う。
「ご安心を。この
そう言ってさっそうと階段を降りていく。
「んなっ、ちょ、アン……じゃなかった
呼び止める声も虚しく、コツコツと階段を降りる音が途絶えると、再び静寂が襲いかかる。
それから、どれくらいの時間が経っただろう。もしかしたら一時間以上経過したかもしれないし、実はほんの五分程度しか過ぎていないのかもしれない。
アンドウが戻ってくる様子はないし、聞こえる音の大きさも変わらない。室内の明かりもすべてをくまなく照らしているわけではないため、どうしても陰は生まれる。その陰からヌッと何かが這い出してきたら……などと考えないようにすればするほどもしものことを考えてしまう。人間というのは想像力を働かせすぎてしまう。
「……全然、戻ってきませんね」
ずっとしゃがんでいたが足のしびれに耐えきれずに、ぺたんと床にお尻をつけて座り込む。体の震えを止めるためでもあった。
「お、俺も様子を見に行った方が」
「待ってくださいっ。い、行かないで……」
ぎゅっと服の裾を掴む。潤んだ瞳で見つめる姿にタケシもその場に座り込む。
「わかった、ごめんよ。俺までいなくなったら怖いに決まってるよな。あいつが戻ってくるまで一緒に待ってるから大丈夫。俺がヒバリちゃんを守るから」
そっと囁くように語りかけ、ヒバリの手をぎゅっと握る。
「こうしたらちょっとは安心できないかな。人のぬくもりが安心するって姉御も言ってたし……あ、嫌だったら無理にしなくてもいいからさ」
互いに向かい合って手を握り合う。そんなシチュエーションで落ち着くなんて無理だと声を大にして言いたかった。ライトの角度のおかげで真っ赤に染め上がった顔までは見られなかったのが幸いだった。
「い、いいいえっそんなっ。むしろ嬉しいですっ……あ、えっと。
「ん、……あっ、しまった。今は
「あの……玄武さんもお化け、怖いんですよね」
「んなっ、そんなわけないじゃ……って格好つけてもしょうがないか。苦手です、はい」
自首する犯人のようにうなだれるタケシの姿に思わず笑ってしまう。
「だったら、これも半分こですね」
「え?」
「怖さも半分こ。さっきエナジードリンクで栄養補給出来たんで、これで心の栄養補給も出来ました」
そう言って微笑む彼女を見ていると、今までの疲れも恐怖心もどこかへ飛んでいってしまった気分になった。
それから、どれくらいの時間が経っただろう。もしかしたら一時間以上経過したかもしれないし、実はほんの五分程度しか過ぎていないのかもしれない。
流石に襲い来る睡魔には勝てずに意識が飛んでいたところに突如としてうなるサイレン音が鳴り響く。
二人ともはっと顔を上げ、思わず立ち上がる。
「何の音でしょう」
「青龍の警告音……? それにしては下の階は静かだけど」
様子を見に行きたいが、それこそ何が起こるかわからない。アンドウが戻ってこないということは危険な可能性がある。待つ以外に選択肢はない。
しばらくすると音は止み、何事もなかったように静寂が訪れる。
「……なんだったんでしょう」
「まるでゲームみたいだな。現実でも危険が迫ると警告音が鳴ってくれたら対処も楽なのに」
「では、次からは音でお知らせしましょう」
「そうだな、ぜひ頼む――ってうわわわっっっ!!!」
「あ、青龍さん」
音もなくアンドウがタケシの背後に立っていた。
「ピピーッ、
「そりゃバックしますだろっ! ああもうびっくりした!?」
「じゃあ、さっきの音も青龍さんが?」
ヒバリの問いかけに首をかしげる。
「え、さっき下の階で音がしてただろ。二人とも聞いてるから幻聴なんかじゃないはず……」
「ふむ。私は先ほどまで小休止モードに入っていたので外部からの音はすべて遮断していました。日本人風に言うと瞑想デスね。よって何も聞こえていませんでした」
「つまり、寝てたってことだな」
「そうなんですか!? この状況下で?」
ヒバリは目を丸くする。
「いえ、瞑想デス。つまりヨガデス。ヨガインストラクター1級の資格を持つ私にとって瞑想など朝飯前デス。朝食までの瞑想中というわけデス」
「何言ってんだ。お前が迷走中じゃないか」
「むっ、オヤジギャク検定2級の上級パターンを使いこなすとは、玄武様もなかなかの使い手」
「嬉しくねーよ! ……
「アタシの何がわかるって?」
アンドウの背後からすっと影が伸びる。
「うわっ、またこのパターン。いつの間に!?」
「白虎お姉さん、おかえりなさい。良かった、無事に戻ってきてくれて」
「はいただいま。ごめんね、随分と待たせちゃったかな」
イタルの姿を見てホッとしたのか、タケシとヒバリはヘナヘナとその場に座り込む。
「さっきの音は……パトカーのサイレンだったんですか?」
ヒバリが驚きの声を上げる。
「そっ、戻ってくる途中に不良の一団を見かけたからさ。もしも科学館に向かってたら、アタシ一人じゃどうにも出来ないし、警察を頼るのも一つの手かなって。見つかったらヤバいからどうなるか賭けだったけど、もしもみんなを危ない目に遭わせたりでもしたらそれこそ申し訳ないからね。大人になったら『不良』なんて簡単には済ませられないのさ」
「なるほど。ご立派な判断デス」
「案の定ここに
イタルの声に呼応して立ち上がる。
「もっちろん。ここまで来て諦められるわけないじゃん! ね、朱雀ちゃん」
「はいっ。疲れも怖さも半分こしましたから、まだ大丈夫です」
ヒバリの言葉にイタルはにんまりと笑い、
「おやおや、一体何があったのかな~。ま、カメラが全て見ているからね。後でじっくりと確認させてもらいましょうか」
「なっ、何言ってんのさ! それより早く続き続き。下からペンキを運ばなきゃいけないんだから、時間は有効に使わなきゃっ」
慌てて下に降りるタケシを見つめながら笑いをこらえきれずにイタルが呟く。
「いいねぇ、青春ってやつは。楽しそうで何よりだ」
「ええ、本当に楽しいです」
ヒバリが答える。
「こんな風に笑い合ったり、恐怖で震え上がったり、感情を思いっきり表に出すのも。全力を尽くして一つのことに集中するのも楽しくて。楽しすぎて怖いくらいです。終わらせるのがもったいないくらい」
「そいつはいいねぇ。もったいないオバケが出てきそうだ」
「お化け!」
アンドウが目を光らせる。
「うわっまぶしっ。タブレットにライトが反射してるっての!」
「ふふっ。続きを頑張りましょう」
――そして夜明け前にほど近い薄明の刻に。
彼らの絵は、完成した。
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