第3話

 ついにやってきた、夏祭り当日。お祭り会場の前に、まずはユキちゃんの家にやって来た。


「いらっしゃい。わぁ、真昼ちゃん、その浴衣かわいいね」


 出迎えてくれたユキちゃんが、わたしの姿を見るなり声をあげる。

 今日のわたしの格好は、この日のために用意した特性コーデ。黄色地にマーガレットの柄の浴衣に、赤い鼻緒の下駄。緑の帯は、取りつけ簡単な作り帯。じっくり選んで買ってもらったお気に入りだ。

 だけど、かわいいって言うならユキちゃんだってそうだよ。


「ありがとう。ユキちゃんもすっごくかわいいよ。それに、なんだか大人っぽい」


 ユキちゃんもわたしと同じく浴衣姿で、白い生地に金魚の柄が描かれている。いつもは下ろしている髪も、今日はアップにしていて、元々あった上品な雰囲気がさらに増してる気がする。


 お祭りそのものも楽しみだけど、こうしてオシャレして浴衣を見せ合うのも、今日の楽しみの一つだ。


「これなら、岡田くんもきっとかわいいって褒めてくれるよ」

「えっ? どうして岡田くんが出てくるの?」


 キョトンした顔で聞いてくるユキちゃん。おっといけない。こういうのは、意識してないところで言われた方がいいよね。


「う、うーん、なんとなくかな。それより、せっかくだから写真撮ろうよ」

「そうだね。二人一緒のやつがいいな」


 ユキちゃんが隣に並んだところで、二人ともカメラにおさまるよう、スマホを構える。だけどそこで、通話を告げる着信音が鳴り出した。

 相手の名前を確認すると、沖くんだった。


「もしもし、なにか用?」

「ちょっと聞きたいんだけど、集合するのって、今から一時間くらい後だよな?」

「うん、そうだよ」


 沖くん、岡田くんの男子二人とは、お祭りの会場で待ち合わせの約束になっている。

 ちゃんと話しておいたはずなのに、どうしてわざわざ今になって聞いてくるんだろう?


「勝正のやつ、今から行って待とうとしてるんだよ」

「今から? いくらなんでも早すぎだよ」


 岡田くん、どれだけはりきってるの。


「えっと。わたし達も今から行った方がいいかな?」

「いや、まだ祭りも始まってないし、退屈するだけだろ。こっちは俺がなんとかするから、ゆっくり来てくれていいぞ」


 まさか沖くんも、こういうところをフォローすることになるなんて思わなかっただろうね。


 それから一時間後。わたしとユキちゃんがお祭り会場にたどり着くいた頃には、辺りは薄暗くなっていて、大勢の人で溢れていた。そしてやっぱりと言うかなんと言うか、既に沖くんと岡田くんの姿があった。


「ごめんね二人とも。待った?」

「い、いや。今来たところ……かな」


 沖くんはそう言うけど、この微妙な反応を見るに、絶対に結構な時間待ってたんだろうな。

 だけど、待った甲斐は十分にあったと思うよ。


「見て見て二人とも。ユキちゃんの浴衣姿、可愛いでしょ!」


 ユキちゃんの背中を押して、二人の前に、特に岡田くんの前に押し出す。

 さあ、岡田くん。浴衣姿のユキちゃんをしっかり見て、そして可愛いって言ってあげるんだ。

 そう、思ってたんだけど……。


「…………」


 岡田くんりユキちゃんを前にしたとたん、目を丸くしたまま、何も言わずに固まっちゃった。もちろん、『可愛い』の『か』の字も出てこない。


 ユキちゃんも、目の前で動かなくなった岡田くんに困惑している。


「えっと……岡田くん?」

「えっ──いや、その……」


 ユキちゃんに声をかけられ、我に帰った岡田くん。だけどまあ、どもるどもる。そしてとうとう、なに一つ褒め言葉を言わないままそっぽを向いちゃった。


 慌てて駆け寄って、ヒソヒソと小声で耳打ちをする。


「ちょっと岡田くん、予定と違うじゃない。可愛いって言ってあげるんじゃないの?」

「いや、やっぱり無理だって。可愛いなんて言えねーよ。って言うか、直視するので精一杯だ」


 ここまできてまだそんなこと言う? そりゃ、照れてるんだってのはわかるよ。だけど、そういう照れや恥ずかしさを乗り越えるのが、今回の目標だったのに。

 思えば岡田くんは、何年も何年もこんな調子。

 今までは、それでも温かく見守ってきたけど、これじゃいくらわたし達が背中を押しても、いつまでたっても進展なんてできそうにない。


「いい、岡田くん。そういうのを、ヘタレって言うんだよ」

「うぐっ!」


 わたしの言葉が突き刺さったのか、胸に手を当てて押さえる岡田くん。さすがに言い方がきついかなとは思ったけど、ここは、ちょっとした荒療治が必要そうだ。


「二人とも、なに話してるの?」


 コソコソと話すわたし達を不思議に思ったのか、ユキちゃんが首を傾げて聞いてくる。そこでわたしは、そばにいた沖くんの手を掴み、言う。


「わたし、沖くんと一緒にかき氷食べに行ってくるから」

「えっ。二人のこと、放っておいていいのか?」


 急な話に沖くんも驚くけど、いいの。と言うか、二人きりにするのが目的だから。


「はぐれるといけないし、わたしも行こうか?」

「沖くんも一緒だし、いざとなったらスマホで連絡すれば大丈夫だよ。ユキちゃんは、岡田くんと二人で回ってて」


 ちょっぴり強引にそう言うと、今度は岡田くんが、小さな声で囁いてきた。


「ちょっと待て。要と二人って、どうすればいいんだよ」

「とりあえず、二人で一緒にあちこち回って。それで、いい雰囲気になったって思ったら、今度こそちゃんと可愛いって言うの。いいね」

「いや、でも……」


 岡田くんはまだ何か言いたそうだったけど、ここは厳しく、このまま二人きりにしてあげよう。

 こうでもしなきゃ、ちっとも前に進みそうにないからね。


「それじゃ、沖くん。行こうか」

「あ、ああ。勝正、そういうわけだから、がんばれよ」


 そうしてわたしは、沖くんの手を引き、二人のそばから離れていった。

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