あざとい後輩はわりと一途

小鳥遊なごむ

構ってほしい後輩ちゃん。

「せんぱい〜聞いてます?」

「聞いてるよ。図書室なんだからもう少し静かにしたらどうだ?」

「全然聞く気ないじゃないですか〜構って下さいよ〜」


放課後の図書室に後輩と2人。

いつものように後輩である湊いろりは本を読んでいる僕の邪魔をしてくる。


「べつにいいじゃないですか〜今日は利用してる生徒もいないですし〜ヒマなんですよ〜」


カウンターに突っ伏して駄々をこねる湊は足までバタバタさせてヒマをアピールしてくる。


「ひとりジャンケンとかしたらどうだ?意外と楽しいかもしれないぞ?」

「……それをわたしが1人でやってたらせんぱい、わたしを病院に連れてって下さいね」

「保護者か僕は」


亜麻色のボブヘアーで琥珀色の瞳がどこか人懐っこさを感じさせる湊を僕は少し苦手だ。

嫌いな訳じゃないし、喋るけど。


「せんぱい、今日はもう閉めませんか?買い物行きたいですし」

「……5時半ならいいか。じゃあ閉めるか」

「らじゃー」


夕陽をバックに軍人顔負けの敬礼をしてそそくさと帰り支度を始める湊。

どんだけ帰りたかったんだよ……



「秋にもなると、少しずつ陽が落ちるのも早くなってきますね」


図書室を閉めて駅までの道をふたりで歩く。


「そうだな。過ごしやすくて丁度いいし」


ブレザーを着てても暑くないのは快適だ。


「せんぱいって高2じゃないですか?進路ってどうするんですか?」


ほんのりと上目遣いで聞いてきた湊を少し可愛いと思ってしまった。

誤魔化すためにその辺の樹を見ながら答えた。


「無難な大学行って、出来れば本を扱う仕事につければいいかなーって感じだな。高卒じゃ書店員になれない所も多いし」

「今とあんまり変わんないじゃないですか」

「本に囲まれてる方がいい。人に囲まれて生きるより断然心地良いし」

「……そいえばせんぱい、あんまり友達と一緒にいるところ見たことないですね。ぼっちってやつですか?」

「ソロプレイヤーだ」

「……だからさっきひとりジャンケンとか提案できたんですね」

「他にも教えてやろうか?ひとりジェンガ、ひとりしりとり、あとへ独りかくれんぼとかあとは」

「せんぱい、わたしでよければお友達になりますよ?一緒に毎日帰ってもあげますから」

「勝手に同情するなよ」


僕の手を握って可哀想な目で見るな。

なんか複雑な気持ちになるだろうが。


「まあ、わたしもせんぱいの気持ちが分からないわけでもないんですよ?」

「ほう。具体的にどこが?」


湊は後ろ手で歩きながらどこか遠くを見つめた。


「本に囲まれるってのが、ですかね」

「……僕は湊が図書室で本を読んでるところを見たことがないんだが、それは本が好きってことでいいのか?」

「おおむねそんな感じですね」


あざとい仕草が多い湊が、屈託なく笑った。

まだ湊とは知り合って半年ちょいだが、初めて見た笑顔にドキッとした。


「本の匂いとか、ハードカバーだったら独特の手触りと重さもなんか好きですし、文庫本も持ち歩きやすいし、持ってると落ち着くんですよね」


その気持ちはわかる。

いや、湊が「気持ちはわかる」と言ったのだ。

共感できるのは当然か。

湊が僕の気持ちに寄せてくれているのだから。


「というわけでせんぱい、スーパー行きましょ」

「……なんにも話繋がってないけど」

「言ったじゃないですか〜お買い物したいから早く閉めたいって〜」

「僕はべつにスーパーに用事はない」

「わたしの……お買い物に付き合ってください」

「告白するみたいに言わないでくれませんかね?」

「……ちっ」

「ちょっと湊さん、本性出てるよ」

「そんなわけないじゃないですか。ねっ?荷物持ちさん」


……この後輩、こわい。



「せんぱいのお陰で卵2パック買えました。ありがとうございますっ」

「……湊のおかげで僕も少しはマッチョになれそうだよ……どうもありがとう」


なんで女子高生がここまで買い込むかね。

僕はパンパンな買い物袋2つに湊もそれなりの量の袋2つ。


「せんぱい、せっかくなので今日ご飯食べてきませんか?ひとりだとアレですし〜」

「いや、僕も家にご飯が」

「だめ、ですか?」


なにそのちょっと悲しそうな顔。

なんか僕が悪いみたいじゃないか……


「……わかった」

「もう、せんぱいも素直じゃないですねっ。『オレも実はいろりと一緒にご飯が食べたかった』って言っても良いんですよ?ほれほれ〜」

「アー、ソウイエバ、キョウハ高級オスシガアッタンダッター」

「すみませんわたしと一緒にご飯食べてくださいお願いします」

「うむ。苦しゅうない……っ痛!」

「調子に乗らないでくださいっ」


ローファーで人のスネを蹴るのはダメだと思いますはい。



「お、お邪魔します」

「どうぞ〜」


なんだろうか、今更ながら後悔した。

なんか緊張する。帰っていいかな、いいよね?

家に帰って本読みたい。そうだ、京都へ行こう。


……落ち着こう。


「リビングに寛いでて下さい。晩御飯作っちゃいますから」

「あ、うん。はい」


ソファーが気持ちいい〜

人をダメにするソファか。

こたつに匹敵する快適さ。


「せんぱいがダメになってる〜」

「おやすみなさい……」

「眠ったらビンタで起こしてあげますね」

「ビンタで起きるといいな〜」

「それでも起きなかったからお口にわさびチューブを突っ込んであげますねっ」


……笑ってるけど、目が笑ってない。


「って湊、お前、メガネだったのか?」

「いつもはコンタクトですけどね」


部屋着に水色のパーカーを7分丈まで捲り、黒縁メガネを掛けた湊がキッチンで料理を始めていた。


普段の小柄でゆるふわな印象とは違ってどこかあどけなさを感じる気がする。

……可愛いと思ってしまった自分がなんか悔しい。


ラフさがまたレア度を増している。


伊達メガネじゃなく、普段から家では掛けているのだろう。

初めてメガネを掛けている姿を見たのに違和感はない。けれど新鮮であり似合っている。


「あ、せんぱい。アレルギーとか食べられないものってあります?」

「いや、べつに、ない」

「なぜにぶつ切り返事」


ケラケラと笑いながらも包丁で食材を切っていく湊。


じろじろと湊を見る訳にもいかず、しかしどうしていいかわからない。

落ち着かないし、ついつい湊に目がいってしまう。


「せんぱい〜ちょっと来てもらえます〜?」

「あ、はい」

「よそよそしいうえに敬語。せんぱい、緊張しすぎでは?」

「ソロプレイ上級者になんてこと言うんだよ」

「せんぱい、左腕の袖捲って下さい。寄れちゃって」

「……はいはい」


キッチンに入って湊の隣に並んだ。


「どさくさに紛れて胸とか触らないで下さいね?」

「どさくさに紛れて刺さないでくれよ?」

「鋭いカウンターですね」

「利き腕に包丁持ってる後輩に掛ける言葉として間違ってないだろ」


しょうもない事を言っていないとどうしようもなく意識してしまう。


細い腕に少し寄れたパーカーの袖をなるべく丁寧に掴んで捲っていく。


ふんわりと湊の香りがして、動揺を隠すのに精一杯だ。


「ここまででだいじょぶです。ありがとうございます」

「……おう」


ほっそりとして白い腕をどこか艶めかしいと思った。


「僕もなにか、手伝おうか?」

「いえ、大丈夫ですよ。荷物持ってもらったお礼ですし」


今日は特売だったので男手が欲しかったので!と憎めない笑顔であしらわれた。

それでもまあいいかと思ってしまうのは、きっと湊の魅力なのだろう。


……いかん、なんか毒されてないか?


「そうか。じゃあ待ってる」

「はい。ゆっくりダメになってて下さい」

「そうする」


毒されるどころか毒気抜かれる勢いな気がしてきた。

なんだろう、良い奥さんになるんだろうなぁって思ってしまった。


家庭的な女がタイプの俺!というわけではなかったけど、満更でもないようだ。


とりあえずキッチンにいても仕方ないので、ソファーでダメになっていることにした。


「ていうか、ご飯誘っちゃいましたけど、親御さん大丈夫でした?」

「問題ない。両親共働きで基本的に家にいないし、レトルトとか出前とか、気が向いたら自分で作るくらいだから晩御飯の用意なんてない」


共働きで一人っ子。小遣いはくれるし問題はない。

裕福とまでいかないけど、それでもお金が無くて生活に困った事はない。


今の日本ではありふれた幸せな家庭の方だろう。


「じゃあまた今度荷物持ちしてもらおうかな」

「気が向いたらな〜」

「……よっと。出来ました」


湊と話していると、いつ間にか料理は出来ていたらしい。

人と話すというのは時間が過ぎていくものだな。


「オムライスです」

「ご丁寧にケチャップでハートマークまでどうもありがとう」

「萌え萌えキュンとかした方がいいですか?」

「……しなくていい」

「さいですか」

「さんぴん茶も置いときますね」

「……さんぴん茶、ってなんだ?」


なんか聞いた事があるような気がするけど、いまいちピンと来ない。


「沖縄のお茶です。こっちだとジャスミンティーって言ったりもしますね〜甘みがあって美味しいんですよ」


見た目は麦茶を少し薄めた感じの色だ。

香りはどこか華やかな感じで美味しい。


「初めて飲んだけど、美味いな」

「でしょ〜沖縄に居る友達が送ってきてくれて飲んだらハマってしまいまして」


湊からは友達の話はあんまり聞いた事がないけど、沖縄に友達が居たんだな。


「それじゃあ食べましょ」

「「いただきます」」


湊特製オムライスを口に運んだ。


「美味い」

「お口に合って良かったです!」


湊もニコニコしながらオムライスを食べ始めた。


人とご飯を一緒に食べるのは久しぶりで、なんか変な感じだ。

でも嫌ではないから不思議だ。


「味付け、工夫してるんだな」


そう言うと湊が目を輝かせて嬉しそうにデレだした。


「そーなんですよ〜チキンライスに飽きがこないように細かく切った鶏肉にしっかり味付けしてあるんです〜」


チキンライスの全体的なケチャップの酸味で誤魔化されないようにブラックペッパーと下味のしっかりついた鶏肉が食べ応えを感じされてくれる。


「料理の作り甲斐のあるせんぱいで良かったですっ」


上機嫌な湊さんでなによりですはい。


「ご馳走様でした」

「食べるの早!」

「美味かった」

「お粗末様です」


メガネ越しの湊の微笑みに可愛いと思ってしまう。


その後5分程して湊も食べ終わって落ち着いた。


「あ、そうだせんぱい、お父さんの書斎に本が沢山あるんですけど、見ていきます?」

「いやでも悪いだろ流石に」

「大丈夫ですよ。置きっぱなしですし」


ほんの少しの悲しそうな表情を隠すような笑み。

ここから先へ踏み込んでいいのか、僕にはわからない。

湊のただの良心で言ってくれているだけかもしれないけど、今までの湊の表情とは微妙に違う。


「少しだけ、みようかな」

「案内しますね」


2階に上がって湊のお父さんの書斎に入った。

壁側には満遍なく本が並べられていて、窓の手前に机があるだけの部屋だった。


「吸血鬼についての書籍がたくさんだな……」

「父は吸血鬼が好きだったので」

「僕も好きだ」


そうしてじろじろと書籍を見ていると、懐かしい本を見つけた。


「……懐かしいな」

「その本ですか」

「僕が初めて吸血鬼を好きになった本だ」


水野巡先生の処女作。

小学生の頃に読んで、そこから僕は吸血鬼が好きになった。

人と変わらない姿なのに、太陽を浴びることが出来ない日陰者。


「よかったら、お貸ししましょうか?」

「いや、大丈夫だ。持ってるから」


自分も持っているのになぜ手に取ってしまったのか。

なんとなく嬉しかったからだろうか。

椅子に座って少しだけページを捲ってみる。


「……っ!湊?!」


湊が背後から抱き着いてきた。

湊の胸が背中に当たる感触に動揺が走る。


「せんぱい、わたしが吸血鬼だったら……どうします?」


耳元で囁く湊がまるで誘っているようで、体が熱くなるのがわかった。


湊が僕の体をまさぐるようにゆっくりとお腹から胸板へ、胸板から肩へと手を伸ばしていく。


湊が何を言っているか理解できないし、なんでこんな状況かもわからない。

押し付けられる湊の胸がますます僕の精神的余裕を奪っていく。


「いただきます……かぷっ!」

「……へ……?」


動けない僕の首筋を噛むふりをした湊に、僕は思わず変な声を出してしまった。

わすがに触れた湊の唇で首筋が湿った。


「せんぱい、抵抗くらいして下さいよ〜わたしがほんとに吸血鬼だったらどうするんですか〜」


ケラケラと笑う湊を見て、からかわれたのだと把握するまで少しかかった。


湊を見れなくて、窓の方を向いて顔を隠した。

耳まで真っ赤になっているだろう。


「……かえる」

「せんぱ〜い、謝りますから〜」


どうしてこんな事をして平気でいられるのか、僕にはわからなかった。


☆☆☆


せんぱいが帰ってしまいました。

まだドキドキは止まりません。


一応玄関まで見送って、そのまま扉を背にへたり落ちた。


なんであんな事までしたのかわからなかった。

恥ずかし過ぎる。


「……せんぱい、怒ってるかな……」


からかっただけ、みたいな感じにしちゃったし、学校で顔を合わせても構ってくれないかもしれない。


「あそこまでいってしまったなら、強引に告白とか、き、キスとかすれば、良かった……」


大胆な事をしておいて、キスというワードに反応して顔を赤くしているなんて、わたしは一体何なのだろうか。


「せんぱい、いい顔してたんだよ……」


あの時と同じ顔。

わたしがせんぱいを好きになった時と同じ顔だった。


☆☆☆


それからの休み明け、まだ誰も来ていない図書室でせんぱいと目が合った。目を逸らされた。


「せんぱい」


せんぱいと近づきたい。

せんぱいに、わたしのことを好きになって貰いたい。


「こんにちは!」

「……おう」


だからわたしは、今日もせんぱいに構ってもらいたい。





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