第7話

 俺にはわからなかった。何故日高は自殺を選んだのか。そして、何故日高は一番が取れなかったのか。


 しかし、俺の人生を見直した今ならわかる。


 俺も日高も、同じだった。


『私、思うんだ。競争とか、一番とかって、意外とそんなもんなんじゃない?』


 俺も日高も、ずっと一番に囚われてた訳じゃ無かった。


『あっ、良かったね。ハッカ味だよ。おめでとう、一番目』


 別に一番とか二番とか、そんなのはどうでも良かった。


『私の分は……お、イチゴ味だ。やった』


 俺と日高の、一番の幸せは


『二番目のイチゴ味でも、こんなに美味しいんだよ?』


 俺と日高の、一番の救いは


『彗君の隣だったら』


 俺は日高の、日高は俺の、隣に居ることだった。俺も日高も、隣にいたから、一番を目指せたんだ。


 俺の人生の、殆ど全てをカットしていく。


 残ったのは、放課後に日高とドロップを分け合った、僅か数分の映像だけだった。


「これが、俺の人生の、全てだ」


    ◆◆◆


「作品の完成を確認しました。神による採点後、転生先の選択に移ります」


 流れた音声は、最初の説明の時と同じ、天使の機械的な声だった。


「採点が終了しました。画面上のデータを参考に、転生先を選択してください」


 画面上には両親の顔、住んでいる地域、職業、収入、夫婦仲などが事細かに表示されていた。リモコンを操作し、様々な家庭のデータを比べてみると、収入がある程度ある家庭や、両親が並以上の顔を持っている所は全て『決定済』と表示されていた。

 俺に与えられた選択肢は、数千ある家庭の中のたった数十個だけだった。これは、俺の作品の評価が下位一割だったことを意味している。


 しかし、そこに劣等感は無かった。


 選択肢の中で、最も夫婦仲の良いものを選び、決定ボタンを押す。すると、画面上に、赤色で警告の文字が浮かんだ。


『警告:評価点が同点の魂との転生先の重複を確認。変更しなければ、二卵性双生児として二人で同じ家庭に誕生します。よろしいですか?』


 警告を読んでから、俺はもう一度決定ボタンを押す。迷いは無かった。ボタンを押すと同時に、シアタールームの出口が開いた。


「出口のエレベーターに乗り、天国から現世に降りることで転生完了です。また、天国から出る際には魂の記憶の初期化が行われますので、ご注意ください。お疲れ様でした」


 今まで動かせなかった下半身が解放され、立ち上がる。歩くのは数日ぶりにも、数年ぶりにも感じられた。


 エレベーターに乗ると自動で扉が閉まり、下に向かって動き始める。


 俺は最期に、日高との思い出を噛み締めていた。


 少しして、突然エレベーターが止まった。魂の記憶の初期化というやつが始まるのだろうか。


 そんなことを考えていた俺の目の前で、突然扉が開く。


 開いた扉の外は、俺がいたシアタールームと全く同じ内装をしている部屋だった。シアターチェアに人影が見える。立ち上がったその人影は、俺のほうを見て立ち止まった。


「彗君……?」


「……久しぶりだな」


「同点の人って、彗君だったんだね」


「面白いこともあるもんだな、日高」


 日高がエレベーターに乗り込むと、扉が閉まり、また動き始める。


「来世じゃ、私たち双子になるらしいよ?」


「それなら、ずっと隣に居ることになりそうだ」


「ふふっ、そうだね」


 日高を強く抱き締める。それと同時に、俺たちの意識は消滅した。


    ◇◆◇


「お兄ちゃんは『彗』で、妹は『愛』」


 夜空に二つの彗星が輝く。


「この子達には、いつも隣で、支え合って生きていって欲しいの」


 天から落とされた二つの飴玉は、隣同士で軌跡を空に描いていた。

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