本編

○学校・外観

   チャイムが鳴る。


○同・教室

   休み時間。三十人ほどの児童の教室。

   少しずつ児童達の声で騒がしくなる。

   男の子1、勢いよく立ちあがる。

男の子1「校庭行こうぜー。一番遅いやつ片付けな」

   男の子1、三人の男子を引き連れて、廊下へ走っていく。

   森夢芽(11)、中央の席から男子達を一瞥するが、すぐに視線を戻す。鞄から、動物の本を取り出して読み始める。  

   と、窓側から女の子1の笑い声。

   夢芽、ビクリとして女の子1を見る。

女の子1「男子っていつまでも成長しないよねー。休み時間少ししかないのに、校庭行っちゃってさ」

   女の子1、女子達と楽しそうに話している。

   夢芽、うらやましげに見つめるが、すぐに手元の本へ視線を戻す。

   開いているページにはオカピが描かれている。

   ×   ×   ×

   田辺虎太郎(11)と弓家和人(11)、教室の後ろから夢芽を見ている。

和人「なあ、虎太郎」

虎太郎「ん?」

和人「お前さっきからずっと森のこと見てね?」

虎太郎「はっ? んなわけないじゃん」

和人「嘘つけ。お前休み時間始まってから、ずっとぼうっとしてんじゃん。なんつーか、心ここにあらずってか」

虎太郎「黒板見てるだけだし」

   和人、半笑いで、

和人「へー。何も書いてないのに」

虎太郎「それは……」

和人「図星か」

虎太郎「てか、俺がどこ見ててもお前に関係ないだろ」

和人「そうだな。まっ、虎太郎はああいう女好きじゃなさそうだしな」

虎太郎「ああいうって?」

和人「なんつーか、暗いっていうか」

虎太郎「バカ! 聞こえてるって」

   虎太郎、和人の頭をはたく。

和人「そうやってムキになるところが余計に怪しいってか」

虎太郎「だ、だから違えし」

   じゃれ合う虎太郎と和人。

   夢芽、ページをめくる手が震えている。

   と、夢芽の本に影がかかる。

   夢芽、振り返ると、関愛沙(11)が本を覗きこんでいる。

   驚いてのけぞる夢芽。

   愛沙は動じずに、

愛沙「オカピ! オカピでしょ、その動物。前の学校の近くに動物園があったんだ。もしかして、森さんも好きなの?」

   愛沙、夢芽をじっと見ている。

   夢芽、溜まらず視線をずらす。愛沙の髪留め、動物の柄。

愛沙「それとも、ひょっとしてたまたま開いてただけだったかな。私、オカピ好きだから早とちりしちゃったみたい」

   愛沙、手をバタバタとさせて、早口で弁解する。

   夢芽、口を開こうとするが何も言えない。

愛沙「えーっと……森さん?」

   不思議そうな顔の愛沙。

   夢芽は黙ったまま俯く。

   愛沙、困ったように周囲を振り向くと、児童達が全員自分に注目していることに気づく。


○学校・廊下

   愛沙、歩いている。後ろから虎太郎、やってくる。

虎太郎「関!」

   愛沙、振り返る。

愛沙「なんだ田辺くんか……」

虎太郎「なんだ、って。誰ならよかったんだよ」

愛沙「森さん」

虎太郎「うわっ。はっきり言うな、お前」

愛沙「で、何の用? 用がないなら私行くけど。職員室に呼ばれてるから」

   愛沙、歩き出す。

虎太郎「待てって。その森のことだって。関、さっき森に話しかけただろ」

愛沙「それが?」

虎太郎「来たばかりで知らないだろうけど、森に話しかけても無駄だぜ」

愛沙「どういうこと」

虎太郎「だって、森って――」

○同・リビング(夕)

   森麻子(42)、ソファーに座って読書している。              

   夢芽、無言で入ってくる。

麻子「あら、おかえり」

夢芽「ただいま」

   麻子、さりげなく本を隠す。

麻子「今日はどうだった」

   夢芽、流しに向かい、手を洗う。

夢芽「いつもと同じ」

麻子「それじゃ分からないわよ。誰かと話せた?」

夢芽「それもいつもと同じ」

麻子「愛沙ちゃんとも話せなかったのね」

夢芽「どうして、関さん」

麻子「あの子、転校してきたばかりでしょ。よく知らない子なら、夢芽も平気かなって」

夢芽「話しかけられたよ」

麻子「本当に? よかったじゃない」

夢芽「ううん。全然よくないよ。結局、いつもみたいに何も言えなかったし」

麻子「そう。それは残念だったわね。でも今日ダメでも明日は分からないわよ。案外、ふとしたきっかけで話せるようになるかもしれないでしょ」

夢芽「どうせ無理だよ。みんな私のこと、ただの内気な子くらいにしか思ってないし」

麻子「夢芽……」

   夢芽、手を拭き、リビングの戸に手をかけながら、

夢芽「あ、その本も役に立たなかったね」

麻子「えっ……本って」

夢芽「いいの。私は病気だから」

  夢芽、リビングから出る。

  取り残される麻子。

 麻子、ため息をついて、隠していた本を手に持つ。

   表紙には『場面緘黙サポート』の文字。付箋が複数ついている。

   麻子、本棚に本をしまう。他の本もすべて場面緘黙症に関する本。


○同・夢芽の自室(夕)

   『日記に友達がほしい』の文字。

   夢芽、日記を閉じてテレビをつける。

   場面緘黙症の特集。少女がアルバイトをしている様子が映っている。

   夢芽、食い入るように見ている。

テレビの声「……それでもYさんには誰かの役に立ちたいという思いがありました……」

   物音がして、夢芽はテレビを消す。

   夢芽、開いていく戸を見る。

   ペットの大型犬が入ってくる。

   夢芽、ほっとしたように、

夢芽「ココア……きゃっ」

   ココア、夢芽に飛びつく。

夢芽「くすぐったいよ、ココア。あ、ちょっと待っててね」

   夢芽、ココアをお座りさせてから、日記を開く。

   『友達はいらない』と書き直す。

夢芽「ほら、おいでココア」

   夢芽、笑顔で手を広げる。


○同・リビング

   夢芽、ソファーで俯いている。傍らにはココアがお座りして、夢芽を見つめている。

   少し離れたダイニングテーブルでは森貴弘(43)と麻子、斉藤美保(32)が向かい合っている。                                 

貴弘「今、なんとおっしゃいました」

美保「登校班の班長です」

貴弘「ウチの子に、ですか」

美保「はい。夢芽ちゃんにお願いしようと考えています」

麻子「去年やった虎太郎くんは嫌がったの?」

美保「いいえ。本人はやる気です」

麻子「じゃあ」

美保「ですが、夢芽ちゃんがより適任だと、

私は思ってます」

   貴弘と麻子、顔を見合わせる。

貴弘「それは地区内に上級生がいないからでしょうか」

美保「そういうわけでは……」

麻子「そうよ。愛沙ちゃんは転校してきたばかりで、虎太郎くんは二年連続になっちゃうから」

美保「違います」

麻子「じゃあ、どうしてなのよ……」

   麻子、狼狽えて頭を抱える。

貴弘「すみません、家内が。ですが、先生。どうしてウチの子に?」

美保「優しい子、だからです」

   戸惑う貴弘。

貴弘「申し訳ないですが、おっしゃっている意味が」

美保「二年間見てきてよく分かったんです」

貴弘「というと?」

美保「教室に入ってきた虫を逃がしてあげる

姿。ウサギの世話をする楽しそうな表情。私、思ったんです。夢芽ちゃんは言葉が少ないだけで、とっても優しい子だって」

麻子「そ、それは動物の話でしょ」

   麻子、声を荒らげる。

麻子「私だって、十一年間見てきましたよ。親ですから。でも、夢芽は人と話せないんです。そんな子が班長をやって、務まると思います?」

貴弘「麻子!」

   夢芽、小さく震える。

美保「それでも私は夢芽ちゃんを信じてみたいんです」

   美保、鞄から一枚の紙を取り出す。

   『五年生になったら』と書かれた紙。

貴弘「これは?」

美保「学校の授業です。そのときは話せなかったので、二人きりのときを見計らって聞いてみました。そしたら夢芽ちゃん、こう書いてくれたんです。班長やってみる、って」

貴弘「確かに夢芽の字だ」

美保「ご存じでしたか」

貴弘「いいえ。情けないことですが、全く知りませんでした。夢芽がこんなことを考えているだなんて」

麻子「本当なの、夢芽?」

   麻子と貴弘、夢芽を見る。つられて、美保も夢芽を見る。

   夢芽、動かず黙ってココアを見ている。

麻子「こんな調子なんです。それでもできると思いますか」

美保「私は夢芽ちゃんを信じます」

貴弘「……やめたいときはどうなりますか」

美保「すぐにやめられることを、お約束します」

貴弘「……分かりました」

麻子「あなた!」

貴弘「いいじゃないか、夢芽が言うなら。もしかしたら話すきっかけになるかもしれない」

美保「ありがとうございます」

   美保、頭を下げる。鞄からICレコーダーを取り出す。

美保「それと、もう一つお願いがあるんです」


○学校・視聴覚室

   虎太郎、夢芽、愛沙が美保と向かい合っている。

夢芽の声「(小声で)……これからよろしくお願いします」

   美保がICレコーダーの停止ボタンを押し、児童の顔を見渡す。

   夢芽、耳を塞ぎ俯いている。

   虎太郎、不満そうに夢芽を見ている。

   愛沙、まっすぐ美保の目を見ている。

   美保、虎太郎を見て、

美保「そういうことだから、登校班の班長は夢芽ちゃんにお願いすることにしました。それで、虎太郎くんに相談なんだけど、夢芽ちゃんの班長、助けてあげられないかな?」

   美保、微笑む。

虎太郎「先生、俺じゃダメなの……」

美保「うん?」

虎太郎「班長、俺やりたい」

美保「虎太郎くんは去年もやったでしょ」

虎太郎「連続じゃダメとかないはずじゃんか!」

美保「虎太郎くん……」

虎太郎「先生は森にひいきしてる」

美保「そんなことないわ」

虎太郎「嘘だ。先生、授業で森のことはあてないし、音楽で口パクでも許すじゃん。森が一番お気に入りだからでしょ」

美保「違うわ。先生は虎太郎くんも、夢芽ちゃんも、みんな同じくらい大好きよ。だから、みんなに幸せになってほしいの」

   虎太郎、俯いている。

美保「だから、お願い。夢芽ちゃんを助けてくれない?」

   虎太郎、ぷいと横を向く。

   美保、悩んだ顔をして、愛沙を見る。

   愛沙、不思議そうに首をかしげる。

   

○学校・外(夕)

   夢芽、一人で歩いている。

   その後ろから愛沙が肩を叩く。

愛沙「ゆーめちゃんっ!」

   夢芽、振り返る。

愛沙「(笑顔で)いっしょに帰らない?」

   

○通学路・ファミレス・外(夕)

   夢芽と愛沙、歩いている。

愛沙「急に先生に呼び出されて、私びっくりしちゃった。怒られるのかと思って。でも、そういう事情があったんだね。動物の話、スルーされたとき、てっきり私嫌われちゃったのかと思ったよ。転校してすぐだったから、泣きそうで泣きそうで」

   夢芽、悲しい顔で少し頭を下げる。

愛沙「あ、泣きそうっていうのは、もちろん冗談だからね。本気にしないでね。ははっ……」

   と、乾いた笑い。

   夢芽と愛沙、無言で歩き続ける。

   愛沙、チラチラと何度も夢芽の表情を窺う。

愛沙「声、入れるの大変だったでしょ」

夢芽「……」

愛沙「話したくても話せない、それって辛いよね」

   夢芽、小さく頷く。

愛沙「でもさ……。色々言ってくる人、いるみたいだけど、私は自分のペースでいいと思うよ」

   夢芽、驚いて愛沙を見る。

愛沙「私もね、色々言われたから。女の子なのに、男みたいだって。そんなこと言われるとさ、思ったことしようにも、何も出来なくなるよね」

   夢芽、愛沙をじっと見つめる。

愛沙「なーんて。ごめん! 分かりもしないのに変なこと言って。夢芽ちゃんとは悩みのレベルが違うよね。すぐ自分のことに置き換えちゃうのも悪い癖ね」

   愛沙、恥ずかしそうに目をそらす。

   ファミレスの看板が映る。

愛沙「そうだ。この街のおいしいお店を教えてよ!」

   夢芽、首をかしげる。

愛沙「私、まだ来たばっかりだから知らなくて。もちろんムリなら全然平気!」

   夢芽、立ち止まる。

愛沙「夢芽ちゃん?」

   夢芽、鞄からレコーダーを出す。

愛沙「うん、それで!」

   愛沙、大きな笑顔。


○森家・夢芽の自室(夜)

   夢芽、机に向かい座っている。

   机の上には文字の書かれた紙とペン、レコーダーが置かれている。

   夢芽、レコーダーを見つめている。手に取って、置くことを繰り返す。

   夢芽、胸に手を当てて、深呼吸する。

   もう一度、レコーダーを手に取り、口に近づける。

夢芽「ええと……ペコリーノの……」


○同・外観(朝)

   夢芽、家から出てくる。緊張してぎこちない足取り。


○通学路・郵便ポスト前(朝)

   愛沙、四人の低学年、立っている。

   虎太郎、郵便ポストに寄りかかっている。足下の小石を蹴る。

愛沙「まだかな」

虎太郎「休んだんじゃね」

愛沙「どうしてそういうこと言うの?」

虎太郎「だって、来ねぇし。逃げたとしか考えられなくね」

愛沙「まだそうと決まったわけじゃないから」

虎太郎「やっぱり森には荷が重すぎたんだよ。先生も素直に俺にしとけば」

愛沙「あっ!」

   夢芽、走ってくる。

   愛沙、虎太郎を見ながら、

愛沙「ほらね。私の言ったとおり」

虎太郎「ちぇっ」

   夢芽、呼吸を整える。愛沙の隣に並び、

児童達に向かっておじぎする。

愛沙「よかった。みんな心配してたんだよ。田辺も、ね?」

   夢芽、虎太郎におじぎをする。

虎太郎「俺は別に」

   と、ばつが悪そうに頭を掻く。

愛沙「じゃあ……行こっか」

   夢芽、頷く。

○同・ファミレス・外(朝)

   夢芽と愛沙、少し離れて虎太郎、四人の低学年の順で歩いている。

低学年の子1「なんであの人喋らないの」

低学年の子2「分かんない」

   と、ヒソヒソと話している。

   夢芽、落ちこんでいる。

   隣に並ぶ愛沙、気づかってさらに夢芽の傍へ寄る。手が触れそうな距離。

   夢芽、愛沙の顔を見る。

   愛沙、首を横に振る。

愛沙「大丈夫。私がいるから。気にしちゃダメだよ」

   夢芽、ぎこちなく頷く。

   虎太郎、夢芽と愛沙を背後から怪訝な顔で見ている。

   と、急に愛沙が振り返る。

愛沙「今、見てたでしょ」

虎太郎「はっ。見てねぇし」

愛沙「視線感じた」

虎太郎「気のせいだろ」

愛沙「一年生がしっかりついてきてるか確認したら、これだもんね」

虎太郎「か、勝手に話を進めるなよ」

愛沙「私、直感が外れたことないの。嘘つかない方がいいよ」

   愛沙、詰め寄る。

   虎太郎、苦い顔で、

虎太郎「分かった、分かったって。見たよ。でもそれは関があまりに森の保護者みたいだからで」

愛沙「それだけ」

虎太郎「それだけだって」

   虎太郎、夢芽の視線に気づく。すぐに視線を逸らす。

愛沙「へー」

   と、訳知り顔の愛沙。

虎太郎「何だよ」

愛沙「今、思ったんだけど見てたのは別の理由もありそうだね」

虎太郎「もったいぶらないで言えよな」

愛沙「だからさ。ひょっとして、見てたのは

私じゃなくて、夢芽ちゃ」

虎太郎「ちょっと待て」

   と、虎太郎、片手を突き出す。

愛沙「何よ。田辺が言えって言ったんじゃない」

虎太郎「そのことじゃなくて。ほら、何か聞こえないか」

   愛沙、耳を澄ませて、

愛沙「何も聞こえないじゃない。ごまかそうとしたって無駄だから」

虎太郎「ホントなんだって。ああ、クソ。森も聞こえないか」

   虎太郎と愛沙の視線が夢芽に向く。

   夢芽、両手を耳に当てて、目を瞑る。

   夢芽、目を開き、小さく頷く。

虎太郎「ほらな。俺の勘違いじゃないだろ」

愛沙「夢芽ちゃんが言うならそうなのね。でも何の音なの」

   虎太郎、歩き始める。

愛沙「あ、ちょっとどこ行くのよ」

虎太郎「この先から聞こえるんだよ」

愛沙「だからって、班長は夢芽ちゃんだよ。

先行くのはどうかと思うけど」

虎太郎「通学路に歩く順番なんかないだろ」

   虎太郎、児童達をおいて先へ歩いていく。

   愛沙、呆れた様子で、

愛沙「どうして勝手なことばっかするんだろう」

   夢芽、虎太郎の行く先を見ている。

愛沙「夢芽ちゃん?」

   夢芽、愛沙の服の端を軽く摘まむ。

愛沙「行きたいの?」

   夢芽、頷く。

愛沙「そっか。行こう、私達も。あのおバカをよく見とかないとね」

   と、愛沙、夢芽の手を握って、虎太郎を追いかける。

○同・民家前(朝)

   大型犬、激しく吠えている。

   愛沙と虎太郎、歩道の角から覗きこむ。

愛沙「わんちゃんだったのね」

虎太郎「ああ。どうも変な音だと思った」

   と、虎太郎、背後を振り返る。

   四人の低学年、怯えている。

   夢芽、少し離れたところで無表情。

   虎太郎、再び犬を見る。

虎太郎「昨日はいなかったよな」

愛沙「うん。昨日どころか今までもね。誰かのおうちのを、預かってるのかも」

虎太郎「また、タイミングの悪い犬だ」

愛沙「私、わんちゃんすごい苦手」

虎太郎「動物好きなのに?」

愛沙「好きだから近づいたら、噛まれたことがあって。どうやって通ろう」

虎太郎「石でも投げるか」

愛沙「そんな可哀想なことやめてよ。それより、他の道はないの」

虎太郎「ないね。俺たちの通学路はこの狭い道を通ってくようになってるから。他の道だとまたポストのところまで戻らなきゃいけない」

愛沙「時間もないし、どうしよう……」

   悩む愛沙と虎太郎。

虎太郎「分かった。じゃあ、俺が先行って引きつけるから、そのうちに関、行けよな」

   愛沙、虎太郎を見つめる。

虎太郎「何だよ」

愛沙「いや、田辺もカッコいいところあるんだなって」

   虎太郎、耳が赤くなる。

虎太郎「ほっとけ。じゃ、行くからな」

   虎太郎、犬の前に出て威嚇する。

   犬、後じさりする。

虎太郎「今だっ」

   愛沙、四人の低学年、少し遅れて夢芽、走り出す。

   虎太郎、満足そうに後を追う。

   犬、激しく吠える。児童が消えると唸っている。

   犬を繋ぎ止めている留め具が地面から 外れかかっている。


○学校・女子トイレ

   夢芽、蛇口を閉める。廊下に出ようとして足を止める。


○同・廊下

   虎太郎、和人と話している。

虎太郎「で、俺が追い払ったってわけ」

和人「すげぇな。それじゃ、虎太郎が班長じゃんか」

虎太郎「だろ。森じゃムリムリ。ああいうとき率先して行動しないと。一年もいるんだし」

   愛沙、やってくる。

愛沙「ちょっと! そういう言い方やめなよ」

虎太郎「は? どうして」

愛沙「夢芽ちゃん、頑張ってるんだよ」

虎太郎「それが? 俺だって頑張って犬を追い払ったけど」

愛沙「田辺の頑張りと、夢芽ちゃんの頑張りを一緒にしないで。田辺は確かに犬を追い払った。でも、それは田辺が普通に声が出るからでしょ。夢芽ちゃんは話すのが難しいんだよ。それでも班長やってる。やろうと努力してる」

虎太郎「俺の役を奪ってな。先生は森が好きだから」

愛沙「違うよ。別に夢芽ちゃんが好きで、田辺が嫌いとか、そういうことじゃないでしょ。先生は愛沙ちゃんが話せるようになるきっかけを作るために、班長を任せたんだよ。どうして分からないの」

虎太郎「分からないな。先生も関も甘やかしすぎだろ。みんながみんな森を中心に動いてる」

愛沙「当然でしょ。辛かったり、苦しんでいる人がいたら、みんなで助け合うのよ」

虎太郎「そのせいで俺は班長になれなかった」

愛沙「それは今年だけでしょ」

虎太郎「それだけじゃない。関は知らないだろうけど、三年のときも、四年も同じようなことがあったんだ。先生が変わるごとに森に何かをやらせようとしてた。パートリーダーとか、委員会とか。できもしないのに、その度に役を譲ってたんだ。森が大事なのは分かるけど、俺だってストレスくらい溜まる」

愛沙「虎太郎の気持ちは分かるよ。でも、そうだとしても、私が夢芽ちゃんだったら、助けて欲しいと思う」

虎太郎「どうして。人に迷惑かけてまで」

愛沙「声が出せないってすごく辛いことだから。私だったら声が出したい。そのために頼れるものは何でも頼りたい。誰かの一瞬を奪ってでも、自分の一生を取り戻したいって思う」

虎太郎「俺が森だったらそんな手段は取らないね。助けて欲しいとも思わない」

   和人、愛沙と虎太郎を交互に見て、引きつる顔。その場から静かに立ち去る。

愛沙「……」

虎太郎「何だよ。もう終わりかよ」

愛沙「さっき犬を追い払ったときは、ちょっとはカッコいいって思ったのに……田辺、最低!」

   愛沙、走ってトイレへ。

虎太郎「おいっ! 最低ってひでぇだろ。取り消せよ」

   一人取り残される虎太郎。

   虎太郎、小さな声で、

虎太郎「何だよ……。ホントのことじゃんか」


○同・女子トイレ

   夢芽、立ったまま動かない。

   愛沙、入ってくる。

愛沙「あっ。夢芽ちゃん……聞いてた?」

   夢芽、悩むも頷く。

愛沙「そっか。ま、気にしないで。男子なんてみんなバカなんだからさ。それより、あれどうなってる?」

   夢芽、首をかしげる。

愛沙「あれだよ、あれ。ほら」

   と、愛沙、レコーダーに声を吹きこむ仕草。

   夢芽、口を開けて、何かを思い出した表情。慌てて、レコーダーをポケット

から出す。

愛沙「よかった! 忘れられちゃったかと思ったよ。後でゆっくり聞くね」

   夢芽、照れを隠すようにトイレを出ようとする。

愛沙「夢芽ちゃん」

   夢芽、足を止めて、振り返る。

愛沙「辛いことたくさんあると思う。私が想像できないくらいたくさん。でも……負けちゃダメだからね。夢芽ちゃんは夢芽ちゃんのままでいい。そうやって勝てばいいんだよ」

   愛沙、顔を伏せる。肩が震えている。

夢芽、口を開こうとするが、何も言えない。手を伸ばすが、愛沙が顔を上げるのと同時に手を引っ込める。

愛沙「よし! 戻ろっか」

   と、元気よく言うも、その目は潤んでいる。


○森家・夢芽の自室(夕)

   夢芽、ココアを撫でながら手紙を書いている。

   『愛沙ちゃん、ありがとう』の文字。

夢芽「ココア……私、また何も言えなかったよ」

   ココア、夢芽の顔を舐める。

夢芽「慰めてくれるの?」

   ココア、おすわりしている。

   夢芽、苦笑して、

夢芽「お腹が空いたのね」

   夢芽、ココアの餌を皿に入れる。

   ココア、餌を食べる。

   夢芽、満足そうな顔でその様子を見ている。それから、はっとした顔で餌を見る。

   夢芽、ドッグフードの袋を手に取る。

   戸が開き、麻子入ってくる。手には洗濯カゴ。

   夢芽、とっさに手紙を隠す。

麻子「あら、夢芽。どうしたの」

夢芽「ううん。なんでもない」

   夢芽、袋を持って部屋を出る。

   首をかしげる麻子。

   麻子、机にある日記に目がとまる。


○同・リビング(夜)

   夢芽、麻子、貴弘、テーブルに向かい合って食事している。

   麻子と貴弘、互いの顔を窺っている。

   夢芽は気づいていない。

貴弘「夢芽、班長、やってみてどうだ?」

夢芽「二週間前も聞かれたよ」

麻子「辛くない?」

夢芽「それはないけど……」

貴弘「けど?」

夢芽「大変かな」

麻子「やめたいのね?」

夢芽「ううん。助けてくれる子もいるし。こういうことやったことがないから、意外に楽しいって感じかな」

麻子「本当に? やめたくなったらいつでも言っていいのよ」

夢芽「やめさせたいの?」

麻子「そういうわけじゃないのよ。ただ、お母さん夢芽のことが心配で。こないだもね」

   と、言いかけて貴弘が遮る。

夢芽「どうしたの」

麻子「ううん……なんでもないわ。班長、やれてよかったわね。お母さん安心したわ」

   夢芽、釈然としない顔。


○同・夢芽の自室(深夜)

   夢芽、眠っている。


○同・リビング(深夜)

   麻子と貴弘、テーブルを挟んで向き合う。

   テーブルには夢芽の日記。

麻子「班長、やめさせないと」

   貴弘、日記を開きながら、

貴弘「でも、夢芽は頑張っているみたいだ。もう少し様子を見た方がいいんじゃないか」

   麻子、貴弘の持っていた日記を取り、

麻子「まだ分からないの。ここに友達がいらないって書いてるじゃない。きっと、いじめられて苦しんでいるのよ」

貴弘「だとしても……どうして夢芽は話してくれなかったんだ」

麻子「私達だって、子供のころ言いにくいことはあったでしょ。夢芽は親に話せないから、日記に書くしかなかったのよ。それとも頼りないから言わないのかもしれないわ」

貴弘「頼りないって、誰が」

麻子「私達が、でしょ。実際、今もこうして決めきれないでいる」

   貴弘、黙っている。

麻子「あなた!」

貴弘「ああ……分かった。俺が言い出したことだ。明日、朝一で学校に電話して先生に伝えよう。今日限りで班長をやめさせてもらいますって。先生も分かってくれるだろう」

麻子「そうね。それから登校班も考え直して、もらわないと」

貴弘「登校班も?」

麻子「当然じゃない。いじめている子がそこにいるとも限らないし」

貴弘「そうだな……。とにかく、それも含めて明日話してみる」

   麻子、ため息をつく。

貴弘「どうした」

麻子「ううん。最近考え事が多くて」

貴弘「思い詰めるのもよくない」

麻子「でも、いつになったら治るのか。もしずっと続いたらって考えると、支えていけるか不安で」

貴弘「そんなこと言うもんじゃないよ。夢芽は必ず治るって病院の先生も言っていたじゃないか。それなのに、親である俺達がしっかりしないでどうする」

麻子「そうね。これまでも色々試したものね。まだ、できることはあるはずよね」

貴弘「ああ。だから弱気になっちゃいけないよ。夢芽のためになるなら、何でもやろう」

麻子「ええ。そうするわ」

   と、力なく微笑む。


○同・外観(朝)

   夢芽、家から出てくる。何かを決意したような表情で、拳を握りしめている。


○通学路・民家前(朝)

   大型犬、吠えている。

   愛沙と虎太郎、四人の低学年が犬を覗きこむ。

   夢芽、少し離れたところで、握った自分の拳を見ている。

虎太郎「いいか。いつも通りにやるからな」

   愛沙、答えない。

虎太郎「関。いい加減、機嫌直せよな」

愛沙「夢芽ちゃんに言ったこと忘れてないから。今は他の子のために協力してるだけ」

虎太郎「そうかよ。ま、いいけど」

虎太郎、少し歩いて、立ち止まる。

愛沙「どうしたの、早く行ってよ」

   虎太郎、顔を歪めて振り返る。

虎太郎「鎖が……」

   犬の鎖が外れている。犬、吠えながら、向かってくる。

虎太郎「ヤベえ、こっちにくるぞ!」

   虎太郎、急いで逃げるが、犬が近くに迫る。

虎太郎「うわっ」

愛沙「危ない!」

   愛沙、目を瞑り動けなくなっている。

   犬のひと鳴きに、愛沙、目を開ける。

   夢芽が目の前にいて、虎太郎は尻餅をついている。

   夢芽は犬と対峙しているが、怖がらず、犬と目線を合わせている。

   夢芽、犬を撫でる。楽しそうに。

虎太郎「し、死ぬかと思った……」

愛沙「夢芽ちゃん……?」

   夢芽、手のひらを開く。犬の餌が零れる。

愛沙「それって餌? 夢芽ちゃん、犬飼ってるの?」

   夢芽、頷く。

愛沙「すごい! こんな大きなわんちゃん手なずけちゃって」

虎太郎「なんだ、平気ならもっと早く教えてくれよ」

   虎太郎、ほっとしている。服を払い、

   ゆっくり立ち上がる。

愛沙「そうだね。夢芽ちゃんが助けてくれなかったら、田辺は今頃どうなっていたか」

虎太郎「関だって。目瞑って、怖がってたくせに」

愛沙「私のことはいいの。それより助けてもらって言うことないの」

虎太郎「前回とおあいこだろ」

   虎太郎、そっぽを向く。

愛沙「素直じゃないなー」

虎太郎「そんなことより、もう行こうぜ。遅れちまう」

   と、歩き出すが、低学年の子1が立ち止まっている。

虎太郎「どうした」

低学年の子1「兄ちゃん、もう一匹いる」

   と、震える声。

   虎太郎と愛沙、低学年の子1の視線の先を見て、驚く。

   犬、牙を剥き唸っている。虎太郎と愛沙の脇を走り抜け、夢芽に向かってく

る。

虎太郎「森、逃げろ!」

   夢芽の目が見開く。

   暗転。


○森家・リビング(朝)

   麻子、電話をしている。

麻子「はい……。ええ、今日もお休みさせていただきます。よろしくお願いします」

   麻子、電話を切り、ため息をつく。天

井を見上げる。


○同・夢芽の自室(朝)

   夢芽、足をさする。ギプスつけている。

   麻子、入ってくる。

麻子「夢芽、ちょっと降りてきて」


○同・リビング(朝)

   貴弘と麻子、テーブルを挟んで向かい合っている。

   夢芽、やってくる。

夢芽「お父さん、仕事は」

貴弘「休んだ。夢芽、座りなさい」

   夢芽、ゆっくり椅子に座る。

   貴弘、学校のパンフレットを出す。

夢芽「これ……何」

麻子「新しい学校の資料よ。お母さん達、話し合ったの。今の環境だとよくないって」

夢芽「でも」

貴弘「夢芽、聞きなさい。今回のことはお父さんに責任がある」

夢芽「……誰も悪くない」

   貴弘、首を横に振る。

貴弘「いいや。こんなケガまでしてしまって。俺が班長を断っておけばよかったんだ。先生に従ったばかりに」

夢芽「でも、私」

麻子「ホント言うと、お母さんは学校に行くこと自体心配なのよ」

夢芽「足はよくなってるよ」

麻子「今回はよかったわ。でも、もっと酷いことになっていたら……」

   麻子、顔を手で覆う。

貴弘「夢芽、どうする? 今度の学校は理解あるところだ。驚くなよ。実は夢芽と同じ状況だった子もいるらしい。そういうことだから、先生達も慣れているみたいだ。転校に不安になるのも分かる。でも、夢芽のためなんだ。お父さんを信じて、ここに通ってみないか」

   夢芽、悩みながら、口を開く。

夢芽「い……」

   と、言いかける。貴弘の懇願するよう

な顔を見て、口を閉じる。

   本棚の本、家族写真、泣いている麻子の姿を見て、小さく頷く。

夢芽「うん。……通ってみる」


○学校・教室

   美保、教卓で三十人ほどの児童に向き合っている。

   虎太郎と愛沙、真剣な顔で座っている。

愛沙「先生、本当ですか」

美保「ええ……残念だけど」

愛沙「転校なんて急すぎます」

美保「私もさっき聞いたの。職員室に連絡があって」

虎太郎「……ケガしたから? 俺を守ろうとして」

美保「違うわ。虎太郎くん達の責任じゃない。ただ、色々あってね」

虎太郎「そんなの理由になってない」

美保「虎太郎くん……」

愛沙「……最後の日はいつですか」

美保「ケガの具合があって難しそうなの」

愛沙「じゃあ、このまま会えないってことですか!」

   愛沙、叫ぶ。

   美保、驚いて何も言えない。

愛沙「私、まだお礼も言ってないのに……」


○森家の前の道(夕)

   虎太郎と愛沙、夢芽の自室の窓を見ている。

虎太郎「行こうぜ」

愛沙「もうちょっと」

虎太郎「こんだけ待っても気づかないんだ。いないんだよ、きっと」

   愛沙、答えない。

   虎太郎、困っている。

   雨、降ってくる。

虎太郎「俺、もう行くからな」

   虎太郎、駆けていく。

愛沙「あ、ちょっと」

   愛沙、虎太郎の後ろ姿を見て、

愛沙「家に行こうって、言ってくれたの誰だと思ってるのよ……」

   と、独りごちる。

 

○同・夢芽の自室(夕)

   夢芽、ギプスを外す。その場を歩いて、屈伸し、小さく頷く。

   夢芽、机に向かう。新しい学校のパンフレットを興味なさそうにパラパラと

捲る。

   雨、降ってくる。

   夢芽、カーテンを開けて外を見る。愛沙がトボトボと歩く後ろ姿を見つけて

驚く。

   夢芽、右往左往し、ギプスを手に取る。そのまま窓を叩く。

   愛沙、振り返って、はっとした顔。

愛沙「夢芽ちゃん!」

   愛沙、戻ってくる。夢芽に叫ぶ。

愛沙「この間のお礼! まだ言ってないから! 助けてくれてありがと」

   夢芽、口を開くが声が出ない。

   机に戻り、パンフの上からペンを走らせる。強い筆致で。

   『こちらこそありがとう!』と書いてある。

   夢芽、窓からパンフを見せる直前、麻子、部屋に入ってくる。

麻子「なんの騒ぎなの?」


○同・玄関(夕)

   麻子、愛沙に傘を貸している。

愛沙「あの、やっぱり、どうしても会えないですか。ちょっとだけでもいいんです」

麻子「せっかく来てもらって悪いけど、まだ治ってなくてね」

愛沙「そうですか……」

   と、肩を落とす。

   愛沙、玄関を出ようとする。

麻子「愛沙ちゃん」

愛沙「なんですか」

麻子「さっき、言ってたわよね。最後に会っておきたいって」

愛沙「はい。言いましたけど。転校しちゃうって聞いて」

麻子「何を話すつもりだったの」

愛沙「色々です。夢芽ちゃんには嫌な思いをさせちゃったので」

麻子「そう……。治ったら私から夢芽に連絡させるわね。来てくれてありがとう。また、今度お願いね」

   愛沙、名残惜しそうに去る。

   夢芽、階段からそっと見ている。


○同・リビング(夜)

   貴弘、麻子、夢芽、食事している。

   夢芽の食事、減っていない。

貴弘「ぬいぐるみでも買おうか? 新しい学校が決まったお祝いに」

麻子「もう五年生なのよ。それよりどこか旅行に行かない?」

   と、明るく話している。

   夢芽、黙っている。

   麻子の表情が曇る。

麻子「いじめられてるのよね」

   夢芽の箸が止まる。

麻子「……やっぱり。そうだったのね」

貴弘「夢芽、誰にいじめられてるんだ」

   夢芽、答えない。

麻子「愛沙ちゃんよね」

   夢芽の顔、引きつる。

夢芽「どうして。違うよ。愛沙ちゃんはそんなことしない。なんでそんなこと」

麻子「今日ウチに来たでしょ。そこで少し話したの。そしたら、夢芽に嫌な思いをさせちゃった、って言ってたわ。まったく、夢芽を心配する素振りなんかして」

貴弘「本当に? 前に会ったとき、そんなふうにみえなかったけど」

麻子「人は見かけによらないのよ。ああいう

子ほど裏で何をしているか分からない」

貴弘「とにかく、あちらの親御さんにも言っておかないとな」

   夢芽、小声で、

夢芽「違う……それは誤解で」

麻子「誤解? 家の前で夢芽に叫んでたみたいじゃない。怒鳴ってた、って近所の人は言ってたわよ」

貴弘「夢芽、本当か」

夢芽「……」

貴弘「いじめられることは恥ずかしいことじゃない。いじめるやつが悪いんだから」

   夢芽、答えない。

貴弘「分かった。何も言わないならお父さんにも考えがある」

   貴弘、意を決し、夢芽の日記を出す。

夢芽「これ、私の」

貴弘「本当は直接聞きたかったが、仕方ない。少し見させてもらった。友達いらないっていうのは、いじめられてるからなんだろう。夢芽、今のままじゃ何も分からない。詳しく教えてくれないか。夢芽が話さないと、お父さん達は夢芽を守れない」

   夢芽、俯く。

貴弘「泣いたって解決しない」

夢芽「違う……。日記、勝手に……」

貴弘「こうでもしなきゃ話してくれないだろう。夢芽も大きくなったら気持ちが分かるはずだ」

   夢芽、怒りで体が震えている。呼吸が乱れている。手でテーブルクロスを握

っている。

   貴弘は気づかないが、麻子は焦った様子。

   麻子、手元まで伸びるクロスの皺を見て、

麻子「で、でもね、お母さんは反対したのよ」

貴弘「お前……」

麻子「子供にもプライバシーはある。そう言いたいのよね? お母さんも小さい頃そんなことがあったから、夢芽の気持ちはよく分かるわ」

   夢芽、俯いたまま。

   麻子、困惑している。

麻子「夢芽?」

貴弘「よく言うよ。夢芽の気持ちが分からない、ってずっと言ってたのはお前じゃないか」

   麻子、貴弘に振り向き、

麻子「あなただって言ってたわ。それに私は日記を持ってきただけ」

貴弘「だから開いたんじゃないか」

麻子「そう。あなたが開いたの」

貴弘「持ってきたから開いたんだ。お前が元

凶だろ」

麻子「元凶はあなたが班長をやらせたことでしょ」

貴弘「俺は、夢芽をこのままにしたくなかったんだ」

麻子「その結果が夢芽の足じゃないの!」

貴弘「お前、それ以上」

   貴弘、立ちあがる。

夢芽「やめてよ!」

   貴弘と麻子、我に返る。

貴弘「夢芽……悪かった」

麻子「私達、夢芽の気持ちが理解したくてね」

夢芽「全然、思ってないくせに」

   夢芽、絞り出すように言う。

夢芽「確かに書いたよ。友達いらないって。でもあれは書き直したの。元々は友達がほしいって書いた」

貴弘「だから新しい学校で友達を」

夢芽「どうして分からないの。私の友達はもういる。愛沙ちゃんが」

   貴弘と麻子、はっとした顔。

夢芽「いじめられてなんかないよ。むしろ愛沙ちゃんは助けてくれたの。私が班長全然できなくて、他の子にも悪口言われても、愛沙ちゃんだけは守ってくれた」

麻子「そんなこと……知らなかった」

夢芽「知ろうともしなかった!」

   貴弘と麻子、驚いている。

夢芽「私ね、本当はパートリーダーも委員会もやりたくなかった。でも、それでお母さん達が仲悪くなるのはもっとイヤだった。だから、やりたくなくても『やります』って言うようにしてた。でもね、時間が経って、今度は本当にやってみたかったの。班長、出来そうかなって思った。なのに、お母さんはやめさせようとしてる。やりたくないことばっかりやって、やりたいことはやらせない。そういうの、もううんざりなの。お母さんは病気の本読んでばかりで、お父さんは学校学校うるさい。私は私のやり方で上手く付き合っていこうとしてるのに、どっちも私を見てくれない。しかも、今度は転校させようとしてるの? 初めてできた友達だったんだよ……」

   夢芽、涙が出てくる。

夢芽「私のこと大切なのは分かるよ。でもケンカはしてほしくない。だからさ――」

   夢芽、貴弘と麻子に近づく。手を握らせる。

夢芽「仲良くしてよ……。お父さん……お母さん、私、転校、したくない」

   夢芽、嗚咽する。

   貴弘と麻子、夢芽を抱きしめる。


○学校・外観

   激しい蝉の声にチャイムが重なる。


○同・教室

   児童達で騒がしい教室。

   愛沙、虎太郎が話している。 

   美保、やってくる。

美保「はい、静かに! 今日はみんなに紹介したい人がいます」

   顔を見合わせる児童達。

美保「入って」

   夢芽、入ってくる。美保の前でおじぎ。

美保「みんな、知ってると思うけど、夢芽ちゃんは」

   児童達、夢芽に駆けよる。

美保「こら! みんな話の途中」

   美保、呆れながらも笑っている。

男の子1「犬を退治したって本当かよ」

女の子1「とっても大きかったんでしょ」

   愛沙、泣きそうな顔で、

愛沙「もう会えないかと思ってた」

   夢芽、口を開くが声が出ない。

   夢芽、代わりに愛沙の手を握る。

夢芽「あ……と」

愛沙「うん。こちらこそ」

   愛沙、微笑んで虎太郎を振り向く。

愛沙「それと、虎太郎、言わなきゃいけないことあるよね」

虎太郎「いや、俺はいいよ」

愛沙「いいから」

   と、愛沙、虎太郎を夢芽の前に引き出す。

愛沙「ほら、夢芽聞いたげて」

   虎太郎、ばつの悪い表情。

虎太郎「悪かったよ。悪口なんか言って」

愛沙「それだけ?」

   虎太郎、頭を掻きながら、

虎太郎「ああ、もう! 言うって。助けてくれてありがと」

   愛沙、満足げに、

愛沙「よし言えたね。あ、夢芽に渡したいものがあったんだ」

   愛沙、夢芽に紙を渡す。『今度、遊ばない?』の文字。

愛沙「これ、虎太郎の字」

虎太郎「それは言わない約束って」

愛沙「虎太郎、夢芽のこと好きだからね」

虎太郎「ちげぇーし! 何でそんな」

愛沙「だって、遊ぼうって言い出したの虎太郎でしょ」

虎太郎「それは……」

   と、言い淀み、そっぽを向くも、耳は真っ赤。

愛沙「素直じゃないなー」

   愛沙、夢芽に向きなおる。

愛沙「ま、それは置いといて。場所だけど、そうね。ペコリーノ行かない? 夢芽の言ってた」

   夢芽、涙が込みあげる。ゆっくり息を吸う。

   愛沙、微笑む。

愛沙「で、どうする?」

   夢芽、愛沙から受け取った紙を裏返す。

   力強く、ペンで字を書いている。

   愛沙と児童達、覗きこむ。虎太郎も横目で。

   夢芽、紙を両手で愛沙に渡す。

   愛沙、その紙を見て、

愛沙「決まりだね!」

   と、大きな笑顔。

   夢芽、大きく頷く。

   愛沙の手元、『うん!』と書いた紙。

   夢芽の笑顔に涙が光っている。



                 《了》

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