第2話
岡田くんの恋を応援するために計画した、夏祭りのキューピッド作戦。本人も了承したことだし、いよいよ本格的な作戦会議開始だ。
「けどよ、作戦って言ってもなにすりゃいいんだ? 一緒に夏祭り行くだけなら、いつもとあんまり変わらねーよな」
「ユキちゃんにいいとこ見せたり、喜ぶことをやってあげたらいいんだよ。そうしたら、岡田くんのことカッコいいって思ったり、意識してくれるかもしれないよ」
「カッコいい、か。悪くないな。で、喜ぶことってなんだ?」
ここでスッと出てこないのが岡田くんらしいけど、そんなのはこっちも想定済み。ちゃーんと考えておいたよ。
鞄の中からノートを取り出して、それを見せる。
「これ、わたしなりにお祭りで嬉しいことや楽しいことを書いてみたから、よかったら参考にしてみて」
「芹沢、お前そこまでしてくれるなんて……ありがとな」
感激してくれる岡田くん。そんな風に言ってもらえると、わたしも頑張った甲斐があったよ。
だけどそう思ったのもつかの間。ノートに目を通していくうちに、岡田くんの眉間にだんだんとシワがよりはじめた。
「えっと、かき氷を食べる。わたがしを食べる。りんごアメを食べる。イカ焼きを食べる。チョコバナナを食べる……って、食べるばっかりじゃないか。俺はどれだけ食えばいいんだよ!」
「えっ、ダメ? でも、食べ物以外もちゃんとあるよ。金魚すくいするとか、射的とか」
そこまで言ったところで。その様子を見ていた沖くんが小さく突っ込む。
「それって、恋愛関係なく、単に芹沢がやってみたいことを並べただけじゃないのか?」
うっ……言われて見ればそうかも。
で、でも、ちゃーんと恋愛に発展しそうなやつだって書いてあるんだから。
「じゃあ、これならどう? ユキちゃんがナンパされてるところを、岡田くんがかけつけて助けるの。少女マンガでもそういうシーンがあって、ヒロインの女の子がときめいてたんだから」
「おぉっ、確かにそれなら、ちゃんとカッコいいとこ見せられそうだ」
これには岡田くんも好印象。だけどそこで、再び沖くんからのツッコミが入る。
「それって、ナンパするやつがいないとはじまらないよな。誰がやるんだよ」
「えっ? えーっと、わたしや沖くんが変装するとか?」
「──無理」
しまった。少女マンガを参考にした完璧な計画だと思っていたのに、まさかそんな落とし穴があるなんて。
「お前の作戦、全然ダメじゃねーか! だいたい、お前だって誰かと付き合ったこともないんだし、こういう作戦を考えるのは無理なんじゃねーの」
「なっ!?」
なんて失礼な。とは言うものの、確かに岡田くんの言う通り、実はわたしも、恋愛とか恋人とか、そういう経験がまったくないんだよね。やっぱりこういうのって、経験がないとアドバイスできないのかな。
「けどそれなら、付き合ったことのある人なら、ちゃんとアドバイスできるよね」
「まあ、経験ゼロのやつよりは、ずっと頼りになりそうだよな」
「このメンバーの中だと、そんなの一人しかいないけどな」
付き合ったことのある人。その言葉に、みんなの視線が一人に注がれる。今まであまりしゃべる機会のなかった、涼子ちゃんに。
「えっと……それって、わたしのことだよね」
「もちろん。と言うか、最初から涼子ちゃんの意見を聞いておくべきだったよ」
なにしろ涼子ちゃんは、わたし達の中でただ一人の彼氏もち。しかも、小学生のころから付き合っていて、交際歴三年のベテランカップルだ。
相手は一歳年上の先輩で、今はここから離れた別の中学校に通っているんだけど、それでも仲良くお付き合いは継続中。
告白からはじまって、ラブラブな時期から、ちょっと寂しさのある遠距離恋愛まで、恋の楽しさも辛さも知っている、まさに恋愛マスターって言っても過言じゃない。
「過言だよ! あんまりハードルあげないで」
「ふぇっ? 心の声に返事をされた!?」
モノローグに対してしっかりつっこんでくるなんて、涼子ちゃん、もしかしてエスパー?
「バッチリ声に出てたよ」
そうだっけ? 思ったことをすぐ口に出すクセ、なんとかした方がいいかも。
だけど今はそれよりも、涼子ちゃんの意見を聞く方が先だ。
「涼子ちゃんなら、どんなことされたら嬉しかったりドキッとしたりするの?」
「うーん、本当のこと言うと、何をされるかよりも、一緒にいられるっていうのが一番大事かな」
一緒にいられる。シンプルだけど、遠距離恋愛中でいつも彼氏さんと会えるわけじゃない涼子ちゃんが言うと、とっても説得力がある。
けど、岡田くんとユキちゃんに関しては、残念だけどそれだけじゃちょっと弱いかもしれない。
「今まで岡田くんとユキちゃんが一緒にいることは何度もあったけど、全然進展してないよね」
「悪かったな! どうせ俺は一緒にいたってちっとも意識してもらえねーよ!」
あらら。岡田くん、拗ねちゃった。それを見て、慌てて涼子ちゃんが付け加える。
「で、でも、やってもらって嬉しいことならあるよ。例えば、浴衣が可愛いって褒めてもらったり、人混みではぐれないように手を繋いでもらったりすると、ドキッとするよ」
照れ顔でいう涼子ちゃん。きっと、実際に彼氏さんからそういうことを言われたりしてもらったりしたんだろうな。
わたしもそういうシーンを少女マンガで見たことがあるけど、よかったな~
しかもこれなら、ナンパされてるところを助けるよりも、ずっとずっとやりやすそうだ。
なのに──
「可愛いと褒める、手を繋ぐ。俺には無理だ」
「えぇっ、なんで!? せっかくのチャンスじゃない」
「男がそんなの軽々しくできるか!」
これだよ。岡田くん、普段は強気な雰囲気のに、こういうことに関しては、とたんに意気地がなくなるんだよね。
好きだって気持ちがどうしてユキちゃんに伝わらないのか、なんとなく……いや、けっこうハッキリとわかる気がするよ。
呆れてため息が出るけど、そこで涼子ちゃんが、やんわりとした口調で言う。
「でも、普段可愛いなんて言わない岡田くんが言うなら、なおさら効果があるんじゃないかな」
「うっ……」
「恥ずかしいのはわかるけど、だからこそ言ってもらったら、すっごく嬉しくなるんだよ。ユキちゃんだってきっとそうだよ」
「そ、そういうものなのか……」
涼子ちゃんに諭され、意地を張ってた岡田くんも、少しずつ揺らいでいく。そして、ついに折れた。
「それで要が本当に喜ぶなら、やってみてもいいかな。あと、手を繋ぐも……もしかしたらやるかもしれない。やらないかもしれないけど」
「やってみなよ。ユキちゃん、絶対喜ぶよ」
ようやく決意してくれたね。これだけ話し合った結果、やると決めたのが、可愛いと褒めることと手を繋ぐことってのは、ずいぶん目標が低い気もするけど、岡田くんにとってはそれでも一大決心だ。
ただそのあと、ちょっぴり不安そうに言ってくる。
「当日は、うまくできるようフォローしてくれよな」
ここまできてさらに頼ろうとするのが岡田くんらしいと言えばらしいけど、それを聞いた涼子ちゃんは、困った顔をした。
「えっと……ごめん。わたし、その日はみんなとは別行動じゃダメかな?」
「別行動!? わざわざこんな作戦会議まで開いて、本番にはいねーのかよ」
てっきり涼子ちゃんも一緒にお祭りをまわるものだと思っていた岡田くん。わたしも、当日涼子ちゃんがフォローしてくれたら、とても心強いと思う。
でもね、涼子ちゃんは涼子ちゃんで、すっごく大事な用があるんだよ。
「その日ね、久しぶりに涼子ちゃんの彼氏さんがこっちに帰ってくるの。それなら、わたし達と一緒じゃなくて、二人きりでまわった方がいいんじゃないかって思ったんだけど、ダメかな?」
さっき涼子ちゃんは、一緒にいられるのが一番大事だって言ってた。
普段は直接会えない二人だからこそ、こういうたまに会える時を大事にしてほしい。
「あー、うん。それは、絶対そっちに行くべきだな。自分の彼氏より他のやつの恋愛を優先させるなんて、ありえねーよ」
岡田くんも、理由を聞いてあっさり納得する。
ただしその後、わたしと沖くんを見てため息をつく。
「ってことは、その日協力してくれるのはこの二人だけか。不安だ……」
ちょっと! そりゃ確かに涼子ちゃんほど役には立たないかもしれないけどさ、そもそも一番頑張らなきゃいけないのは岡田くんなんだからね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます