嬉しいこと

数日前から爪が伸びているのが気になっていた。


高校生のとき小学生の家庭教師をしていたことがあった。お家に行くと必ず美味しいお菓子が用意されている楽しいバイト。

教え子の小学2年生の女の子は、ぼくの爪が伸びていると「爪伸びてるよ」と注意してくれた。そうなると小学生の来週までの宿題は算数と国語で、ぼくの宿題は爪切りになる。

家庭教師をやめた今でも爪が伸びてくると「怒られちゃう」と焦る。でもその数日はなぜだか爪を切る気になれず、久しぶりに爪が伸びていた。


家にいるとインターホンが鳴り荷物が届いた。

宅配は大抵ネットショッピングの購入物だから届くと嬉しいものだ。自分が購入した記憶がなくても宛名をつい確認し、家族のものだとわかると少しがっかりしたりする。

だから自分の荷物が届いたらすぐに梱包をとき中身を確認する。ダンボールに貼られているのが紙テープだといいのだが、透明なテープだと剥がすのが面倒でなかなかいらいらする。

なのでその日、長い爪をつかってテープを剥がせたのがとても嬉しかった。もし荷物が届く前に爪を切ってしまっていたら悔しがっただろう。そういうときひとりで「くそーー悔しい!」と言ってしまうタイプだ。

繋がりのないものごとの順序に意味があることがたまらなく嬉しい。


それから大役を果たしてくれた爪にありがとうと思いながら爪を切る。

昔みた映画の「足の爪切る作業ってさぁ、生きてくうちで、一番面倒臭い作業だよね。」という台詞を思い出す。爪にありがたさを感じているぼくは「面倒だなんてとんでもない」と思う。しかし台詞は足の爪の話をしていると気づく。手の爪、足の爪格差問題。そんなことを考えながらふと「ネイルを塗る作業ってさぁ、生きていくうちで、一番尊い作業だよね。」とひとり思う。

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日常譚 @monmondamon

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