第5話
ユキちゃんのところに向かう岡田くん。そして、その少し後ろをついていく、わたしと沖くん。
とりあえず、もう一度岡田くんとユキちゃんが二人きりにしてみようとは思うけど、もしそれでうまくいきそうになかったら、すぐにわたし達が出ていくつもりだ。できれば二人きりでいい雰囲気になってほしいけど、今のままじゃ、ちょっとどころじゃないくらい心配だ。
岡田くんがユキちゃんと待ち合わせしているのは、お祭り会場の外れ。遠目にその場所が見えた時、一緒にユキちゃんの姿も見えた。だけど同時に、そのすぐ横に、一人の男の人が立っていることに気づく。
「誰……?」
多分、わたし達よりちょっとだけ歳上の、高校生くらい。その男の人は、ユキちゃんと向き合って、何かを話していた。
「もしかして、あれってナンパじゃないの?」
さっき岡田くんが心配してたこと、当たっちゃった!?
もしそうなら、助けなきゃ。もちろん、ナンパが悪いことってわけじゃないけど、強引な誘い方なんてしていたら、ユキちゃんは絶対に困ってるはず。
そして、そう思ったのはわたしだけじゃなかった。
「要!」
その様子を見た岡田くん。ユキちゃんの名前を呼びながら、一目散に駆け出すと、あっという間に二人の間に割って入っていく。
「要。こいつ、誰? 要に用があるなら、俺も聞くけど」
「お、岡田くん……」
急に出てきた岡田くんに、ビックリするユキちゃん。わたしも、岡田くんに続いて駆けつけようとするけど、沖くんがそれを止めた。
「待て。もう少しだけ、様子を見ないか」
そんな悠長な。そう思ったけど、とりあえず沖くんの言う通り、ユキちゃん達の様子を見守りながら、ある程度近づいたところで聞き耳を立てる。
岡田くんは、ユキちゃんを守るようにその前に立ち、自分より体が大きく歳上っぽい男の人を、鋭い目つきで見据える。
だけどその人は、そんな岡田を見て、ふっと表情を和らげた。
「君、もしかして、俺がこの子に何かしようとしたとか思ってない? だったら、その心配はいらないから」
「へっ?」
ふぇっ、違うの? わたしも岡田くんも、まさにそんな想像をしてたんだけど。
すると、後ろにいたユキちゃんが、ちょんちょんと岡田くんの肩をつついて、言う。
「この人は、この子のお兄さんだよ」
「この子って……」
岡田くんが困惑しながら振り返ると、ユキちゃんの足下に、小さな小学生くらいの女の子がいた。
その子、誰?
「この子、お兄さんとはぐれたって言ってて泣いてたの。だから、わたしがついてて、岡田くんが来た後で迷子係のところに連れていこうって思ったの。だけどその前に、お兄さんの方が先に見つかったんだ」
「そ、そうなのか」
それじゃ、ナンパだと思ったのは、全部わたし達の勘違いだったってこと?
「妹の面倒見てくれてありがとね。ほら、ちゃんとお礼言うんだぞ」
「うん。お姉ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。お兄さん、見つかってよかったね」
うん。確かにこれは、どう見てもナンパにはじゃないね。慌てて飛び出そうとしてたけれど、沖くんが止めてくれてよかった。でないと、恥ずかしい思いをすることになってたかも。
わたしは、ちょっと離れたところからそう思っていたけれど、その恥ずかしい思いをした人がいるんだよね。もちろん、岡田くんだ。
「えっと……な、なんか、すみません」
ついさっき、堂々とこいつ呼ばわりした上に、思い切り睨み付けたんだ。いたたまれなくなったのか、とりあえず謝っている。
幸い、お兄さんは特に気を悪くした様子はなかった。
「気にすることないよ。彼女が知らない男に声かけられてたら、そりゃ慌てもするだろうね」
「か──かのっ!?」
彼女。さらっと出てきたその言葉に、思い切り動揺する岡田くん。
お兄さんはそこまで言うと、もう一度頭を下げ、それから妹ちゃんの手を引いて、その場を去っていった。
そうしてそこには、岡田くんとユキちゃんの二人だけが残る。
「な、なんかあの人、変な勘違いしてたみたいだな」
「そ、そうだね。なんでだろう」
彼女発言にはユキちゃんもビックリしたみたいで、目を白黒させている。それから、恥ずかしさを隠すように、強引に話題を変えた。
「それにしても岡田くん、凄い勢いでやって来たから驚いたよ。あの人が、わたしに何かしようとしたって思ったの?」
「お前っ! わざわざそれを蒸し返すか!? 仕方ねーだろ。こういうところは、ナンパとか多いってイメージがあるんだからよ」
ごめんね。そのイメージ植え付けたの、わたしだよ。
「だけどあの人、けっこう歳上っぽかったじゃない。高校生くらいかな? そんな人見たらわたしなんて子供だろうし、わざわざ声なんてかけないって」
真っ赤になって気まずそうな岡田くんとは対照的に、ユキちゃんはそれを見てクスクスと笑う。
だけど岡田くん、そこで、少しムキになったように言う。
「そんなのわかんねーだろ。要、今日はいつもより大人っぽくて、可愛いんだからよ」
「えっ──?」
可愛い。その言葉が出てきた瞬間、時が止まった。
それから、ユキちゃんの顔がだんだんと赤くなっていく。
「えっと……可愛いって、わたしのこと?」
「そ、それは、その…………だって、実際可愛いだろ。だから、少しくらい自覚した方がいいというか、気をつけた方がいいというか……」
「う、うん。ありがとう」
岡田くんも照れながら話すものだから、言えば言うほど、二人ともますます顔が赤くなる。だけど、これってなんだかいい雰囲気じゃない? 少なくとも、岡田くんの口からハッキリ可愛いって言えたのは、本人にとっては大きな進歩だと思う。
と、そこで、隣で同じように事態を見守っていた沖くんが囁いてきた。
「俺達、このまま二人のところに行くべきか? それとも、もうしばらくこのまま見てるか?」
「そうだね。どうしようか」
いつまでも、こんな中途半端な場所で見てるだけってのはよくない。だけど、せっかく雰囲気が良くなった二人のところに行くのも野暮な気がした。
「もうしばらく、二人きりにさせようか」
「そうだな」
こうしてわたし達は、揃ってその場から退散する。
どうか二人がうまくいきますようにって、心の中でエールを送りながら。
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