第6話

 編入試験当日、受験者数は数十人程度だったが、この殆どが全国トップクラスの実力を兼ね備えた秀才だ。俺と日高は同じ学校で、受験番号も連番だったので、隣の席になった。


「最後まで日高と隣の席で試験って、面白いこともあるもんだな」


「ふふっ、そうだね」


 試験開始の合図と共に、一斉に問題用紙を開いた。問題に一通り目を通す。中学受験の時とは違い、直ぐにペンを動かし始めた。時々手が止まることはあったが、他の受験生と比べても遜色ないように見える。ただ一人、日高を除いて。

 日高のペンは一度も止まることは無かった。まるで全ての答えが予めわかっているかのように。どんなコンディションでも実力を発揮出来る日高が、極限の集中力を持って戦う姿は、私が一番だと誇示しているように見えた。


「試験終了です。筆記用具を置いてください」


 最後まで全力を出し切って、俺はペンを置いた。顔には全力を出し切った爽快感と、少しの疲労が見て取れた。


「合否は中学校を通じて通達されます。本日はお疲れ様でした」


 こうして、俺と日高の、最後の競争が終わった。


 結果は、日高の合格。


 誰から見ても当然の結果だった。俺は最初から期待されてなかったので、不合格だったことを気にかけてくれたのは、両親だけだった。そして、日高は俺にかける言葉が見つからなかったのか、俺を避けるようになった。


 それから日高と口を利く事は無く、卒業式の日を迎える。結局俺は県内トップの公立高校に合格することが出来た。これまでの勉強は、決して無駄では無かった。

 卒業式が終わり、体育館の外に生徒が集まる。各々アルバムにメッセージを書いたり、写真を撮ったりして、別れを惜しんでいた。しかし、いくら探しても日高の姿は無い。


「最後に、挨拶ぐらいは……」


 日高と仲の良かったグループに日高の居場所を聞くと、教室にアルバムを取りに行ったきり帰ってこないと言っていた。俺は急いで教室に向かい、扉を開く。


「ここだよ、彗君」


 そこには日高が居た。いつもと同じ、俺の隣の席に。


「日高、友達が心配してたぞ。早く行ってあげた方が……」


「彗君、ごめんね。私、彗君になんて声をかければ良いのか、わからなかったの」


 俺の言葉を遮るように、日高は語り始めた。


「彗君が、いつも一番を目指してたのを、私はずっと見てきた。それに、負けた時の劣等感も、私は知ってたから」


「だから、どうやったら彗君に劣等感を残させずに終われるか、ずっと考えてた。結局思いつかずに卒業式が来ちゃったけど」


 日高の目に、涙が溢れる。涙が零れ落ちるのに気付いて、彼女は俯いた。


「彗君、私が君に残しちゃった悔しさとか、全部忘れてくれない? 彗君には、これ以上苦しんで欲しくない」


 日高の、悲痛に感じるほど弱々しい声を聞いた俺は、しばらく考え込んでから、口を開いた。


「多分、俺は悔しさを忘れることは出来ない。一番が好きだから」


「そして、俺の中での一番は、日高だ」


 俺の言葉を聞いて、俯いていた日高が涙を流したまま顔を上げた。


「全国トップクラスの進学校で一位に君臨する日高に勝って、俺は一番になる。それでしか俺の悔しさは取り除けない」


「だから、お前はずっと『一番』で居てくれよ」


 これは、俺のエゴだった。俺の納得できる『一番』になりたい。そんな我儘を、日高に押し付けているに過ぎなかった。


「ふふっ、彗君はそればっかりだね」


 そう言って、日高は笑った。


「わかった、約束する。私はずっと『一番』で居続けるよ、彗君のために」


 日高は立ち上がり、教室を出た。


「じゃあね、彗君」


 これが、最後に日高と交した会話だ。


 これから三ヶ月後、高校一年生の六月に、日高は自殺した。遺書は発見されず、自殺の理由は判明しなかったが、学業不振が原因だということが、周囲の人々の見解だ。


 日高は、一番になることが出来なかった。


「だから、お前はずっと『一番』でいてくれよ」


 俺が最後にそれを言わなかったら。俺が一回でも一番になって、一番への執着が弱まっていれば。俺が編入試験で、一番になって受かっていれば。もしかしたら日高は死ななかったかもしれない。


 日高の死から一週間後、俺は高校の屋上で、落下防止の柵を上る。


「一度でいいから、一番になりたかったな」


 次の瞬間、ヒビの入った飴玉は缶から零れ落ち、着地と同時に砕け散った。


 それと同時に、モニターは俺の人生の再生を終了した。

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